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人生の背景を変えていく

2016.07.11 01:12

昨日の衝撃がまだ温度冷めてない今日。


人は怒りとか悲しみとかガツンとネガティヴなエネルギーを自分の中で発生したときに、ほんとに大きな「動く力」が生まれるんだな〜と実感します。


できれば避けたいし、イメージしちゃうと恐れで胸がつぶされそうになってしまうものなんだけど。


でも当時者の立場になってしまって、そして怒りだの悲しみだの悔しさだの恥ずかしさだの、もろもろの炎を燃やし尽くして


あほみたいに落ち込んだり

ぐっちゃぐちゃに泣いたり

モノに当たるほど怒りを暴発させたり

恥ずかしさで体が焼け焦げそうになったり


そんな一時(そこにいるときはめちゃくちゃ長く感じるけど)をとにかく押さえないで出すもの出して通り過ぎてしまえば、思い出しても


なんでそんなになったんだっけ?


というふうになったりする。


子供の頃は当然のようにできたのに、その「出し切ること」がいつからかできなくなっているもので。


乳児や子沢山家族のご近所幼児ちゃんや小学生たちと日頃から触れ合っていると確信する。


ああ、どっからかこじらしたな


と。


このへん、ほんとに自分とバカみたいに集中して対話?というの?なんだか会話みたいに自分に対して質問したり確認したりっていう作業を経ないと「実感レベル」まで昇華できないもんだな、といまだに感心する。


そして怒りや悲しみのあとはいつも、ちゃんと愛情や感謝が「勝手に湧いてくる」んだよなあ。


だからそんなにビクビク怯えるほど怖がらなくていいよ、と今日以前の私と今日からの私に教えてあげたい。


私が昨日の衝撃で


決めた。


と強く思い直したことは、もちろんより自由で楽しい「"常にある今"を含めた未来」のことだけど、


ほんとうのほんとうのこの瞬間の「今」の自分に還ってくることを忘れるな


というメッセージが強く入ってたなと今日は思います。


そこに強い確信を与えてくれるのはこのごろずっと素敵だなあ、ゴツくてかっこいいなあと感じている藤本さきこさんのブログのこの記事。↓


この記事は続き記事になっていて、この「人生の背景が変わるはなし」についてどんな心でいればそれを自分がハンドルすることができるのか、すごく詳しく書いてあって。


私には繰り返し繰り返し読んでは現地をしっかり見つめなおさせてくれる天啓のようなコトバたち。


私はこの私という存在できちんと体現したいな、と思ってます。 

それを記録したくてはじめたブログだしね。