カンプス・マルティウス CAMPUS MARTIUS
カンプス・マルティウス(CAMPUS MARTIUS)=カンポ・マルツィオは、マールスの野という意味で、クイリナーレの丘とカンピドリオの丘とテヴェレ川の間の野原が広がっていた平地である。
石器時代には、大きな池があり湿地帯であり、度々テヴェレ川が氾濫し、水害が起こった。
エトルリアの王であり、王政ローマ第7代にして最後の王タルクィニウス・スペルブス(Tarquinio il Superbo)が支配していた地域でもあるが、ローマ人が王を追放した後、共和政に移り、市民の娯楽の地となった。
カンポ・マルツィオは、マールスの野という意味で、戦闘の神であるローマ神マールスと名付けられた。
ローマ城壁内には武器の持ち込みは、軍隊ら以外は禁止されていたため、グラディエーターらの訓練は、競技場が建てられカンポ・マルツィオで行われていた。
神聖な場所とされていたため、皇帝らの墓が建てられた。
共和制ローマ時代には、5年毎にローマ市民から選出さる選挙も行われるなど、政治的な会議や取り決めをする場にもなった。
紀元2世紀頃には、柱廊、劇場、神殿、浴場など素晴らしい建造物がつくられた。大衆の評価にもつながるため皇帝たちにより競って建設された。
★ ポンペイウス劇場 Teatro di Pompeo(via di Grottapinta)
★ フラミニウス競技場
★ アウグストゥス帝の霊廟 Mausoleo di Augusto
★ 平和の祭壇 アラ・パキス
★ ハドリアヌス神殿 Tempio di Adriano
★ アウグストゥス神殿
★ ポルティコ・オッタヴィア(ゲットー地区)
★ マルチェッロ劇場
★ アルジェンティーナの聖域(アルジェンティーナ広場)
★ マルス神殿
★ ベッローナ神殿 古い戦争の女神(マルケルス劇場の隣)
★ アポロ神殿 病の神(マルケルス劇場の隣)
★ ミネルバの神殿(サンタ・マリア・ソプラ・ミネルバ教会)
★ ネットゥーノのバジリカ(パンテオン裏)
★ ネロ帝の浴場
★ サエプタ・ユリア Saepta lulia(パンテオン)
★ パンテオン
★ マルコ・アウレリオの円柱
ローマ帝国滅亡後も、教会や邸宅が建てられ現在でも遺跡を見ることができる。