空気
覆水盆に返らず。ゴネて結論が覆るは稀なれど、意思決定の過程が不透明、とは追及側の常套句。議事録の開示求めるウラには不都合な事実が隠蔽されとるに違いない、との不信感。密室の談合は許せぬとの言い分にも理はあれど、昨今などは意にそぐわぬ発言者への徹底的な弾圧があったりもするから。舞台裏の放談にこそホンネが聴けるもので、そこを封ずるに却って弊害の方が大きくはあるまいか、との危惧を抱いてみたり。
餓死寸前であろうと飽食の余興であろうと一片のパン盗むに「窃盗」なる行為は変わらず、一貫して峻厳な固定倫理が支配するは西欧。一方、社内会議後の赤提灯に語られる逆の結論。「あの状況下ではあぁ言わざるを得なかった」との弁明が巷に溢れるはこの国。論理と空気の二重基準のもとに戦艦大和の出撃があった、とは著者の分析。人類とは錯誤の歴史、振り返って何故にあれほどのバカ騒ぎをしたのだろうとの述懐は少なくなく、この状況下において書店に並ぶその手の関連本よりも示唆に富む一冊ではないかと。「空気の研究」(山本七平著)を知人に勧めていただいた。
空気に抗(あらが)うといえば、今定例会の議案の一つに特殊勤務手当の増額を求めるものが含まれる。あくまでも児童相談所に携わる職員に限定された処遇改善なれど、いわゆる「手当」を取り巻く空気は言わずもがな。確かに当時などは御手盛りなどと揶揄されるだけあって本市でも五十以上もの手当が存在したものの、今や数えるほどまで削減進み、その効果額は年間十億円以上。故にこの御時世において何らかの手当が庁内検討の俎上に上がるというのはほぼ結論ありきと見るが自然。財源が血税である以上は御手盛りは厳に慎まねばならぬ、されど...。
「空気の支配」と申してもそこに無抵抗だったものではなく、「水を差す」なる方法を民族の知恵として有していたと前著にあった。そう、今回とて増額の妥当性を検証するが本分なれど、時には世の風潮に阿(おもね)らずに増額なる選択肢も排除せず検討してみてはどうか、と水を向けてみたものの、そもそもに特殊勤務手当なるものは「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務、その他の著しく特殊な勤務を対象とするもの」であって云々と慎重な答弁に終始されており。
そう、コロナ下において前年度比の売上が減少した中小企業に対して支給される本市の小規模事業者臨時給付金。その実績が想定を下回る、しかも「著しく」との報告を受けた。本来、想定を下回るは不本意なれど、歳出を伴うものだけに財源が浮くは嬉しい誤算と結ぶは短絡的。五割以上の減収が条件となる国の持続化給付金の支給対象は約二割。五割に及ばずと減収に喘ぐ中小企業を救済すべく独自の支給を決めたものの、想定の一割にも満たぬ実績が物語る現実。
想定の根拠となりしは民間の信用調査会社が実施した調査結果。四月の段階では自社の業績悪化がそこまで深刻化するとの認識は薄かったようで。当初は全体の二割と見込んだ持続化給付金は八割にも及び。給付金以外にも積もる関連予算。コロナに失う命以上に空気が生んだ二次被害のほうが深刻ではないか。
(令和2年9月10日/2593回)