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芭蕉の「古池や」とゴーギャンの絵の象徴世界

2020.09.19 10:53

https://ameblo.jp/reem2/entry-12248127890.html  【芭蕉の「古池や」とゴーギャンの絵の象徴世界】より

「古池や 蛙 飛こむ 水の音」

これは小学生でも知っている松尾バナナの、いえ、松尾芭蕉の俳句です。※1

蕉風開眼の句とされ、この作品から俳句は新しい領域に入りました。

正岡子規は「表面に現れたるだけの意義」しかないと切り捨てているようですが、

古池に蛙が飛び込んで水音がした、閑寂だなあといった意味でしょうか。

どんな思いで見るかによって、世界の景色は変わります。

「古池や」の句とゴーギャンの絵から、現実世界に象徴世界を見る視点を考えました。

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「古池や」は、絵画でいえば象徴主義の句と言える。

この句が誕生したのは、貞享三年(1686)春、芭蕉四十二歳のときです。

深川は芭蕉庵での句会で、まずは句の中下「蛙飛(とび)こむ 水の音」が出来ました。

和歌では蛙は山吹とセットだったので、其角が「山吹や」はどうか?と言います。※2

しかし芭蕉は、俳諧の伝統思考からも離れ、しばし瞑想し、「古池や」と言いました。

つまり「水の音」は現実の音ですが、「古池」は芭蕉の心の中に浮かんだ幻影なのです。

この句は「古池に」ではありません。「古池や」となっています。「や」とは“切れ字”で、

前後を切るための言葉です。ゆえに古池シーンと蛙飛び込むシーンは別の世界です。

芭蕉は、ポチャンという水音を聴いて心の目が開け、古池の静寂な時空を見ました。

蛙は活動音で生命の営みを示している。天地は無言で悠久の営みを続けている。※3

ここで俳句は、事象の写実から、心の内面も描く象徴詩的な芸術に進化したのです。

句の解釈は長谷川櫂『古池に蛙は飛びこんでいない』(花神社)を基にしています。

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後期印象派のゴーギャンも、象徴主義の絵を描いている。

アルタミラ洞窟の壁画以来、西洋絵画は、できるだけ対象を忠実に描くものでした。

しかし19世紀になり、印象派と並んで新しい芸術の流れを作ったのが象徴主義です。

実際に目の前にないものも象徴的に絵に描き込み、精神や幻想を表現しました。※4

ポール・ゴーギャン『説教のあとの幻影(ヤコブと天使の闘い)』(1888年) 

ケルト民族の衣装を着た女性たちが説教を聞いた後、その聖書物語を想っています。

右上は、族長ヤコブが天使と組打ちをしている名場面。ヤコブが、祝福してくれる

までは離さないと言うので、天使は彼の名を“イスラエル”に変え、祝福します。※5

手前の敬虔な女性たちは現実の世界。上の天使と人間はシンボリックな聖なる世界。

二つの世界を斜めの木が分けています。太い輪郭線で縁取りし、野原は緑色にせず、

赤で浮世絵のようにベタ塗り。自然を見たままに描く印象派の表現を超えています。

この絵は「古池や」ほどの深遠さはないですが、内面の信仰心を表そうとしています。

芭蕉と同じく、ゴーギャンもまた写実を超え、新しい領域の絵を開花させたのです。

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人間は常識という名のメガネを掛けていて、物事の表面だけを見る傾向があります。

しかし芭蕉は何の変哲もない水音を聴いたときに、天と地の静寂を見つけたのです。

ゴーギャンは日々の生活の中にも、敬虔さや神聖さのある世界を見たのでしょうか。

芸術も、人生も、ちょっと視点を変えてみれば、新しい別の世界が開けそうですね。

補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――

※1:芭蕉はバショウ科の多年草。英名はジャパニーズ・バナナです。食用に不適。

※2:和歌では「かはづ」とは鈴の音のように鳴く河鹿(かじか)。涼しげな“鳴き声”に

着目するのが常でしたが、芭蕉は、近くのゲコゲコ鳴く蛙を「かはづ」と詠みました。

「かはづ」は万葉の昔から山吹の花と結びつけて詠まれるのが和歌俳諧の伝統でした。

・「九重に 八重やまぶきを うつしては 井手の蛙の 心をぞくむ」(千載和歌集)

・「かはづなく ゐでの山吹 ちりにけり 花のさかりに あはましものを」 (古今集)

※3:「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の句も「古池や」と同じで、岩に滲み入るほどの

蝉の鳴き声を聴いたときに、芭蕉の想いは宇宙に飛び、その「閑さ」を思ったのです。

※4:ゴーギャンはポスト印象派ですが、象徴主義の画家として位置づけられること

があります。なぜなら、写実的な再現の否定や、平面的で装飾的な画面構成の重視、

主観性の強い内面表現、神秘主義的な題材を使用するといった傾向があるからです。

この象徴主義はアール・ヌーヴォーなど1890年代から20世紀初頭の世紀末芸術に

も大きな影響を与えました。(Wiki.) この百年ちょっとの間の進化は凄いものですね。

※5:創世記32:23-31。イスラエルとは神と闘う(粘り強い)、または神は闘うの意。

イスラエルはヤコブの子孫全体の名となり、神と契約を結び、神の選民となります。

天使とヤコブの組打ちポーズは葛飾北斎の『北斎漫画』を参考にしたとのことです。