「かわいい金子麻友美」メモ12 『全然、かまわない』なんて言わないよ絶対
恋は盲目、アバタもえくぼ。
恋をすればポジティブになったりネガティヴになったり、平静でいるのは難しくなります。
特に学生のころは多感で大変です。
何をしても上の空。頭の中に浮かぶのは好きな人の事をばかり。目の前のことにまるで集中できません。
そこで、仕方ない気分転換にひと休みするかと横になれば、身体を動かさない分、さっきよりも頭の中は好きな人の事でいっぱいになります。
いまごろ何してるかな、どんな事してるんだろう、明日は会えるかしら、なんてことばかり考えてしまいます。
そのうち「考えているだけじゃあいけない、行動しよう!」と思いますが、「あまりしつこいと面倒に思われないか」、「でも連絡しないで興味ないって思われるのも嫌だし…」なんて不安にもなります。
連絡しよう!でもなぁ…いやいや連絡だ!…うーん……なんて一人で繰り返して悩んでいると、いよいよ考えがおかしくなってきます。
「そうだ!連絡していいか悪いか確認するために、本人に気づかれないように様子を見てみよう!」
相手の事を思うのは、お互いの信頼関係があればかわいい事ですが、こうなると危ない人です。でも本人はいたって真面目で、正しい方法だと思っているので大変です。
はじめは友達つてにあの人は何をしているか聞いてみます。
「きのうはどこそこで誰とランチした」と聞いたら、今度は私も連れて行って、とお願いしたいところですが、確信ができるまでぐっと我慢します。
スマホでお店の場所やメニューを調べます。次にランチの内容をSNSに投稿している人はいないか調べます。
そして数多くの投稿から目当ての店のランチの写真を見つけると、その投稿者を調べます。
それをずーっと繰り返していると、好きな人のアカウントだと確信できるものが見つかりました。
そのSNSをみると、好きな人の行動がわかってきます。ペットの事や、趣味のこと、友達と遊んだ事、塾の事、知らない事ばかりで何度もSNSを見てしまいます。
それから何ヶ月もすると、好みのスナック菓子は何味か、明日の塾の先生は誰か、複数のSNSを使っていて仲良さそうな知人とも実は…、なんて事までわかるようになりました。
もう友達と好きな人の事を話しても知らない事なんてありません。
「この前さ、みんなでカラオケ誘ったんだけど、アイツさ、ムリとかいって来なかったんだ」
(だってその日は居酒屋でバイトの日じゃない。急に誘うなんて、私ならその日は外すのに)
「そ、そうなんだ?明日は塾だし、あの人忙しんだね」
「そうなんだ、どうして知ってるの?」
「こ、このまえ商店街あるいてたら見かけたんだ。家の近くの方だからね。偶然、偶然だよ」
優越感でニヤけてしまいそうなのを堪えて友達とお話をします。
(私ほどあの人を知っている人はいない。私の勝ちだ。あとは、あの人の好きそうな雰囲気で誘うだけだ!)
ここに来て、ようやく声をかける気になりました。
来週の火曜、あの人のバイトが無くて、犬の散歩当番の日。散歩コースの公園で偶然を装って出会う事にします。
話す内容ももちろん決まっています。
「こんばんは。犬飼ってるんだ。かわいいねぇ触ってもいい?」
「いいよ。ココで会うなんて珍しいね」
「わーい。ありがとう。家から近いからよく来てるよ。あれ?そのバッグ、歌手のmayumiちゃんの?」
「ああ、ライブで買ったんだよ」
「かわいいよね。私も好きなんだ」
「だよな、mayumiはまじ天使だからな」
「なんだっけ、らーららっら〜、らーらーゴジッラ〜って歌。いいよね。最近知ったから、まだ3、4曲しか知らないけどね」
「あの歌は最高な!おれ全曲持ってるから、他のヤバい作品もおしえるよ」
「わぁ、ぜひに〜」
頭の中で何度も練った秘策です。
さて、そこまで準備はできたのなら来週まで何をするか、とりあえず友達にあの人の話を聞いてみる事にしました。
内心では、どうせ私が全部知っている事だけど、なんて余裕でしたが、友達の方はいつもと様子が違います。
「それでね、あの人がいきなり走り出すから驚いて、みんなで大笑いだったよ」
(あの人?いつもアイツって言ってるのに、どうした?)
「あの人って真面目なんだよね、なんだかんだ言ってるけどさ、シッカリしてるんだよ」
これは気のせいじゃない、友人の顔をようく見ると瞳がキラキラっと輝いて見えます。
(まさか友達もあの人のことが好きなのでは?)
内心おだやかではありません。何とか話題をそらそうとしますが、友達は間髪いれず話しかけてきて逃れられません。
「ねえ、わたしの話を聞いて。お願いがあるの」
「あ、うん」
「今までさ、あの人の事いろいろ話してきたじゃん。はじめは貴方が面白そうだからって言うから始めたんだけどね…」
(やめて、言わないで。そこから先は私のセリフだよ)
「わたし、あの人のこと好きになっちゃったみたい」
「…!」
「ねぇ、応援してくれるかな?だってあの人のこと一緒に話すの貴方だけだから…」
「え、あの…」
「お願い!貴方の方が最近はいろいろ知っているじゃない。あの人の予定とかさ。ね!あなたしかお願いできないから、友達でしょ?」
そうか、あの時!!
絶対に私だけの秘密だったのに、調子にのって塾の予定を話してしまった日の…どうしてあんな事…
悔やんでも悔みくれません。血の気がサーっと引いて頭のなかが混乱します。
「う、うん。い、いいよ」
「ほんと?」
「あ、うん。あ、ごめんね、今日はもう家に帰らなきゃ!親に言われてたんだ」
「ありがとう! あとでメッセージ送るね!」
その場から逃げたくて家に向かいますが、瞳が潤んで前がよく見えません。
家に着いて、部屋の電気もつけずにベッドの端に座ると、堪えていた涙がボロボロこぼれ落ちました。大声をだして鼻水を流しながら泣いてしまいました。
「ああああああ!!!」
「何で!!わたしの方が知ってるのに!何でも知っているのに!!」
ひとしきり泣いて心は空っぽ。何もする気が起きません。
親がご飯を呼んでも食欲はありません。どうしたの?何かあった?と聞かれても話せません。
ちょっとでも思い返すと、また泣けてきます。
ずっと暗い部屋にこもっていると、そばに置いた携帯に友達からメッセージが届きました。
文面には今日の慌ただしく別れた事への気遣いと、告白することの不安が書かれていました。
それを見た瞬間、あらゆる感情が出るよりも前にハッと思いました。
「友達は告白しても付き合えるか判らない!わたしはあの人のことを分かっている。わたしの方がふさわしい。諦めさせれば良いんだ」
貴方は何も知らないでしょう?あの人は時間にルーズなんだよ。貴方は不安になるんじゃない?わたしは待てるよ。昨日は何があったのか、どんな生活リズムか知っているから。
あの人はね、mayumiちゃんが大好きなんだ。わたしも一緒に好きになってあげる。
あの人はね、裏アカもってるんだよ。嫌いなタイプ知りたいよね? わたしは知ってる。だから嫌われるような事は絶対にしないよ。
そんな事も知らないなんて可哀想に…
返事を打ちます。
《今日はバタバタしてごめんね。ねぇどんな所が好きなの?》
貴方はあの人の何を知っているというの?という意味の質問です。
《よく言えないけど、カッコいいっていうか、何か良いなって思ったんだ》
え、何?その曖昧な理由?わたしは何でも知ってるよ。ハッキリ言える。あの人のいいところとはね、あの人は………なんで好きなんだっけ?
だって待たされるの嫌だし、裏アカで知り合いの愚痴をいうって根暗じゃん。
さっきの思い付きから一気に冷めて、どうでもよくなりました。
《そうなんだね。何かあればわたしに言ってね。分かる事は教えるからね》
返事を送ってから、電気が消えて静まったリビングを抜けて、こっそりお風呂に入ります。
鏡をみると目が腫れています。明日にはひいて欲しいな、なんて思いながら湯船につかっていると、なんでこんなに苦労しているのか、あの人の事がどんどん嫌になります。
アイツが友達の事を幸せにできる訳がない!
友達はね、とっても優しいんだよ。落ち込んでる時には話を聞いてくれるし、いつも付き合ってくれる。遅刻なんて絶対しない。休みの日の服もアクセサリーとかすっごい可愛いんだよ。
それにmayumiちゃんが好きって、歌をちゃんと聞いてるの?好きな人への想いは一途なんだよ。頑張っているからキラキラ輝いているんだよ。裏アカで人の愚痴とかいわないんだよ。
湯船から立ち上がり決意します。
あした友達に話さなくちゃいけない。アイツの事とmayumiちゃんのかわいさを。
「友達もmayumiちゃんもわたしが守ってあげる! アイツの事はどうでもイイけど、全然、かまわないなんて言わないよ、絶対」
その夜、空には充血した目と同じ色をした月がのぼっていたそうです。