五七調・七五調のリズム知覚に関する予備的研究
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【五七調・七五調のリズム知覚に関する予備的研究】渡部 涼子 小磯花絵人間文化研究機構 国立国語研究所 より
1 はじめに
ことわざや格言には、和歌や俳句と同じ五音と七音からなる五七調・七五調で構成されるものが多い。巷で目にする標語やスローガンも同様である。これらに定型があるわけではないが、リズム良く口ずさみ心に刻まれることによってことわざや格言として残ってきたと考えるならば、またそれを意図して標語やスローガンが作成されているとするならば、五七調・七五調は日本人にとってリズムのよい調子ということになる。
五七調・七五調のリズムについては古くから研究がなされている。たとえば土居(1922)や別宮(1977)は、定型詩歌では適宜休止を入れることで各句が四拍子のリズムを形成するとしている。また坂野(1996)は二音一単位の「律拍」という概念を打ち出している。これは、一音から二音、二音から四音、四音から八音になった時にひとまとまりの基本枠(四律拍)になるというものである。五音や七音では、その中に休止を入れることで八音からなる基本枠となり、リズミカルな音律が形成されるとする。寺杣(2001)も休止を含め八音をひとまとまりの基本枠と捉える点では坂野(1996)と立場を同じくする。
これらの説では、五七調・七五調のリズムがよいということが前提となっているが、そもそも現代の我々はこの調子を他よりもリズムが良いと感じるのだろうか、という素朴な疑問が生じる。
そこで本稿ではまず、五七調・七五調が、他の調子と比べてリズムが良いと感じるか否かを、音声刺激の聴取にもとづく評定実験により調べる(2 節)。その上で、休止の長さを操作した評定実験を行い(3節)、五七調・七五調のリズム知覚に関わる要因について考察する(4 節)。
2 実験 1
上句五音・下句七音(以下 5・7 調)や上句七音・下句五音(7・5 調)が、他の調子と比べてリズムが良いと感じるか否かを、音声刺激の聴取にもとづく評定実験により調べる。条件をそろえるため、上句・下句の合計が 12 モーラとなるよう、4・8 調、6・6調、8・4 調を比較対象とする。
2.1 音声刺激
構成単語や意味の違いが影響しないよう、2~4 モーラで構成される重音節を含まない動物名の単語リスト(カモ、タヌキ、トナカイなど)を用意し、その中から、7・5 調、5・7 調、6・6 調、4・8 調、8・4 調となるよう単語を組み合わせて刺激を作成した。
例えば 5・7 調では「カモ(2) タヌキ(3)/トナカイ(4) コアラ(3)」、6・6 調では「コアラ(3) タヌキ(3)/ワニ(2) リス(2) ヤギ(2)」、8・4 調では「コアラ(3) タヌキ(3) ワニ(2) /リス(2) ヤギ(2)」といった具合である。
以下に示すモーラ数の全ての組合せ計 38 パターンに対し、それぞれ異なる単語セットで 2 つずつ、合計 76 個の刺激を作成した。
7・5 調(10 個):{223,232,322,34,43}・{23,32}
5・7 調(10 個):{23,32}・{223,232,322,34,43}
6・6 調(6 個): {222,24,42}・33、33・{222,24,42}
4・8 調(6 個):{22,4}・{233,323,332}
8・4 調(6 個): {233,323,332}・{22,4}
音声刺激は第 1 著者(東京出身)の読み上げにより作成した。選択した単語はいずれもアクセント核を有するものであり、上句と下句の中で F0 のダウンステップが生じ、上句と下句の間でピッチレンジのリセットを生じさせることで、韻律的に切れて聞こえるよう読み上げた。複数回収録した音声の中から、発話速度などがほぼ一定で、かつ韻律的に先述のパターンに合致した刺激を選択した上で、音声的に句境界を明確にするため、上句・下句間の休止が約 100ミリ秒になるよう波形を操作した。作業には音声分析ソフトウェア Praat を用いた。
2.2 実験手続き
被験者 20 名(男性 9 名、女性 11 名)に音声刺激78 個を聴取してもらい、音声的にリズムが良いか否かを 5 段階で評定してもらった。刺激は被験者毎にランダムに配置し、1 刺激につき 8 回まで聴取できるよう設定した。本番に先立ち練習として 25 個の音声刺激を評定してもらった。最後に、音声的に上句・下句に分かれていたことが聞き取れたかを確認するため実験で用いた 5 つの刺激に対して句境界の位置を回答してもらった。
2.3 結果
評定値が一方の軸に 75%以上偏っている被験者、半数以上の評定値が 3 の被験者、同じモーラの組合せパターン 2 つの評定値が両極にずれたものが全体の 25%を越えた被験者(計 5 名)は分析の対象外とした。上句・下句の境界の聞き取りに問題のある被験者はいなかった。
分散分析の結果、調の主効果がみとめられた
(F(4,14)=341.46, p <.0001)。Bonferroni 法による多重比較の結果、4・8 調と 8・4 調の間を除き全ての調の間に有意差(いずれも p <.001)が見られた。
以上のことから「7・5 調>5・7 調>6・6 調>4・8調、 8・4 調」の順にリズムが良いと評定される傾向にあるといえる。
3 実験 2
実験 1 では、上句と下句の境界を音声的に際立たせるために、句間に一定の長さのごく短い休止を挿入したが、1 節でも言及した通り、休止の長さはリズムの知覚に影響する。そこで実験 2 では、休止を含めてリズムの仕組みを検討するため、特にリズムが良いと判断された 7・5 調、5・7 調を対象に、休止長を段階的に操作した刺激を用いて実験 1 と同様の評定実験を行う。
3.1 音声刺激
1 節に挙げた各説は、いずれも休止(や母音の延伸による長音)で拍を調整するという点で一致する。たとえば 7・5 調の場合、次のように上句の末尾あるいは先頭などに 1 拍の休止を置き、8 音 4 拍子を刻むという考えである1。
「○○|○○|○○|○p」…休止句末(pは休止 1 拍)
「p○|○○|○○|○○」…休止句頭
句頭に休止を置く場合、上句と下句の間に休止は置かれないことになる。5・7 調の場合、次のように上句の末尾に 3 拍分の休止が想定される。
「○○|○○|○p|pp」
以上の考えに従い、上句と下句の休止長が 0~3 拍の4 段階になるよう音声を操作することとした。
実験 1 で用いた刺激のうち、7・5 調についてはモーラ構成が{223,322,34,43}・23 の 4 つののサブクラスに限定し2、サブクラスごとに1つの刺激を選択した上で、上句と下句の休止長が 0~3 拍の4 段階になるよう音声を操作した。刺激ごとに平均モーラ長(およそ 150 ミリ秒)を算出し、それを 1拍の目安とした上で、刺激全体を聞いて微調整した。
3.2 実験手続き
実験 1 に参加した被験者のうち 10 名(男性 4 名、女性 6 名)を対象に、音声刺激 32 個(2 つの調×4サブクラス×4 拍パターン)を 2 回提示し、リズムが良いか否かを 5 段階で評定してもらった。刺激は被験者ごとにランダムに配置し、1 刺激につき 8 回まで聴取できるよう設定した。事前に練習として 36個の音声刺激を評定してもらった。実験 1 と 2 は別の日に実施した。
3.3 結果
実験 1 と同じ方針に従い、10 名中 3 名を分析対象外とした3。図 2 に調サブクラス・拍ごとの評定値の平均と標準偏差を示す。調サブクラスと拍が評定値に与える影響を調べるため分散分析を行ったところ、調サブクラスと拍の間に交互作用が認められた
(F(21,147)= 9.823, p <.001)。
拍の単純主効果を調べたところ、調サブクラス322・23 では 5%水準で、それ以外は 1%水準で有意であった。多重比較で有意差の見られたものを図 2に示す。総じて、7・5 調のサブクラスでは 0 拍・1拍が 2 拍・3 拍よりも評定値が高い傾向にある。特に、223・23 や 43・23 では、1 拍の際に評定値がより高くなる。一方 5・7 調のサブクラスでは、2 拍・3 拍、特に 3 拍の際に評定値が高くなる傾向を示しており、7・5 調と対比的である。
一方、調サブクラスの単純主効果は、2 拍では 5%水準で、それ以外は 1%水準で有意であった。多重2 サブクラスを限定する際、上句の多様性を残して下句を統制することとした。具体的には、下句が偶数の 2 か 4 で開始し、3 で終わるものを採用した。
3 3 割もの被験者が分析対象外となったことからも分かるように、ポーズ長を微妙に操作した実験 2 は、被験者によってはかなり難しいと感じたようである。本実験を行う際には、実験計画をもう少し工夫する必要がある。
比較の結果、0 拍では、322・23 と 32・43 の間、および 34・23 と 5・7 調の全サブクラスの間で、1 拍では、223・23 と 32・{223,43}の間、および 43・23と 5・7 調の全サブクラスの間で、2 拍では、322・23 と 23・223 の間で、3 拍では、43・23 と 23・43、32・223 を除く全ての 7・5 調と 5・7 調のサブクラス間で、有意差が見られた。有意差の見られた箇所はいずれも 7・5 調と 5・7 調のサブクラス間であり、総じて0 拍・1 拍は7・5調のサブクラスの評定値が、2 拍・3 拍は 5・7 調のサブクラスの評定値が高い傾向にあると言える。
図 2 調サブクラス・拍ごとの評定値の平均・SD(有意差の見られた水準間を線で結ぶ。実線は 1%水準で、破線は 5%水準で有意差が見られたことを示す。)
4 考察
実験 1 では、7・5 調、5・7 調が 4・8 調や 6・6調、8・4 調よりもリズミカルであると知覚されることがわかった。詩歌や標語などではない単純な単語の羅列であっても五音七音がリズミカルと感じられるということは、単になじみのある型の持つ心地よさというだけではなく、五音七音という音の構成がリズム知覚に影響している可能性を示唆する。
そこで実験 2 では、休止を含めてリズムの仕組みを検討した。結果、7・5 調のサブクラスでは休止長が 0 拍・1 拍の時に、特に 223・23 や 43・23 では 1拍の時に、高い評定値となった。一方 5・7 調のサブクラスでは、2 拍・3 拍、特に 3 拍の時にリズムが良いと評定される傾向にあることが分かった。
7・5 調の結果から見ていこう。坂野(1996)・寺杣(2001)によると、七音の句の場合、通常句末に 1拍の休止を置いて八音を構成するが、句の冒頭の語や文節の境界が三音めに来る場合は句頭に休止が置かれるとしている。図示すると次のようになる。
「p〇|〇〇|△△|□□」…境界が三音め「〇〇|△△|□□|□p」…それ以外
(○・△・□はそれぞれ別の単語・音数を示す)
このパターンが好まれることは、以下のように休止の位置を逆にしてみると良く分かる。
「〇〇|〇△|△□|□p」…境界が三音め「p〇|〇△|△□|□□」…それ以外
先に挙げた休止の配置と比較すると、2 拍の音の区切りと単語・文節の区切りが交差することになり、こうした状態がリズムの乱れにつながるということである。
この点から、7・5 調の実験結果を改めて見てみよう。上述の通り、上句が223や43のものについては、休止長 1 拍が特に高い評定値となっており、坂野や寺杣の説を裏付ける結果と言える。一方、上句が 322や 34 のものについては、彼らの説によれば 0 拍の評定値が高くなることが予想されるが、1 拍と同程度に留まっている。上句が 223 や 43 の場合、後続する下句により顕在化する 1 拍分の休止の存在により、先に言及した音と単語の区切りが整合的なリズムパターンになるのに対し、上句が 322 や 34 の場合、この整合的なリズムパターンにするためには、上句の冒頭に 1 拍を置く必要がある。しかし上句冒頭の休止は明示的に存在するものではなく、いわば被験者が頭の中で想定する必要がある。こうした 1 拍分の休止の想定がうまくいった被験者とうまくいかなかった被験者がいたことが、この結果につながったと考えられる。また 322 や 34 の場合の 1 拍がさほど低くない(結果として 0 拍と同程度となる)のは、1 拍の休止を置くことで、音と単語の区切りの齟齬はあるものの8 音 4 拍子は成立するためと考えられる。
一方 5・7 調では、休止が 2 拍・3 拍、特に 3 拍の時にリズムが良いと評定される傾向が見られた。この結果は、5・7 調では上句の句末に 3 拍の休止を置くのがリズミカルであるという坂野(1996)や寺杣(2001)の指摘と整合的である。3 拍の休止(およそ 0.5 秒)というのは比較的長く、単純な単語の羅列の場合、上句と下句が切れて聞こえる(結果としてリズムが悪いと感じられる)可能性も危惧されるところである。実際、低い評定値を付けた被験者もいた。しかし、比較的長い休止を置いても 8 音 4 拍子を構成する方がよりリズミカルであると感じる被験者が多かったという事実は、このパターンの持つ基底性を示唆するものと言えよう。
本研究では、特に 7・5 調と 5・7 調に着目し、休止との関係からリズムの構造について検討した。今後は、6・6 調、4・8 調、8・4 調など他の調についても休止長を変化させ、リズムの判断にどのように影響を与えるかを検討したい。
参考文献
[1] 坂野信彦『七五調の謎をとく 日本語リズム原論』大修館書店 1996
[2] 寺杣雅人『五音と七音のリズム』南窓社 2001
[3] 土居光知『文学序説』岩波書店 1922
[4] 別宮貞徳『日本語のリズム 四拍子文化論』講談社 1977