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KANGE's log

映画「糸」

2020.09.05 01:38

 【織りなす布は、ミチミチに詰め込まれた高密度生地】

中島みゆきの名曲「糸」をモチーフにした作品。

原曲の「糸」は、「逢うべき糸に出逢えることを 人は仕合わせと呼びます」と締めくくられます。「幸せ」ではなく「仕合わせ」です。当然そこには、中島みゆきの思うところがあるのでしょう。「仕合わせ」とは、「し(動詞「す」の連用形)+合わせ」が語源で、もともとは、いいことばかりを指していたわけではないそうです。つまり、人の行いが重なり合って起こる偶然性に重点が置かれている言葉だといえそうです。

本作も、二つの物語のめぐりあいが描かれています。

平成元年に北海道で生まれた漣と葵は、13歳の時に出会い、恋をしたが、突然葵は姿を消す。8年後、地元のチーズ工房で働いていた漣は、幼馴染の結婚式で葵と再会する。その後も別々の道を歩んでいたはずの2つの人生は、平成最後の年に、もう一度めぐりあう運命に…というお話。

2人の男女の30年を追っていますので、とにかくバタバタと展開していきます。さらに、折々にかかわってくる人たちが、いずれも主演級の豪華なキャスト。1クールの連続ドラマを、むぎゅっと濃縮して、劇場版を作りました!…みたいな展開でした。特に、倍賞美津子と榮倉奈々が濃い。それぞれ1本分の映画の重みがあります。

まあ、行きつく先は「当然、そうなるだろう」という展開ですので、ラストまで安心して泣かされながら見ていられます。

菅田将暉と小松菜奈といえば「溺れるナイフ」ですが、本作の菅田将暉は、あんなキレッキレの常人離れしているようなキャラではなく、いたって普通の実直な男。一方の葵は、とにかく「強い」。家庭環境に恵まれず、酷い父親に依存しなければ生きていけない母親を見て、「ひとりでも生きていく」と心に決めているのでしょう。でも、順調にいっていると思ったところで、必ずパートナー側の問題でつまずいてしまいます。1人で生きていくのも、なかなか難しいものがあります。そんな中で、母親への感情も、ちょっとは変わっていったのかもしれません。

特に、シンガポールの和食店で、不味いカツ丼を喰らうシーンが最高です。「食べる」ではなく「喰らう」です。これは、不味い=なかなか幸せを掴めない自分の人生を、それでも腹の中に入れて、自分を形作るものとして受け止める、彼女の強さがよく表れていました。

気になった点は2つ。

2人の人生を、平成の時代の流れとともに追っていくわけですが、そのことを前面に押し出している割には、平成のさまざまなトピックスが、2人の人生に直接的には影響していないように感じます。中田英寿のペルージャ移籍が1998年ですので、「サッカーで世界へ」という漣の少年時代の夢には、よく時代が表れています(ミサンガにも)。でも、物語の大きなポイントには、時代のトピックスが絡んでいなくて、この物語の舞台が、別に平成の時代である必要はないという点が、ちょっと残念に思えました。

また、「泣いている人がいたら、そっと抱きしめる」というシーンがいくつか出てきて、物語の1つのキーになっていますが、だったら、子ども時代のロッジでのエピソードでは、「どちらかが泣いて、そっと抱きしめる」にした方が、後のエピソードが生きてきたのではないでしょうか。

あと、「美瑛から函館って、そんな距離感じゃないよね」というのもありますが、それは言わないお約束かな。

もし、警察に取り押さえられるシーンで「世情」が流れたら、笑っちゃうところでしたが、さすがにそんなパロディシーンはなかったということをご報告しておきます。