この驟雨に打たれて-4-
1月。
年明け早々、私はまたカップケーキを作っていた。
――もうすぐ全国大会が始まる。先輩たちが決勝に進出したら、優勝したら、また食べてもらえる!美味しいカップケーキ作れるように練習しよう!
「莉花―。結菜ちゃん来たよー。」
キッチンでカップケーキをオーブンに入れてスイッチを入れたところでお母さんが呼ぶ声がした。
今日は結菜と近所の神社に初詣に行く約束をしていた。
外へ出ると、お正月の晴れ渡った空気は凜と澄んでいるが冷たい。
「もうあと数日だねー、全国大会。」
結菜が言った。
「うん。」
「これが終わったらもう練習もないんだよねー。」
「・・・うん。先輩、勝っても負けても引退だもんね。」
「うん。そしたら3年生はあっという間に卒業じゃない?」
「・・・うん。」
「あ、ごめん、正月早々しんみりさせちゃったね。」
「ううん。でも今、次の試合すごい楽しみにしてる。今日、先輩が優勝できますようにってお願いする。」
「そっか。・・・自分のお願いは良いの?」
「自分のお願いって?私のお願いは先輩が優勝することだけど・・・。」
私が不思議そうに聞くと結菜はいたずらっぽい顔になる。
「先輩と付き合えますようにー、はいいの?」
「・・・はっ!?」
瞬間的に顔が熱くなった。
「だってー、先輩今彼女いなそうだし、アンタのこと好きそうだし、部活終わったらさー。」
「そそそそそ、そんな!つつつつ付き合うって!それにせ、先輩が私のこと好きそうとか、どっからそう思うの?」
「てか、どっからそう思わないの?逆に。」
結菜はちょっと呆れた顔になって言う。
「明らかにアンタにだけ態度違うと思うんだけど牧田先輩。わかんない?」
「ぜ、全然わかんないよ!」
私は熱くなった顔を仰ぎながら言った。
お参りを済ませた帰り道。
「結菜も、応援がんばってね。」
ダンス部は全国大会の応援要員として参加する。
「うん。私のこともお願いしてくれた?」
私は笑顔で答える。
「もちろんだよ!でも、結菜も先輩も私がお願いしなくてもいつも全然大丈夫だしね!今回も絶対大丈夫!」
「ありがと、莉花。」
「ううん。あ、でも、私今回は初戦は見に行けるけど、その次応援行けるのは準決勝からなんだよね。お休みの日じゃないから。」
「あー、そうだよね。」
「あー。今だけはダンス部に入っとけば良かったって思う!」
「あはは!何それー?でも、料理部の方も部長しっかりやってんじゃん。」
「・・・へへ。うん。みんなのお陰だー。りっちゃんとまなちゃんがいつも部長の仕事手伝ってくれるし、部員のみんなは良い子ばっかりだし。最初は部長なんて絶対務まらないって思ったし、前部長みたいにできないって落ち込んだときもあったけど、その度に結菜の格好良く踊る姿とかバレー部のみんなががんばってる姿とか思い出して、がんばろうって思えた。」
「・・・莉花。」
「バレー部のみんなにはそれぞれ大切な役割があって、点を取るのが得意な人、守るのが得意な人、チームがピンチの時に得点を取る人、ベンチで誰かに何かあったときや違う攻め方守り方の時に必要な人、空気を変えることができる人、ベンチには入れない人も今はそこで仲間をしっかりサポートするのが大切で、そこから学べることがたくさんあるんだなあー、とか。いつも元気な結菜がダンス部を引っ張って、副部長さんが陰で結菜を支えてるのがわかったときとか。そうやって見てる内に、私は前部長のようになんてなれないし、なる必要がないんだってわかった。完璧な部長は格好良かったけど、完璧じゃない私だから誰かのためになることができるって。・・・ううん、きっと、完璧に見える人だって完璧じゃないんだよね。」
「莉花・・・。アンタ・・・。」
「部長だけじゃなくてさ、1人で過ごしたり結菜の後ろに隠れてばかりだったこととかもちょっとずつ自分からがんばってみようって思えるようになった。自分でも驚いてるよ。ホント、みんなのお陰。」
結菜の顔を見ると、ちょっと涙ぐんでる。
「莉花・・・。アンタなんて・・・。もう!なんていい女なの。もう地味な眼鏡じゃないね。」
「ななな、何言ってんの?いい女って。・・・ふふ。・・・でも、もしちょっとでもそうなれてたとしたらほんと、みんなのお陰なんだ。だから結菜にそう言ってもらえるなら嬉しい!」
「・・・莉花!私、初戦突破したら牧田先輩と男バレのこと、力尽きるまで応援するから!莉花の分まで!」
結菜は私に抱きついて力強く言う。
「うん!ありがと!お願いします!」
「ま、とりあえずは初戦だね。」
「うん。・・・でも、よかったな。準決勝と決勝は見に行ける日で。私あの日、日程も何も考えず、ただ勢いのみであんなこと言っちゃったからさ。」
「あ、そうね。」
私は恥ずかしさで手で顔を覆いながら続けた。
「あー。今考えるとホントに恥ずかしい!決勝に行くときカップケーキあげますってホントに何様ですかって感じだよね?どんだけ美味いカップケーキですか?国宝級ですか?って感じだよねー?」
私はちょっと涙ぐみながら言う。
「あはは!ほんと大げさなんだからー。まあいいじゃん。そういう約束が意外と闘志に火をつけたりするんじゃん?知らないけど。」
「知らないけどってー。・・・」
「あはは!」
* * *
全国大会初戦。
全国大会ともなると、会場の規模も応援の規模も今までと段違いに大きい。
――こ、こんなとこで試合なんて、私、ただここにいるだけなのに雰囲気に呑まれそう・・・。みんな、こんなところで試合するんだなあ。先輩、がんばって!結菜、がんばれー!
今日は結菜もずっとダンス部の応援席。
私は料理部のりっちゃんまなちゃんと応援していた。
「わー。私バレー部の応援初めてー!すごい広い会場で試合するんだねー。」
りっちゃんが体育館の天井を見上げて言う。
「ね。私、こんなとこ、もう倒れそうなぐらい私が緊張してる。」
「いやいや、莉花。莉花は見てるだけだから。でも、結菜ちゃんもすごいよねー。ここで応援かー。」
まなちゃんは会場をグルリと見回しながら言う。
「うん。すごい。テレビカメラとかも入ってるもんね。」
「うんうん!私もお正月過ぎになると毎年見てたよー、テレビで。今年は会場に来ちゃったなあ。自分の学校の同級生が出てるなんて、ちょっと感動だね!」
りっちゃんはまだ辺りをキョロキョロ見回してる。
すると、選手たちが会場に入ってくる。
「あ、来た来た!男バレ来たよ!」
――先輩!ウォーミングアップしてるー。うう!なんか手が震えてくるなあ。
やがて試合時間が近づくと選手たちは整列して挨拶をし、それぞれの配置につく。
先輩たちもいつも通りのスターティングメンバーでいつもの場所に立っている。しかし、今日は会場が大きいせいもあり、先輩が遙か遠く、小さい。
試合開始のホイッスルが鳴る。
相手は全国大会初出場のチームだった。
序盤、両校とも立ち上がりは若干動きの固さが見えた。
しかし、徐々に身体が温まってきたのか、我が校バレー部が試合をリードし始める。
初出場の相手チームは、雰囲気に呑まれているせいか会場に慣れないせいか、ミスが多い。
1セット目。
我が秋風高校リードのまま25点先取した。
「キャー!勝った勝ったー!」
「勝ったねー!」
りっちゃんがピョンピョン跳びはねて喜んでいる。
私は危なげない試合だったにも関わらずずっと胃が痛い。
休憩中も応援に熱が入る応援団に目をやる。
部長の結菜は最前線で応援している。
いつもながら格好いい。
「あ!あれ結菜ちゃん?」
りっちゃんが身を乗り出して聞く。
「うん!結菜もがんばって声出してる!格好いいよね!」
「うん!ほんとー。なんか莉花の周りの人みんなすごくないー?」
まなちゃんもダンス部の応援を見つめながら言う。
「確かにー。全国大会に出てる先輩たちと知り合いで、その応援のチアの部長と親友なんてー。」
「そ、そう言われればそうだね!・・・確かに。みんな格好いい・・・。今日はみんなが遠いなあ。」
私はいつもよりずっと遠くにいる、私には行けない場所にいる2人に目をやる。
「・・・でも、みんなのお陰で、私も2年生は自分なりにいろいろがんばれた。あ、もちろんりっちゃんとまなちゃんもみんなの中に入ってるから!」
2人に言うと2人は照れながら答える。
「何言ってんのー?莉花はうちらがいなくたってはじめから格好良かったじゃん!」
「ええ!?どこが!」
驚きすぎて声がひっくり返る。
「えー?どこがって全部だよ。1年の頃から料理はうまかったし、先輩たちとまだ雰囲気が打ち解けてないときもすごい真面目に先輩たちの話し聞いててさー。先輩たち、莉花にはいっぱい話しかけてたよ。」
「・・・え?そうなの?・・・そうかな?・・・料理は、元からすごい好きで。それに、私友達とか作るのすごい苦手で。だからってわけじゃないけど自分から話しかけられない分、人の話は聞くの好きなんだ。だからすごいってわけじゃ・・・。」
「何言ってんの?それをサラッとできるのがすごいんじゃん!それに人が困ってると思ったらスッと助けの手を差し伸べるしさ。励ましてくれるし。」
「ええ!?そんなこと全然ないよー!」
「えー?自分で自分のいいとこに全然気付いてないんだからねー、莉花は。ほら、1年の初めの頃、私がお皿から水をはじけ飛ばしちゃって水浸しになったじゃん?そん時、いつもは全然話しかけて来ないのに誰よりも早くタオル貸してくれてさー。」
「あったよねー。でもまあ、全然気付いてないとこがまた莉花の良いところだよね。」
ピーッ
2セット目開始のホイッスルが鳴る。
みんなは一斉にコートを向く。
牧田先輩のサーブからのスタートだ。
先輩の表情は今日も厳しくも凜々しい。
私はドキドキしながら牧田先輩のサーブを見つめる。
――りっちゃんとまなちゃんがそんな風に思っててくれたなんて・・・。嬉しい・・・!
先輩のサーブは相手チームの白線ギリギリのインコースに小気味のいい、力強い音を立てて決まった。
さっきの凜々しい顔が、いつも私に見せてくれるあの、私には眩しすぎる笑顔に変わった。
その後、相手チームは終止本領を発揮できない様子だった。逆に先輩をはじめ我が校男子バレー部の選手たちは、打数を重ねる毎に動きにキレが増していくように思えた。
大会初戦、結果は我が校の圧勝だった。
コート上で選手たちは肩を抱き合いガッツポーズをして喜んでいた。
――よかった・・・!まだ、先輩のバレー姿見れる!
とは言え、明日以降の試合は私たちは直接ここへ応援に来ることはできない。私にできることは、先輩が次の休みに行われる準決勝に進んでくれることを祈るだけだった。
* * *
大会3日目。
休み時間に校内放送が入る。
「男子バレーボール部が本日も勝ち進み、準決勝への進出が決定いたしました。次の土曜日に・・・。」
この校内放送が入ると、教室や廊下の至る所で歓声が上がった。
「うわ!すげー!とうとう準決勝進出じゃん!やべーな男バレ!」
「すごーい!相羽くんとか沖田くんとか出てるんでしょ?やばいね。優勝しちゃったらどうするー?」
アチコチから喜びの声が聞こえる。
前の席の相川さんが私に声をかけてきた。
「今野さん。結菜ちゃん今、応援行ってるんだよね?すごいねー、男バレ。」
「・・・う、うん。」
私は放心状態でみんなのように歓声を上げられない。
――すごい、すごい、すごい!先輩たちすごい!とうとう準決勝まで行ったんだ!毎年2回戦ぐらいで敗退って言われてたけど、勝ち進んだんだ!結菜も!すごい!
目頭が熱くなり、ジワリと目が潤んだ。
私は急いで家に帰ると、早速カップケーキを作り始めた。
――今週の土曜日!準決勝に勝ったら!渡せるんだ!カップケーキ!!
その日の夜、結菜から電話があった。
「莉花!勝ったよ!先輩たち!」
結菜は開口一番そう告げた。
「うん!うん!今日校内放送入ったの!やったね!結菜もお疲れ!すごいよー!みんなすごすぎるー!!」
私も興奮して大きな声で答える。
「やったね、莉花!先輩にカップケーキ作れるね!」
「うん!私今日、急いで帰ってまた練習しちゃった!明日持って行くから食べてね!結菜!」
「またぁ!?また太らそうとしてくるー・・・。」
「ち、違うってば!結菜への労いだよ!」
「今練習したって言ったでしょ!練習台にしてるくせに!」
「違うってー!」
私たちはその日の夜、お母さんに怒られるまで電話をしていた。
翌日、バレー部が登校して来ると、みんなはそれぞれにお祝いの言葉を伝えていた。
――今日はバレー部の練習あるのかな?私も!今日は見学できたら私からちゃんとお祝いの言葉伝えるんだ!
放課後、いつもより少し気合いを入れて体育館へ行くと、いつもよりたくさんの生徒が練習を見に来ていた。バレー部員たちは部活開始の時間までそれぞれ思い思いに過ごしている。
結菜も今日は部活だ。
私は1人、先輩を目で探しながらいつものスタンドの隅へ行った。
すると、先輩と目が合う。
先輩はいつものように私に声をかけてくれる。
「今野さん!」
私はさっきの決意を思い出す。
「先輩!」
私がいつものように小さくなっていなかったからなのか、先輩は少し驚いた顔をしている。
「あの!お、おめでとうございます!」
先輩はいつも周りに人がいて、いつも誰かに注目されている。
私は注目などされないから、先輩とここで話している時はいつもドキドキする。
たったこれだけ言うだけでも、心臓は早鐘を打ち始める。
すると先輩は、やっぱりあの眩しすぎる笑顔で答えてくれる。
「おう!次はカップケーキね!」
「は・・・はい!」
私も笑顔で答えた。
すぐに練習が始まり、私はいつものスタンドの隅から、先輩の一挙手一投足を目に焼き付けるように練習を見学した。
* * *
準決勝前夜。
私は今日もキッチンでカップケーキを作っていた。
オーブンにカップケーキを並べる。
今日はいつもとはちょっと違う。
カップケーキにメッセージを添えようとメッセージカードを準備していた。
――なんて書こう。
小さなメッセージカードに載せる言葉。
――「一球入魂!」とか・・・?何か私が書くのは違うよね。普通に「がんばってください」かな?でも言われなくてもがんばるに決まってるしな・・・。
あれこれ考えすぎてだんだんなんだかわからなくなってくる。
――あー!やっぱりメッセージカードは私にはハードル高かったかなー?やっぱりやめようか・・・。でも、気持ちをちゃんと伝えようって思って決意して準備したんだから、こんなところで諦めたらダメだよね。・・・よし!
私は、先輩に伝えたい想いをメッセージカードに込めた。
カップケーキと共に明日の試合後、勝った先輩にこれを渡すシミュレーションを何度も脳内再生した。
* * *
つづく