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13th hour garden

ふたたびの千代田 (二)

2016.07.11 08:08

「・・・しかし、俺あ、てっきり、おめえはここに住むもんだと思ってたんだがな」

狭霧が手伝って一乃介とともに淹れた日本茶を啜りながら、坂口は言った。狭霧も席に着きながら、

「俺も、そうしたいのはやまやまだけど・・・流石に長柄も厄介になる訳にはいかないしね。第一、男4人が一緒に住むんじゃいくらなんでも窮屈すぎるだろ」

「ま、4人と言っても、内二人とは大分サイズ感は違ってるけどな」

一乃介の言葉に、

「違えねえ」

と言って、坂口は、がははと笑った。

しかし、一乃介はすぐに表情を曇らせて、

「けど、なんか、悪かったな・・・俺がおやっさんとこに居候してるばっかりに、せっかく三太が東京に戻ったのに、おやっさんと一緒に住めなくなっちまって」

「そんな、気にしないでよ、一乃介さん」

幾分気が咎めているかのような口調の一乃介に、狭霧はさばさばと言った。

「一乃介さんが、おっさんの世話をしてくれれば、俺も安心だしね。それに、これからは会おうと思えば、すぐに会える訳だし」

「そうだな。アパートはこの近くだっけか」

「うん。歩いて15分てとこ」

「そうか。また、引っ越し祝いにうまいもんでも作って持ってってやるよ。・・・おやっさんのことは任せてくれ。お前の代わりに俺がしっかり世話させてもらうから」

「うん。ありがとう、一乃介さん」

「・・・おいおい、お前ら、さっきから聞いてりゃ人を足腰立たねえ年寄りかなんかみたいに扱いやがって」

一乃介と狭霧のやりとりを聞いていた坂口が不満そうに会話に割り込んできた。

「言っとくが、俺あ、元々は女房に先立たれてからはずっと一人で暮らしてきたんだかんな。おめえら二人に、面倒見てもらわなきゃならねえほど、老いぼれちゃいねえ」

そう言って、坂口は胸を反らせた。坂口の言葉に、狭霧と一乃介は互いに顔を見合わせ、次の瞬間、同時に噴出した。そのまま、笑い転げる二人に、

「おめえら、何がそんなにおかしいんだ・・・?」

本気で訳が分からないといった表情で坂口は言った。



坂口の家を後にし、狭霧は歩いて新しい仮住まいであるアパートへ向かった。小鉄が見つけたそのアパートは、1階にある部屋は都会では珍しく庭付きになっており、狭霧が契約したのもその1階のほうだった。

部屋の鍵を取り出し、玄関のドアを開けようとして、狭霧は既にドアが開いていることに気が付いた。

大家が中にいるのだろうか。狭霧はそう思いながら部屋に入った。狭い玄関を上がったところに香落渓から送った段ボール箱が積み重なっていた。狭霧が玄関を開ける音が聞こえたのだろう、奥の部屋にいた人物が姿を現した。

「・・・なんだ。お前、来てたのか」

部屋の中にいたのは小鉄だった。小鉄は頷き、遅かったなと狭霧に声をかけた。

よく入れたなと聞くと、隣の一軒家に住む大家に開けてもらったのだという。小鉄は入居契約の前、狭霧の代理で何度か大家と顔を合わせているから覚えられていたのだろう。

「わざわざ手伝いに来ることもなかったのに。大体、来るんなら来ると一言くらい連絡入れろよ」

小鉄に言いながら、狭霧は部屋の中にも置かれた段ボール箱に目をやった。中に、いくつか見覚えのない箱が置いてあるのに気が付いた。

「あれ、おかしいな。知らない箱が混じってる」

小鉄は狭霧が指した箱を見ると言った。

「ああ、これは俺のだ」

え、という表情で狭霧は小鉄を見た。狭霧の視線に、小鉄はバツの悪そうな表情をした。

「実は長老から指示があって・・・俺が東京にいるのに、わざわざ長柄をお前に付けることもない。俺が護衛をしろって」

そう言われて狭霧は混乱した。長柄が東京に来ない?小鉄がその代わり?

「護衛って、その、つまり・・・」

「俺もここに住むんだ」

思いもよらない小鉄の言葉だった。意味が呑み込めると、狭霧は何故かひどく動揺した。そして、動揺していることを自覚すると益々焦りが募った。狭霧はしどろもどろになりながらやっと言った。

「い、いいよ、護衛なんて。長柄が来ないんだったら、俺は一人でもやっていけるし。第一、お前だって雪也に仕えてんだから・・・」

「長老からの指示はもう一つある」

だが、小鉄は狭霧が断ることを予想していたようだった。少し申し訳なさそうに狭霧を見ると言った。

「・・・俺の護衛は、お前が東京で暮らすことを許可する必須条件だと思うように、と」

今度こそ、完全に狭霧は絶句した。そんな話は聞いていない。聞いていないが・・・

狭霧は、くるりと小鉄に背を向け、手近にあった段ボール箱の中身を闇雲に出し始めた。小鉄は狭霧の後ろから覗き込むようにして、

「狭霧。手伝おうか」

「いい。俺一人でやる」

振り向きもせず言うと、狭霧はすごい勢いで片っ端から段ボール箱を開けていった。自分のほうを見ようとしない意地っ張りなその横顔を見て、小鉄は微笑んだ。

「狭霧」

「何だよ?!」

「今開けてるのは、俺の荷物なんだが」

「・・・」


― こうして、狭霧が再び三葉学園に通う生活は始まったのだった。      (了)