ブラインド・テイスティングを科学的アプローチで考える その⑥「レトロネーザルとブラインド・テイスティング」
前回、嗅覚の重要性について紹介しましたが、今回は人間の宿命であるレトロネーザルとブラインドテイスティングについて紹介します。
味わいを豊かにするレトロネーザル
人間には他の哺乳類と異なる構造上の特徴があり、レトロネーザルという経路で食物の香りを認識します。以前レトロネーザルについての記事を書きました。その中で人間は食物を喉から飲み込むと食物の香りが体内から再び嗅覚に届きやすい構造であり、4足歩行から2足歩行に進化する中での変化であることを説明しました。この変化は決して悪いことではなく、食べ物の味わいをより豊かにしました。味と香りを口内で豊かに感じることが出来る、他の哺乳類にはない特徴なのです。これは人間を美食に向かわせた素晴らしい進化であり、例えば肉をそのまま食べるのではなく、焼いたり、煮たり、漬け込んだりと多くの工夫をするのは芳醇な香りを作り出すためでもあります。
左がイヌ、右が人間の顔の構造です。構造上イヌは口に含んだものからの香りが嗅覚受容体に届きにくいことがわかります。
(Reference: "Role of ortho‐retronasal olfaction in mammalian cortical evolution" Volume524, Issue3 Special Issue: Cortical Evolution 15 February 2016 Pages 471-495)
ブラインドテイスティングとレトロネーザル
さて、私はこの人間の持つ構造上の特徴を正しく理解することがブラインドには重要だと思っています。「風邪をひいて鼻が詰まっているので味を感じない」という方がいたとします。でもよく考えてみてください。鼻が詰まっても味は舌で感じるはずなので関係ないでしょう?これは我々が思っている味は味だけでなく、香りの影響が非常に強いことを表しているのです。むしろ鼻を摘まんだときがまさに味なのです。
1980年のMurphyらの報告※では、無味であるシトラール(レモンの香り成分)を用いた実験で、シトラールがあることによって味わいを強く感じ、被験者の80%の味わいに影響があったという結果が報告されています。さてワインではこんな例が考えられます。イチゴの華やかな香りのするマスカット・ベーリーAがあったとします。マスカット・ベーリーAはフレッシュな酸が特徴で、糖分量が低いワインが多いですが、そのようなワインであったとしても、イチゴの香りから、このワインは本来より甘味があるように感じてしまう場合があります。これはまさに香りによるバイアス(偏向)が生じたのです。また皆さんもお仲間とブラインドの練習をした際に、Aさんは甘味が高いと言い、Bさんは甘味を感じないと逆のことを言った、そんな経験はないでしょうか?これではワインを正しく評価できませんよね?
このようなことを生じにくくするためにはどうすればよいか?私は香りと味わいを分けて評価することによってこのバイアスを生じにくくさせることが出来ると考えています。これは立ち香によってまず香りを評価し、その後にレトロネーザルを意識しつつ味を評価する、分けて評価を行う方法です。私はこの方法をKun-Kun blind method(クンクン・ブラインド・メソッド)として授業で紹介しています。興味がおありの方は是非授業を受けにいらして下さい。偶然ですが、カリフォルニア大学のUCデイビスでのワインの官能評価法も同じように香りと味わいを分けて別に評価を行っています。
※Reference: Morrot, G., Brochet, F.& Dubourdieu, D., “The Color of odors,” Brain and Language, 2001, 79, 309-320.
では次回はこのKun-Kun blind methodという香りと味わいを分けるブラインド方法を紹介します。
2017年1月7日に行われた第11回田崎真也ワインサロン ブラインドテイスティング大会で2位でした。右は学長の元場先生。田崎真也ワインサロンは2020年10月末に閉校が決まり寂しい限りです。