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妄想列島

この驟雨に打たれて-6-

2020.10.01 12:00


一瞬、何が起きたのか私にはわからなかった。


先輩が打った強力なスパイクは、相手チームのブロッカーによって見事にはじかれたのだ。

ボールは自チームのコート上に強烈に突き刺さり大きくコート外へ弾け跳んでいった。


試合終了の笛が鳴り、ドッと驟雨のような歓声があがる。


あの日の


あの激しすぎて一瞬で全身がずぶ濡れになってしまうような 驟雨を私は思い出した。


両チームの激闘がより大きな歓声となってコートに降り注いでいる。


この激しい驟雨のような歓声の中コートの真ん中に立つ先輩は、今までで一番悲しげで、でも私には今までで一番輝いて見えた。


コートの真ん中で両手を腰にあて天を仰いでいる先輩の顔には悔しさと疲れの混じる表情が浮かんでいた。


その姿から私はしばらく目が離せなかった。


今しがた激闘を終えた選手たちが整列をしはじめる。


相手チームは歓喜の表情で互いを称えあっている。


ほんの1分にも満たない間、先輩の姿に見とれていた私だが、徐々に悔しさが込み上げてくる。


わかっていたつもりだった。


勝ち残るのは全国の中でたった1チームなのだ。


それ以外の全チームはこのゲームに参加すると決めた時点でいつかどこかで負けるのだ。


そして、負けた。


負けてしまった。


決勝には行けない。


もう先輩たちが部活する姿を見ることはできない。


私は中のカップケーキが潰れてしまうほど鞄を両手で抱え込んでいた。


鞄の中からちらりと、昨日の夜書いたメッセージカードが目に入る。


“目指せ優勝!”


そう書いた自分がひどく間抜けに思えた。


先輩たちはいつだって全力だってやっている。


相手チームも同じだ。


それを簡単に何を言っているのか。


簡単に何を書いているのか。


そう思った。


簡単に何を約束させてしまったのか。


間抜けだ。


決勝で、なんて。


いつだって全力でやっている人たちが、そこにたどり着くのがどれだけ大変な事なのか。

わかったつもりでいたのだろうか。


このカップケーキは渡せない。


どんな顔して渡せば良いのかわからない。


バレー部の人達は涙を流しながら、うなだれながら挨拶を済ませコートを去っていく。


先輩の表情からは今はまた感情は読み取れない。


涙も流さず、主将の山下先輩の掛け声に合わせて挨拶をしてコートをただ去っていく。


応援席にいた自チームの応援団達も、退場する選手達を拍手で見送りパラパラと席を立つ。

起きた出来事を飲み込めず、頭の中の整理もつかず、自分が家にどう帰ってきたかもあまり覚えていなかった。


       *             *             * 



帰宅後。


自分の部屋のベッドでボーッとしていると、コンコンというノックの後、


「結菜だよ。入っていい?」


という言葉が聞こえた。


私はベッドからノソノソと起き上がりながら答えた。


「うん。どうぞ。」


結菜はドアを開けて入りながら、ゴミ箱の中に視線を落とすと固まった。


「莉花、これ・・・。」


結菜はゴミ箱に入っていた潰れたカップケーキとグシャッと歪んだメッセージカードを取り出す。


「これ、どうしたの?渡さなかったの?」


「渡せるわけないじゃん。決勝、行けなかったのに。」


「・・・でも。・・・せっかく作ったのに。」


「メッセージカードに“目指せ優勝“って書いてあるんだよ?ほんと、馬鹿だった、私。簡単にあんなこと言って。先輩もみんなも死ぬほど練習してそれでも勝ち抜くなんて本当に大変なことなのに。ただ見るだけしかできないくせに、決勝で、なんて。簡単に。」


私は話を逸らそうと話題を変える。


「あ、私、お茶とかお菓子取りに下行ってくるね。結菜、結菜もお疲れ様!めちゃくちゃかっこよかった!」


私が無理やり笑顔を作って言いながらドアに近づくと、結菜はその笑顔が作ったものであるとすぐに気がついたようだ。

顔をしかめながら私の手を掴む。


「いいよ、お茶なんて。メッセージカードは渡せなくてもカップケーキは渡せるじゃん。準決勝が終わったら渡す約束したんでしょ?」


強い語調で言う結菜に私は俯きながら答える。


「・・・違うよ。決勝に進むときに渡すって言ったの。」


私は浅はかなことを言ってしまったことを後悔しながら苦々しく言った。


「そりゃ、そうかもしれないけどそのカップケーキには莉花の気持ちが詰まってるんじゃないの?先輩が負けてかっこ悪いとか思ってるの?」


「・・・!そんなこと、思ってるわけないじゃん!先輩はいつだって格好いいよ!優勝、そりゃあして欲しかったよ!でもそれはそれが先輩やみんなの目標だからだもん。優勝しなくったって、・・・先輩は、格好いいよ。・・・いくら結菜でもひどいよ。そんな風に言うなんて。」


「だったら関係ないじゃん。負けたってカッコよかったじゃん。莉花が今まで応援して来た気持ち全部込めて作ったんじゃん!だったら渡しなよ!今日が無理なら明日だっていいじゃん!・・・ゴミ箱に捨てるなんて。そうやって莉花が自分の気持ちを大切にしないことで周りのみんなも傷つけてる!」


「・・・だって!どんな顔して渡すの?簡単に“決勝であげます“とか言って、次は“それでも作ったんで“って?」


泣きたくないのに涙が溢れてくる。

こんなこと言いたいわけではないのに口から言葉が溢れてしまう。


「簡単になんて言ってないじゃん。今まで毎日のように応援してきたんじゃん!莉花がそんな子じゃないってみんなわかってる。先輩だってわかってる!」


「・・・でも、あげられない。きっと嫌がられる。嫌われる。」


「そんなのわかんないじゃん。嫌われるかもしれないからって、励ませるかもしれないのにその可能性は捨てちゃうの?それで、あげないでどうするの?この試合はなかったことにして、それでもう先輩は練習にも参加しないんだろうし会わないままで終わりにすんの?何もなかったことにすんの? 」


「・・・。」


私が黙っていると結菜は低く絞りだすような声で言った。


「何それ。何?何もなかったことにするの?もう先輩に会えなくていいんだ?何も頑張らないで終わりにするんだ? 」


「・・・ 。」


「・・・。もういい!見損なった!」


そう言うと、結菜はクルリと踵を返し部屋から出ていく。

下からお母さんと話す声が聞こえる。


「あれ?結菜ちゃん、もう帰るの?」


「・・・はい、今日はこれで。また。」


「そっか。またね。」


私はその場にへたり込んでただ泣くことしかできなかった。


自分が悔しかった。


情けなかった。


先輩に沢山勇気をもらったのに、結菜にもいつも励まされて助けてもらったのに、何も返せず逃げ出そうとしてる。わかっているけど怖くてこの場から動けない。


ここから動けない自分が、恥ずかしくて情けないのに、ここから動くことができなかった。


       *             *             * 



準決勝翌日。


結菜はいつもの学校への待ち合わせ場所には来なかった。


私は1人学校へ向かう。


その日は「ダンス部の集まりがある」とお弁当も一緒に食べなかった。


休み時間も放課後も結菜とはほとんど口を聞くこともできなかった。


放課後。


今日は部活があるのでバレー部の練習は見に行けない。



――今日は練習あるのかな? 昨日の今日だからさすがにないかな?



でも正直私は、今日料理部の活動があってよかったと思ってしまった。


情けなさがまた襲う。


行けないことに言い訳があることで安心している。


しかし料理部でもボーッとしてしまい、包丁で指をスッパリ切ってしまった。


りっちゃんとまなちゃんが駆け寄ってる。


「莉花、今日は無理しなくてもいいよ。昨日の今日なんだし。」


そう言われた私は表情が引きつってしまい、それを見たまなちゃんが少し気まずそうな顔をする。

「保健室で診てもらったら今日は早退した方がいいんじゃない?今日は全部私やっとくからさ。」

副部長のりっちゃんが言う。


「・・・うん。そうする。ごめんね。ありがとう。」


私はやっと小さな声を出す。


自己嫌悪が止まらず2人が心配そうにしてくれているのに顔を見ることもできない。


保健室に行く途中でバレー部の使う体育館の横を通る。

どうやら今日もバレー部の練習はあったようで、掛け声が聞こえてくる。



――先輩達は、もういないよね。



体育館の横を通り過ぎながら、バレー部の掛け声に耳を澄ませていた。



保健室の帰り、体育館の入り口から少しだけ練習を覗く。

やはり三年生たちはいなかった。

しかし、二年生を中心にバレー部のみんなはいつものように練習をしていた。



――すごいな。昨日は涙を見せていたし疲れてるはずなのに、今日はもういつものようにまた練習するんだ。先輩たちもいないのに、2年生が引っ張ってる。・・・相羽くん。相羽くんも昨日は泣いてた。



相羽くんはいつもクールなイメージで何があっても泣かないような人だと思っていた。でも、昨日は悔しそうに泣き、俯きながら退場していく姿を見た。



――それでも、また負けるかもしれなくてももう前を向いてる。他のみんなも・・・。



その姿はとても逞しく力強く見えた。



――・・・自分の事を情けないと自分を卑下して恥ずかしく思うことは、もう、やめなくちゃ・・・。



私は前を向くと早歩きで駅へ向かった。


家に帰るよりも先に結菜の家へ向かっていた私はいつの間にか早歩きから走りだしていた。


結菜の家の門の前でインターホンを押そうとして、私は一瞬固まった。



――結菜、今日は一言も口きいてくれなかった。もし出てきてくれなかったら・・・。



そう思い手を引っ込める。



――いや、ダメ!決意して来たんじゃん!



ギュッと目を閉じ、引っ込めかけた手を思い切って前へ出しインターホンを押す。


「はい。」


出たのは結菜だった。


「あ、あの、結菜っ。」


「・・・あ、莉花・・・。」


       *             *             * 



つづく