「万の心を持つ男」シェイクスピア13『ヘンリー四世』②「ホットスパー」
『ヘンリー四世第一部』第一幕第一場で、ヘンリー四世は忠臣ウェストモーランドから反乱軍の「熱血漢ホットスパーの異名をとる若きハリー・パーシー」の見事な戦いぶり、「王者の誇るべき勝利」を聞かされこう口にする。
「そうまで言われると悲しくなる、嫉妬という罪まで犯しかねない、あれほど恵まれた息子の父であるノーサンバランド卿が羨ましくてならないのだ。名誉が話題になるたびにあがる息子、いわば森の中でひときわ真っ直ぐに伸びた大樹、幸運の女神の寵愛と誇りの的だ。それに引き替えこの私ときたら、ホットスパーのあっぱれな資質を見るにつけ、倅ハリーの顔が目に浮かぶ、放蕩無頼という泥にまみれた顔が。ああ、誰か証明してくれないか、夜をさまよう妖精が、ノーサンバランドと私の子供をまだ産着にくるまれているうちに取り替えて、私の子をハリー・パーシー、彼の子をハリー・プランタジネットと呼んだと。それが証明されれば彼のハリーが私の子、私のハリーが彼の子だ。」
「ホットスパー Hotspur」は直訳すれば「激しい拍車」となるが、拍車は剣と共に騎士の象徴でもあるから、「攻撃的な騎士」という意味となる。そして、ここから転じて、現代英語では「向こう見ず(な人)」といった意味で用いられる。ホットスパーはリチャード2世に冷遇されたため、父である初代ノーサンバランド伯と共にヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー4世)に協力し1399年のリチャード2世追放に尽力、ボリングブルックをヘンリー4世として即位させた。しかしヘンリー4世の治世でもパーシー家は冷遇されヘンリー4世に反旗を翻すが、ホットスパーはその中心人物だった。彼を突き動かすのは「名誉」の観念。国王打倒にいきりたち、父から「何か大手柄を立てた気になって自制心を失っている。」と言われてこう答える。
「天にかけて、青ざめた月の面から光り輝く名誉をかすめ取るのはお安いご用だ、あるいは測量糸も届かぬ深い海底に潜ってゆき、溺れていた名誉の前髪を掴んで引き上げるのも朝飯前。ただし名誉を救い出した者がその誉れを独り占めできなければいやだ、誰かと分け合うなんてけちな真似はご免こうむる!」
興奮すると「蜂に刺されたように苛立ち、女のヒステリーそこのけの大騒ぎ」をし、叔父ウスターからこうたしなめられる。
「もう少し分別を身につけ、その欠点(注:度を越した我の強さのこと)は改めたほうがいい。時にはそれが偉大さや勇気、鋭気を示すこともあり、事実それが君の最も貴重な長所の源になっている、しかし、大抵の場合それが露わにするのは粗暴な怒り、不作法、自制心の無さ、高慢、不遜な態度、人を見下す尊大さといったものだ。そのうちの最も軽微なものであれ、貴族にとりつけば、人望を失い、ほかの数々の美点の上に、黒々としたしみをつけ、受けて当然の称賛を奪い取ってしまう。」
ホットスパーは、戦場でハル王子と遭遇することになる。
「ホットスパー 俺の名はハリー・パーシーだ。
王子 ほう、音に聞く逆賊の名だな。俺は皇太子だ。パーシー、この先はもう俺と栄誉を分かち合えると思うなよ。二つの星がひとつの軌道を巡ることはない、イングランド一国がハリー・パーシーと皇太子ハリーというふたりの君主をいただくのは荷が重すぎる。」
2人は戦い、ホットスパーは負傷し倒れる。名誉、名声に囚われ続けたホットスパーの最期の言葉。
「ああ、ハリー、よくも俺の青春を奪ったな!はかない命などなくしても惜しくはないが、貴様が俺から名声を勝ち取ったのは我慢ならない。それが、肉を指す剣以上に俺の思いを傷つける。」
息絶えたホットスパーに王子はこう声をかける。
「さらばだ、君への称賛を天国まで持ってゆけ!だが恥辱は君と共に墓に眠らせ、墓碑銘に記すことのないように!」
カナレット「アニック・カースル」1750年ごろ
アニック・カースルは、1309年からノーサンバーランド伯爵パーシー家(後のノーサンバーランド公爵)の所有
アニック・カースル
「ハリー・パーシー(ホットスパー)騎馬像」 アニック・カースル ノーサンバーランド
ホットスパーの死
初代ノーサンバランド伯ヘンリー・パーシー ホットスパーの父