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junpei murakamiの日記

最終進化系であるイマドキの若者を受け入れよう

2016.07.15 02:49

先日、自分のお店の28歳男性スタッフが、この半年間で良い結果を出したので、食事にお連れした。


せっかくの機会に小汚い居酒屋や、サイゼリヤに連れて行くのもどうかと思ったので、きっと行ったことがあまりないであろう、オトナな店に連れてってみた。


男2人で行くのも、私のイカついみためからあいつらはHG?と、思われるのも忍びないので、その男の子に良いアドバイスを与えてくれた女性スタッフを1人連れて行った。


行ったお店はこちら。

こちらは安くはないが、料理はフレンチと和食がフュージョンされていて、いつ来ても楽しいお店だ。


一皿、一皿のポーションも大きく、ボリュームも申し分ない。

そしてスタッフの方も凄く感じが良い。


オペラのかかる店内の雰囲気は凄くオトナな雰囲気で、程よい緊張感がある。


連れて行った男の子も緊張した面持ちだっが、良い体験をしたのではないかと思う。


そんな若者を面白がっている、、僕も歳をとったものだな。。。



■今どきの若者は、本当に訳がわからない連中なのか?


と、言うことで、20代のお店のスタッフとお話をしてきた。


実はこの2.3週間でお店に最近入った23歳のスタッフをはじめ、20代の人と話す機会が多くあった。


40歳になろうという私からすると、一回り以上違う人達である。


最近は自分の歳もあるだろうが、今時の人の考えている事はわからない。と、方々で話が出る。


確かにその時々のケースを聞くと、なんだそりゃ?という訳のわからない内容が多い。


でも、どんな悪人であろうと彼らの正義や論理があったりするのと同じで、きっと若い人側にも彼らなりの様々な論理があるのだと思う。


そこをイマドキの若者からガッチリと聞いてみる良い機会だった。





■世代間格差による根本的な違いはあるにある。


そんな世代の人と話をして自分なりに思ったことがある。


もちろん人間は個人個人、育ったバックグラウンドも違うので、彼らが同世代という事だけで、皆等しいものではない。


だが、共通して思ったこととして、過去の若者よりも彼らの方が優れているのでないか?ということ。


ええ!

そんなことあるかぁ!

なにいっちゃってんのよ!


と、言うお声があるかもしれない。

ただ、素直にそう感じたのだ。


世代間格差という言葉の中で、

バブル世代

ロストジェネレーション世代※村上はココ

ゆとり世代

さとり世代


という分け方がある。


僕のロストジェネレーション世代より、下の世代である彼らは、

行動や思考に必ず意味を探す傾向にあると思う。かくいう僕もバブル世代よりはある。


そして自分の中で整合性がつかない事や、納得できない事では動かない。

会社や上司の力技で、いいから言われた事をやれ!という理論は通用しない。



■世代間格差?いや違う!もしかしてそれはただの「進化」かも?



確かに一瞬めんどくさいやつとも思える。

しかし、これは間違っている事なのかなぁ?


客観的に考えると彼らの行動は正しい。

僕も比較的、合理主義者であり無駄な事はしたくない。


しかしそんな自分になったのは、様々な経験を踏まえたからである。


自分が興味ない事、したくない事を無理してやる事が意味のない事は経験からそう思ったり。


もっと早く、意味がわかっていれば。誰かがこれをやる事の「利」を教えてくれれば、これをやっていたのにと感じたり。


興味ない人の話を聞く事は無駄な事だと、感じたり。


そう出来る年齢や立場に年を重ねて、そうなったのであるが、彼らはそれが成人した時にはデフォルトで備わっているのだ。


これって紛れもない「進化」ではないだろうか?



■さらなる進化を遂げた若者その先は…


ゆとり世代、その先にさらに進んだ「さとり世代」と言われる人達。


物欲が少なく、ブランド品やクルマなどは欲しくない。そもそも金にもあまり執着はない。


競争をこのまず、目立つ事を嫌う。

のんびりまったりとした生活を望む。


凄い。。。


もはや達観した仙人のようである(笑)



成人した段階で、このような人種に本当に人間がなっているのであれば、物凄い平和な世の中になるのではないだろうか。


これを進化と言わずになんという?

いけないことなのだろうか?


正直、さとり世代の考えは僕がゆくゆくジジィになった時のありたい姿だ。

余計な物欲は無くとも満たされた毎日をすごし、穏やかな日々をのんびりと楽しみながら過ごす。


まだまだ、欲や煩悩にまみれた僕には残念ながら程遠い。。。


正直、さとり世代に産まれて、20歳の時に悟りを開きたかった。そんな風にすら思う。



■年齢が上というだけのマウンティングが通用する時代は終わり


過去は「先輩」や「上司」いう事だけで理不尽な話を押し通す事ができた。


しかし今はそれが通用する事は無い。


僕の世代から上はその辺がまだまだちょっと理解できていないのかもしれない。

もちろん僕もそういった節がある。


若者の彼らからしたら、ただ産まれたのが早かった。そして早くから仕事に従事しているだけの人。

別にうえだからといって、偉いとか、なんでも言う事聞かなければ、という考えは無い。


そもそも「偉い人」という概念が無いのかもしれない。


なので、

1人の対等な人間として話をする。

1人の対等な人間に対しての正しい行動をする。

これが重要なのだと思う。



人間の脳の体積が変わったわけでもないし、たかだか100年位で人が変わる事など基本は無い。


どこかの国で、数千年だか、数万年前の石板にも


「今時の若いものはダメだ、理解ができない」


という事が書いてあったそうだ。


人間は過去の自分を必ず過大評価するそうだ。リアルな過去の自分なんて、ほとんどの人がロクなものではないだろう。


もちろん僕もそうだ。

なんなら、僕よりヒドイ人に会ったことが無い。^o^



■現在より過去が優れている事はありえない

一番新しい世代の人達は情報化社会の真っ只中に産まれ、物心ついた時にはウェブが存在する世代だ。


ネットがあれば好奇心は素早く満たされ、質問の答えは24時間いつでも手にいれられる。


SNSなどのコミニュケーションは当たり前で、僕らが思うよりはるかにめんどくさい人間関係のなか学生時代を育ってきている。


そりゃー2.30年前の若者とは出来が違って当然だ。無駄を嫌うのも、答えがわからないことをやらないのも納得である。



あらゆるスポーツで、過去に優れていた選手より、現在の優れている選手の方が圧倒的にレベルが高いと言う。


そう考えると世の中の若者だってそうなのだろう。


今の若者は、時代に乗り遅れたバカなおっさんよりよっぽど優れているのだ。


若造であろうと、ちゃんと1人の人間として敬う気持ちで接して、年上だからとマウンティングをせず、彼らの話にしっかり耳を傾ければ同じ人間なのだから、理解できないことは無いような気がする。


そして、相手がわかるような言葉で、しっかりと意思を伝えていければ、こちらの事もわかってくれるのではないだろうか。


個人の一生では20.30年は長いが、ヒトの歴史でみれば大した差では無い。


きっと相互理解は可能だと僕は思っている。