凸と凹「登録先の志」No.8:江上広行さん(『お金の地産地消白書2020』製作委員会/一般社団法人価値を大切にする金融実践者の会 代表理事・事務局長)
自分の弱さと友だちになったことで、自分や社会の多様性を認められるように
地域金融機関を最初の就職先にしたのは、地元愛でした。ただ、銀行の仕事をよく知らずに選んでしまったので、就職してから銀行にノルマがあることを知った時の衝撃は、今でもよく覚えています。
40歳の時に心身がボロボロになり、銀行を辞めました。取り組んでいた仕事が銀行の統合でチャラになってしまい、気持ちでは割り切ろうとしていたのですが、身体の方が根を上げてしまいました。当時の写真を見ると、今より老けています(笑)。
今53歳ですが、45、6歳の時に変化がありました。銀行を辞めた後に転職したシステム開発会社で、銀行でやり遂げられなかった仕事に再チャレンジし、リベンジを果たすことができました。その時、過去の自分を取り戻せた気がしました。
でも、いざ成功が手に入ると、それまでの仕事が本当の自分らしくなかったことに気がつきました。それから自分の弱さと友だちになることを意識するようになり、自分の考え方や生き方が徐々に変わっていきました。お金に執着する気持ちや薄汚さなど、自分の中にある多様性を認められるようになったことで、ソーシャルビジネスやソーシャルファイナンスにも目が向くようになりました。
人の作った台本ではなく、自分の台本を生きる
価値を大切にする金融実践者の会(以下、JPBV)ではよく社会課題を取り上げますが、社会課題は究極、人間が創作するものだと思っています。暴力や人種差別は100年前、社会課題ではありませんでした。社会課題は、人間がそれを課題であると定義することで初めて社会課題になります。社会課題があると「WE」という価値観が生まれます。人びとがつながり、一緒になんとかしようと一体感が生まれます。だから、人は社会課題を求めて進化していくのだと思います。社会課題がなくなったら、人はまた次の社会課題をむさぼるのではないでしょうか。
深刻な社会課題を目の当たりにすると、誰でもそれを作り出している人を糾弾したくなります。ただ、正直なところ、ぼくはそんな人でさえ外から変えることはできないと思っています。社会課題は人が定義するものだから、とらえ方は人それぞれですし、その価値観を誰かに変えられたくないですよね。変わってほしいとは思うけど、変えることはできない。そんな葛藤と向き合うところから、社会課題の解決は始まるのだと思います。
それでも、人は外側からではなく内側から「変わることができる」と信じています。僕はビジネススクールのリーダーシップのクラスで教壇に立っていますが、受講生たちには「人は変わることができる」という選択肢があることを伝えています。人をコントロールしようとは思いません。JPBVの活動が思い通りにいかなくて、不満を感じることもありますが、仕方がないとも思っています。結果として、動く時は動くし、動かない時は動かない。動かしたい欲求は人一倍強いけれど、「~すべき」という気持ちになった時は注意しないといけません。
「銀行員」とか「役人」といった役割があって、自分を捨ててまでその役割を演じている人がいるように感じています。一方、「自分」という人間らしさのままに仕事をしている人もたくさんいます。人の作った台本ではなく、自分の台本を生きるという選択肢がありながら、金融業界では自分らしさを押し殺して「銀行員」とか「役人」という役割を生きている人が多いように感じています。
「大いなるわがまま」の時代
NPOなどのソーシャルな活動をしている方の中に時々、自分が失ったものを取り戻そうと、リベンジモードで取り組んでいる方がいます。それはとても大切なことですが、どこかでそのエネルギーが枯渇してしまうのではないかという感じもしています。もっと大切なことは、失ったものを取り戻した時にどんな世界を創造したいか、です。
「失ったものを取り戻そう」ということは、本当の自分の人生を生きていることではないのかもしれません。ほとんどの人がそれを取り戻そうとして人生の時間を費やすのかもしれません。ソーシャルな領域で働くほとんどの人がそんな葛藤を抱えながら、なんとか社会のためによいことをしようとして日々過ごしているのではないかと思います。「社会のために」というのは大事なことですが、「社会のためによいことをしていないと価値がないか」というと、そんなことはありません。
今、金融機関で働くバンカーたちも、自分らしさを取り戻すタイミングにきているのではないでしょうか。社会とつながって、活動している事業者とつながっていくことが、自分らしさを取り戻すプロセスではないかと思っています。それが、オットー・シャーマーがU 理論で伝えている「銀行3.0」と「銀行4.0」の違いです。3.0は「社会的責任のため」と「利益のため」と、2つの「ため」が存在しているから葛藤があります。4.0は社会のためにではなく、自分らしい「大いなるわがまま」を生きるバンカーです。
今回発行する『お金の地産地消白書2020』は、金融機関やそこで働く役職員たちが自分らしさを取り戻していくためのきっかけの一つとして活用してもらいたいです。製作費をこちらで集めているので、ぜひ応援よろしくお願いします。
取材者の感想
取材してみて、今の江上さんはまさに「自分が失ったものを取り戻した後に何をするか」の段階に入っているんだなと思いました。だからこそ、江上さん自身が楽しんでいて、とても生き生きと活動しているように見えるのかもしれません。
自分らしさを押し殺して生きている人が多いと思われる金融業界の方が、自分らしさを取り戻して、自分たちの台本で仕事をするようになったらどうなっていくのか。簡単には想像できませんが、新しい金融機関の姿は、金融機関にかかわるたくさんの人たちを通じて、地域や社会に影響を与える可能性があるのではないかと思いました。
世の中では『半沢直樹』が大流行していますが、半沢直樹は自分らしさを取り戻すための「リベンジ」を繰り返しているのではないかと思いました。失ったものを取り戻した、リベンジをし終えた後の半沢直樹がどんな人生を歩んでいくのか、その後を追ったドラマもぜひ観てみたいなと、江上さんへのインタビューから妄想を広げてしまいました。(長谷川)
江上広行さん:プロフィール
一般社団法人価値を大切にする金融実践者の会 代表理事・事務局長/株式会社URUU 代表取締役
1967年石川県金沢市生まれ。89年金沢大学経済学部卒業。地方銀行に入行、営業経験を経た後、融資部門にて信用調査、研修講師、業務設計、CRMシステムの開発等に従事。2007年より株式会社電通国際情報サービス。主に地域金融機関向けのビジネスモデル変革支援、人材育成、組織開発、情報システム構築などのコンサルティングを行う。15年より、グロービス経営大学院の講師として組織開発やリーダーシップなどのクラスで教鞭をとる。18年9月株式会社URUUを設立。18年12月に日本における持続可能な金融ビジネスモデルを実現することを目的に、新田信行氏(第一勧業信用組合会長)、渋谷健氏(フィールドフロー代表取締役)らとともに、JPBV「価値を大切にする金融実践者の会」を設立、代表会員に就任。趣味はサッカー観戦。
『お金の地産地消白書2020』製作委員会は、凸と凹「お金の地産地消」推進プログラムの登録先です。