イーリンさんが風邪を引く話

2020.09.28 13:40

「……あら、フラーゴラじゃない」

「お師匠先生、声ガラガラだよ……」

 珍しく憔悴しきったイーリン・ジョーンズを見て、フラーゴラは素直に心配する。

「完全に風邪だわ……」

「そっか……お大事にね……? 皆きっと心配するから……。元気なお師匠先生を見てると、皆幸せになるから……」

「くす、相変わらずいい子ね……」

 イーリンはふわふわをなでる。

「お師匠先生……それワタシじゃなくて白いクッションなんだけど……」

「え……」

 するとイーリンはその場に倒れ込んでしまった。

「お師匠先生ーーーーっっ……!!!」


 イーリンが冷たい感触に目を覚ますと、ひたいには濡れたタオルが乗っていた。後頭部には水枕の感触。重すぎるほどの布団が何重にもかけられ、そして心配そうに見つめる狼のブルーブラッドの姿があった。

「お師匠先生良かった……!!」

「フラーゴラ、私寝てた……? というか気絶してたの……?」

「ちょっとの間だけね……! 今ココロさんがお医者さんを呼んで、リアナルさんが体調の悪いのお師匠先生でも食べれるもの買いに行ってくれたよ……」

「そう……」

 弟子たちに借りを作ってしまった。そうイーリンは心の中で微笑む。どうやって貸しを返そうかいつもなら算段をすぐに付けるが……今は頭が回らない。ぼーっとするイーリンと、ベッドの側の椅子に腰掛けるフラーゴラ。痺れを切らしてしまったのはイーリンほうだった。

「……しかし、暇ね」

「……そう思って、じゃん……絵本を用意したよ……」

「『人魚姫』? 絵本は守備範囲外だわ。改めて読むのも面白そうね……」

「ふふ、よかった……じゃあ読むね……」


「人魚姫は、愛する王子を殺すことなど出来る訳もなく……ましてや愛する人の幸福を壊すことも選択出来ずに、海に身を投げて泡となって消えました……おしまい」

「ええ……」

「? お師匠先生どうかした……?」

「人魚姫って死ぬのね……。初めて知ったわ……」

「これは絵本だから……所々端折られてるけど……。人魚姫は風の精になって、300年後には人間に生まれ変わるって結末もあるよ……」

「そう……。でも悲恋には変わりないわ……」

「……苦手だった……?」

「うーん」

 イーリンは健康時ならばここまで気が滅入ることはないだろうが、体調不良で体が弱っているせいだろう。

「フラーゴラ、まだ絵本はある?」

「あるよ……」

「じゃあ次はハッピーエンドがいいわ。ああでもネタバレはしないでちょうだい? 頭から読んでこその物語の醍醐味よ」

「わかった……じゃあ次はワタシの大好きな絵本……『マッチ売りの少女』」

「あら、フラーゴラのギフトの元ネタね? 楽しみだわ」


 数分後。そこにはより体調が悪化したようなイーリンの姿があった。

「マッチ売りの少女死んだのだけれど……」

「え、え、あの、ハッピーエンドだよ……?最期は火の幻でお婆さんに会えたし……」

「そういうの最近はメリーバッドエンドって言うのよフラーゴラ……」

「?? めりー……?」

「ちょっと待って貴方、絵本の作者見せなさい」

 イーリンがフラーゴラの持ってきた絵本を探る。人魚姫もマッチ売りの少女もそこには『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』と記されていた。イーリンは悟る。作者の作風と、この子はこういう物語が大好きなのであることを。

「ちょっとめまいがしてきたわ……」

「大丈夫……?」

 フラーゴラには悪いが、このまま寝てしまおうかと思った時にいいアイディアが思い浮かんだ。

「そうね。次はフラーゴラの恋の話が聞きたいわ?」

「! あ、えっと、その……うー……」

いちごのように赤く染まるフラーゴラはイーリンの目に見ても面白かった。フラーゴラ視点で見る「あいつ」の様子はどこまで本当かわからないが、なかなか聞き応えがあった。この物語の結末がハッピーエンドであることをイーリンは願うばかりであった。