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つかめそうでつかめない睡眠と覚醒の境目

2020.09.22 13:52

https://news.yahoo.co.jp/articles/3815e9d1b3a9639f20f23261d41d71765f173309【つかめそうでつかめない睡眠と覚醒の境目】  より

睡眠時間の測定や居眠り運転防止にも影響、「30秒ルール」の高い壁

「昨晩、何時に寝ましたか?」と聞かれた時、「23時頃かな?」「仕事が長引いて深夜1時過ぎ」など、「時間単位」であれば答えるのは容易だが、もう少し詳しく「23時何分頃でしたか?」と聞かれればちょっと考え込んでしまうのではないだろうか。

 不眠症の治療では患者さんに消灯時刻、寝つきにかかった時間(睡眠潜時)、途中の目覚め時間(中途覚醒時間)、昼寝の長さなどを「分単位」で記録してもらうが、時計で確認できる消灯時刻はともかく、体感的に判断しなくてはならない睡眠潜時や中途覚醒時間を記録するのは、慣れてもかなり難しいとこぼされることが多い。しかも実際に検査で測定した数値と大きなズレが生じることも少なくない。

 古来、「覚醒」とは“目覚めていると自分で認識している状態”、「睡眠」とは“覚醒以外の状態”のことを意味していた。つまり睡眠も覚醒も主観でしか表現できず、そのため睡眠時間もせいぜい「分単位」でしか表すことができなかった。特に、うつらうつらとまどろんでいる時など、どこまでが覚醒で、どこからが睡眠なのか、判定のしようがなかった。

 ところが1929年に脳波が発見されて以降、ようやく「覚醒」と「睡眠」を科学的(客観的)に定義することができるようになった。覚醒と睡眠のそれぞれに特徴的な脳波の周波数やパターンが見つかったため、それらの組み合わせによって覚醒と睡眠の判別や、睡眠の深さの分類をすることになったのである。

 脳波は脳が発生する微弱な電気活動を増幅して記録したもので、周波数帯域ごとにδ(デルタ波:1~3Hz)、θ(シータ波:4~7Hz)、α(アルファ波:8~13Hz)、β(ベータ波:14~30Hz)などに大別される。覚醒時にはβ波やα波が主体だが、浅い睡眠に入るとθ波が増え、深い睡眠になると最も周波数が小さいδ波が主体となるなど覚醒度や睡眠深度に従って主体となる脳波の周波数帯域が変化する。

 ちなみに、アメリカ睡眠医学アカデミー(American Academy of Sleep Medicine)の創設者であり、睡眠中の脳波を世界で初めて測定して睡眠の深さを観察するなど睡眠科学の泰斗として知られている米国スタンフォード大学のウィリアム・C・デメント博士(1928~2020)が6月17日に92歳で亡くなった。奇しくも脳波の発見の前年に生まれ、睡眠脳波とともに歩んだ研究人生であった。合掌。

 では、脳波を使った検査ではいつ眠ったかを正確に判定できるのだろうか? 実はこれにも限界があり、現行ルールでは「30秒」単位でしか判定できないことになっている。これはどういうことなのだろうか?

30秒ルールの理由と課題とは

 その説明のために、脳波による睡眠判定の難しさについて触れてみる。確かに覚醒から浅い睡眠に入るとα波に代わりθ波が増加してくる。とは言っても、ある時点から急にα波が消えてθ波に全面的に入れ替わるのではなく両者がせめぎ合う移行期、いわゆる“まどろみ”の時期が断続的に続くことも多い。浅い睡眠状態に入った後も、α波はしばらく散発的に出現する。そのため、“測定開始から何分何秒後”などある一点をもって覚醒と睡眠の境目と決めることが非常に難しい。

 そこで、睡眠研究者は30秒という“判定区間”を決めて、その判定区間に出現するα波の割合が50%以上なら「覚醒」、50%未満なら「睡眠」と定義することにしたのである。これならば機械的な作業であり、迷いがない。脳波の周波数分析によって睡眠や覚醒、睡眠の深さをリアルタイムに判定するソフトも作成され、臨床現場で活用されている。

 研究目的や特殊な事情から判定区間を20秒や10秒など短くすることもある。ところが区間を短くすればするほどそこに含まれる脳波量が少なくなり判定精度が低下するほか、区間ごとの変動が大きくなりすぎる。30秒は脳波解析精度と臨床上の有用性の間の落とし所として決まったのである。

 睡眠医療では30秒の判定区間で十分なのだが、それでは長すぎて困る研究領域がある。例えば自動車運転事故の防止装置の開発をしている技術者にとって30秒は「大事故に至るに十分な長さ」であり、もっと短い区間で素早く睡眠を判定する必要がある。いや、そもそも眠ってしまっては手遅れなので、“まどろみ”もしくはその前段階でドライバーにアラートを発したいと考えている。ところがこれが難しい。

 居眠り事故のリスクが高い、長い直線道路や高速道路を運転しているときは、視覚や聴覚刺激も単調になり、先にも書いたようなα波とθ波がせめぎ合う脳波状態になりやすい。ドライバーの額に脳波電極をピタッと貼り付け、脳波を秒単位で自動判定しながらθ波が少しでも増えてきたらアラートを出せば居眠り運転の予防ができそうだが、ことはそう簡単ではない。

 “α波とθ波がせめぎ合う”の時期は「眠い」という認識に欠けるため、ドライバーは寝ているつもりもないのに頻繁に鳴り続けるアラームに業を煮やしてシステムを切ってしまう可能性が高い。このような短時間の“まどろみ”でも、歩行者が飛び出すなど突発的な事態への反応速度は低下しているため困るのだが、θ波が全く出ないような覚醒度が非常に高い状態で運転し続けることもまた現実的には難しい。技術者は睡眠判定の正確さと判定の速さというトレードオフの悩みを抱えつつ、居眠り防止装置の開発を続けているのである。

 覚醒と睡眠を脳波検査で決めるだけで十分なのかという指摘もある。睡眠判定には「中心部」と呼ばれる脳の頭頂葉領域の脳波を用いているが、この中心部脳波は脳の一部の領域の活動を反映しているに過ぎない。睡眠中にも活発に働いている脳領域もあれば、覚醒時であっても不活発な脳領域もあることが明らかになっており、脳波ではその一部の活動性しか評価できない。また、ある種の動物には“半球睡眠”という左右の脳が交代で睡眠をとる現象もある。脳の“睡眠・覚醒”も一様ではないのである。測定技術の進歩によって脳局所の覚醒度を簡便に評価できるようになれば、“まどろみ”状態の定義も運転時、勤務時、リラックス時でそれぞれ違うものになるのかもしれない。