心友、亜美のこと
亜美は私の心友(しんゆう)である。
心の友というとジャイアンを思い出さずにいられないが、誤字ではない。彼女も私を「心友」と呼ぶ。
初めて出会ったのはもう20年前。そのときの彼女の印象は「世の中にはいろんな人がいるけれど、この人と私はお互いに絶対に合わないタイプだろう。」であった。それほど私たちは違っていたのだ。
亜美は見た目や話し方が華やかというか派手だったし、会社の同僚や後輩はもちろん上司の面倒を見てやったり悩みを解決してやったりする優しさと行動力を持っている女の子だった。反対に私は地味で引っ込み思案で人見知り。人の世話どころか自分の人生すらどのように生きるべきかに自信を持てず、常に迷っていた。亜美は四輪駆動のジープを乗りこなし、昼夜問わず遠くの県まで長距離ドライブをするバイタリティがあった。私は隣町に出かけるのすら億劫に感じるほど運転が苦手で、暇があれば家で読書をするか、ネットでホームページを更新する日々だった(ただし、あまりにも違うが故に、私たちが反発し合うことはなかったとも言える)。二人が仲良くなったのは奇跡としか言いようがない。
私は密かな趣味を持っており、それは詩を書くことだったのだけど、ある日、亜美にバレてしまった。「ええっ、Yちゃん、詩を書けるの!?」すごい、信じられないと彼女は言った。そして実はね、と彼女は続けた。「私、作曲はできるの!」と車の後部座席からギターを取り出した。ギターが弾けて作曲ができる亜美と、歌が好きで作詞が出来る私。驚いたことにその日ほんの20分で私たちの最初のオリジナル曲が完成したのだった。
私たちは意気投合しすぐに二人組のユニットバンドを始め、やがて互いを心の友と呼ぶに至った。底抜けに明るい亜美自身も様々な悩みを抱えていることを私は知った。私たちは全く違うようで、良いものを求めて生きたいという、心のあり方がどこか似ていたのだろう。バンドの活動は数年程度だったけれど、おしゃれなカフェ、芸術会館のホールや町のイベントなんかで、ライブをさせてもらった。音楽的には決して上手いと言えない私たちだったが、作った大切な歌を誰かに届けることに幸せを感じたと思い返す。
やがて亜美は結婚で遠くに引っ越すことになり、私たちのバンド活動は無期限停止となった。しかし今でも年に一度か二度、帰省する彼女と会うたびに冗談で「ちょっと歌ってみる?」と、2人でエアライブをせずにはいられない。それなりに長い年月を共に過ごして、私たちはそれぞれに変わった。亜美は、昔の目立つ出で立ちはなりを潜め、落ち着いた綺麗なママという風情になった。変わらないのは、自分を犠牲にしても人を助けようとする暖かく芯のある心。そして私は、自分の足で歩くことにためらわなくなった。不器用でも、己が信ずる道をまっすぐに生きたいと願うようになった。
時折、ライブでいつもトップに持ってきた、私たちのユニットのオリジナルソングを思い出す。「約束のうた」は最初に出来た歌だ。
思い出して あの日の君
いつか倒れて 明日も見えず
失敗数えて 泣きたい夜は
ひとりじゃない 君と誓ったよね
ほら 信じて もう一度 旅に出よう
約束のうた
約束のうた
I promise you, I promise you...
亜美はこの秋から数年間、とある資格を得るために学校に通う。子育てをしながらの挑戦は生易しいものではないはずだが、長い間暖めてきた夢に向かって一歩を踏み出した彼女の決意に、心から敬意を表する。大丈夫、あなたなら出来るはず。何かあれば、語ろう。笑おう、泣こう、今までみたいにこれからも。
そして、また歌おう。私たちの「約束のうた」を。