かぐや姫の罪とは何か。彼女をめぐる月の王たち。
http://aonyxnext.webcrow.jp/kobugra/taketori/shoten/shoten.html 【かぐや姫の罪とは何か。彼女をめぐる月の王たち。】 より
こんな風に考えました
二つの可能性
月の王(図)は、かぐや姫は、天上で罪をなされたので小-竹取物語-p72地上に下されたのだと、竹取の翁に告げます。かぐや姫の罪とは何でしょうか。
それについての記述は一切ありませんが、ここでは、自分なりの考えを示してみたいと思います。
(1)月の王の求婚を拒んだために、無実の罪を着せられた
(2)おおぜいの人を殺してしまった
この二つです。
(1)については、以下に述べます。(2)については、「かぐや姫の罪とは何か。その二」に記しています。
かぐや姫は重罪人
この物語はかぐや姫への求婚譚が中心になっています。求婚してきた者をかぐや姫がはねのけるという形式です。月の世界でもそれと同様のことが起こったのかもしれません。月の王の求婚を、かぐや姫が拒んだのです。
求婚してきた相手が月の王だというのは、かぐや姫に与えられた大変に重い罰でわかります。別の星に送られるほどの罰です。求婚を拒んだだけにしては、あまりにも重すぎます。そのような不当に重い罰を与えることのできる人物として考えられるのは、月の王でしょう。月の王はふられた腹いせに彼女を地上に追いやったのです。かぐや姫は無実の罪を着せられたというわけです。
最高権力者からの求愛というと、物語の中では帝の求婚譚がそれにあたります。かぐや姫に迫り、拒まれるという点では同じです。しかし、月の王と帝との間には決定的な違いがあります。月の王が彼女への愛情を無くし、二度と会えないほど遠くに追いやったのに対し、帝は、二度と会えなくなった後でも、変わらぬ愛情を持ち続けたのです。帝は、始めこそ少々強引な印象を受けるものの、最終的にはたいへんに好ましい人物として描かれています。作者は、月の王と帝とを対照的に描きたかったのかもしれません。
月の王の求婚を拒んだことを裏付けるような発言をかぐや姫はしています。帝からの使者が竹取の翁の家を訪れ、彼女に姿を見せるように命じる場面です。
私が国王のご命令にそむいたのであれば、はやく、殺してください小-竹取物語-p58と、かぐや姫は言います。使者の訪問は帝からの求愛という意味もありそうですが、それに逆らったからといって、自分を殺せというのは極端すぎる考えです。
しかし、かぐや姫が月ですでに同じような経験をしていたならどうでしょうか。月の王を拒んだ結果として地上に落とされたのであれば、地上でもそれと同程度の罰が与えられると考えても不自然ではありません。地上には他の星に罪人を送る技術はありませんから、それに匹敵するものとして死刑を考えたのは無理のないことでしょう。月での経験が彼女に「自分を殺せ」という発言をさせたのです。
かぐや姫と三人の王
迎えに来た月の王
かぐや姫は月の王に無実の罪を着せられました。しかし、彼女を迎えに来たのは、ほかならない月の王です。求婚を拒まれて、怒りのあまり他の星に送った相手を、臆面もなく迎えに来たということでしょうか。しかも百人の天人を連れてです。
「みやつこまろ」のページで考えたように、かぐや姫はその身の安全や地上での生活を、月側からかなり配慮されているようです。無実の罪を着せて追いやった人物がそのようなことをするとは思えません。
罪を着せた王と迎えにきた王とは、おそらく別人です。迎えにきたのは新たな月の王というわけです。彼の、罪の限りはてぬれば小-竹取物語-p72という言葉は、かぐや姫に無実の罪を着せた王の退位を意味しているのでしょう。
かぐや姫は、わずかな間小-竹取物語-p66のこととして地上に下ろされたのだと、翁に語っています。月の王の言葉にも同様なものがあります小-竹取物語-p72。つまり、かぐや姫と月の王との間でそれが共通の認識になっていたということです。罪を着せた王が、これから罰を与えようとするかぐや姫に、それが「わずかな間」だなどと言うでしょうか。自分を受け入れることより重罪人として地上に送られる方を選んだ姫を、「わずかな間」を経たのちに迎えに行こうなどと罰を与える前から考えるでしょうか。とてもそうは思えません。やはり、罪を着せた王と迎えにきた王とは別人とした方がいいでしょう。
帰りたくないかぐや姫、月を見て泣く
帝と文を交わすようになって三年ほどしたのち、かぐや姫は月から迎えの来ることを知ります。おそらく、月と地上との間で使者が行き来していたのでしょう。帰郷を延期してくれるよう月に願い出たという彼女の発言からもそれがうかがえます小-竹取物語-p70。
しかし、それを知った彼女は悲しみます。たいへんな悲しみようです。竹取の翁たちと別れたくないのも大きな理由のひとつでしょう。故郷へ帰るといっても、うれしい気持もいたしません。悲しい思いでいっぱいです小-竹取物語-p67と彼女は言います。愛情に満ちた楽しい生活だったはずです。あの月の国の父母のこともおぼえておりません小-竹取物語-p66と言っているのをみると、彼女の両親は月にはいるものの、一緒に暮らしてはいなかったということになりそうです。幼い頃から別々にされていたということも考えられます。そんな彼女にとって、翁たちは両親に等しい存在であったことでしょう。
しかし、かぐや姫の悲しみ方は異様です。月を見て泣いているのです小-竹取物語-p63。別れを惜しむ翁たちを見てではなく、これから帰る故郷である月を見て泣くのです。家の人々に止められても、人目を避けて月を見て泣くのです。翁たちとの別れの他に、彼女を泣かせるもっと重大な事がひそんでいるような気がしてきます。
故郷へ帰るといっても、うれしい気持もいたしませんという言葉が、重要な意味を持ってきそうです。本当は嬉しいのに、翁たちに気をつかって言った、そんな言葉ではないのかもしれません。
もし帰りたくない理由があるとすれば、自分に罪を着せた王のもとに戻ることでしょう。しかし、その王はもう退位しています。となると、新しい王も、彼女に帰る気を起こさせなかったということになります。新しい王とは、どのような人物なのでしょうか。
冷酷な王
新しい月の王は冷酷です。天の羽衣の存在がそれをよく表しています。
天の羽衣は、着た人は、心が常の人間のそれと変ってしまう小-竹取物語-p74というものです。「みやつこまろ」のページで考えたように、二千人もの兵から戦う気力を失わせるような技術が月側にはあるようです。天の羽衣もその技術を用いて作られた物なのでしょう。かぐや姫はそれを着せられて、翁たちを思う気持ちを無くしてしまうのです。
月の王は、かぐや姫から、地上での生活の思い出を全て奪ってしまったのです。翁たちにとっても、愛する者の中から自分たちが消えてしまうことに、たいへんな悲しみをおぼえたはずです。どんな思惑があったのかはわかりません。しかし、かぐや姫たちにとって、それはたいへんに残酷なことです。
他にもあります。かぐや姫は、自分が地上にやって来た理由を、翁たちには伏せています。無実とはいえ、罰を受けて来たということを知れば、翁たちが悲しむのではないかと考えたのでしょう。しかし迎えに来た月の王は、それをあっさりと翁に告げてしまいます小-竹取物語-p72。かぐや姫たちの気持ちなど、少しも考えてはいないのです。
かぐや姫は、新たに王になったこの人物の人となりを知っていたのでしょう。彼が迎えに来たのは、彼女を妻にするためだったのかもしれません。かぐや姫が嘆き悲しむのも当然です。
かぐや姫、帰郷を望む
かぐや姫は月に帰ることを望んでいました。五人の求婚者や帝と結婚しなかったのも、やがては月に帰るつもりでいたからに違いありません。
帝とのやりとりの場面に、お互いに御心を慰め小-竹取物語-p63という記述があります。かぐや姫と会えない帝が彼女と手紙を交わすことで心を慰めるのは理解できます。しかし、かぐや姫には帝と会えないことを嘆く理由がありません。「わずかな間」のはずだった地上での暮らしが予想以上に長引いてしまい、帰郷できないつらさを、帝との愛情のあるやりとりで紛らわしていた、と考えればいいかもしれません。
この時点までは、月に帰りたい気持ちがかぐや姫にあったのは確かです。つまり、地上に来てから、迎えが来るという知らせを聞くまでの間は、彼女は帰郷を望んでいたということです。
通常であれば、他の星に送られるような重罪人がわずかの期間で帰ることは無理でしょう。かぐや姫が帰郷の望みを持っていた理由は、「わずかな間」という言葉を信じていたからです。それを言ったのは、前述したように、罪を着せた王ではありません。また、新しい月の王でもありません。もし、新しい月の王がそう言ったとしても、そのもとに行くことを泣くほど嫌がっていたかぐや姫が、その言葉を心の支えにすることはないはずですから。
かぐや姫に「わずかな間」と言った人物は、彼女がそのもとに帰りたいと思っている者ということになります。その人物は、かぐや姫が地上に下ろされるのが決まった時から、彼女のために手を尽くしていたのでしょう。「みやつこまろ」のページで考えた「月側の周到な計画」は、その人物の行ったことに違いありません。かぐや姫とその人物とは互いに好意を持っていたのかもしれません。だからこそ、彼女は彼の言葉を信じて、迎えに来るのを待っていたのです。その彼とは、どのような人物なのでしょうか。
遅れた即位
その彼は、かぐや姫が地上にいる期間を、なぜ「わずかな間」と言うことができたのでしょうか。王の与えた罰を勝手に無効にすることはできないはずです。しかし、その罰を与えた王がいなくなることが分かっていたら状況は変わってきます。もちろん、王が退くだけでは十分ではありません。確実なのは、自分が新たな王となって、彼女の罰を自ら無効にすることです。つまりその彼は、罪を与えた王の後、そして、迎えに来た王の前に即位した王だと考えられます。
彼は、罪を与えた王が間もなく退くことを知っていたのでしょう。もしかしたら、何らかの方法で退位をさせるつもりだったのかもしれません。いずれにしても、自分が王になることがわかっていたはずです。だからこそ、かぐや姫に「わずかな間」、つまり「すぐに迎えに行く」と言うことができたのです。しかし、即位するのに思ったよりも時間がかかってしまった。それがかぐや姫の、多くの年を経てしまった小-竹取物語-p66という言葉になったのです。
しかし、彼は結局迎えには来ませんでした。代わりに来たのが、その彼の身近にいた人物、つまり迎えに来た王ということになります。身近にいたからこそ、迎えに来るはずだった彼がかぐや姫に「わずかな間」と言った事や、彼女を助けるために手を尽くしたことを知ることができたのです。翁との会話の中でそれらが語られているのはそのためでしょう。その人物は、かぐや姫にとてつもない悲しみを与える方法で新しい王の座についたのです。彼女が月を見て泣いていた本当の理由はそれだったのです。
ふだんでも月をしみじみとご覧になっていらっしゃいます小-竹取物語-p64と、姫のそばに使われている人々が言っているように、彼女は常に愛する人の面影を月に見ていたのです。遠く離れた地上にいる彼女にとって、彼を思い起こさせるものは月しかなかったのでしょう。信じられないような知らせが届いたあとも、月を見ずにはいられなかったのです。月を見て泣くことしかできなかったのです。
月の住人は不老不死か
王の代替わりがどのように行われていたのかはわかりません。穏やかでない方法以外で王が替わることがあるのでしょうか。なにしろ月の住人は年をとらない小-竹取物語-p70のですから。
と、ここまでだと月の住人が不老不死のような気もしてきますが、後に不死の薬小-竹取物語-p74というものが出てきます。不死の薬があるということは、月の住人がもともとは不死ではないということです。ある程度までは、薬を飲んで不老不死でいても、どこかで薬をやめて死んでいくのでしょう。かぐや姫は、老いも死も知っています。つまり、それを目にしているということです。
かぐや姫と三人の王
かぐや姫と三人の王についてまとめてみます。もちろん、これは完全な想像です。
王1は、かぐや姫を手に入れようと迫りますが、彼女はそれを拒否します。怒った彼は、彼女に無実の罪を着せて地上に送ります。
次の王となる予定の男(王2)は、自分が王になったら迎えに行くとかぐや姫に約束します。「物語前夜」のページに登場したのはこの人物です。二人は互いに好意を持っていたのでしょう、かぐや姫はその言葉を心の支えに地上で暮らし始めます。すぐに帰るつもりなのですから、誰に求婚されようとも、地上で結婚することはありません。
王の代替わりには思った以上に時間がかかりました。ようやく、月からの迎えが来るという知らせがかぐや姫のもとに届けられます。待ちに待った知らせです。しかし、迎えに来るのは王2ではありません。王1でも王2でもない人物(王3)です。何か良くないことが起きたのでしょう。なかなか迎えが来なかったのも、予想外の王3の即位が関係していたのかもしれません。かぐや姫は泣きます。彼女が望んでいたのは、王2のもとに帰ることだったのです。
悲劇的な結末
こうしてみると、この物語の結末は、かなり悲劇的です。月に戻った後のかぐや姫の暮らしも、あまり幸福なものではないように思えてきます。
物語の最後、かぐや姫の残していった不死の薬を、駿河の国にある山の上で燃やすよう帝が命じる場面があります小-竹取物語-p77。そして、その命を受けてたくさんの士(つわもの)が登ったことから、そこを「富士の山」と名付けたと語られます。
これは、かぐや姫に求婚した者たちの出来事のあとに語られる語源の説明と同じ形式です。それらはみな喜劇的な雰囲気の中で語られます。作者は、なぜこの悲劇的な結末のあとにそれを持ってきたのでしょうか。
竹取物語は、語源の説明の部分に注目すれば、七つに分けることができます。様々な人物がかぐや姫との結婚を求めるという小さな物語の集まりなのです。最後の場面に富士山の語源が語られるということは、帝の登場からそこまでが、かぐや姫の昇天という劇的な内容を含みながらも、他と同様に扱われているということです。作者は、全てを同じ形式でまとめたかったのでしょう。
それぞれの物語の最後に語源の説明を入れたのは、読者を物語の世界から現実の世界に引き戻すためかもしれません。世にも不思議なこの物語は、煙の立ちのぼる富士山の姿を描いて幕を下ろします。ふっと現実の世界に引き戻された読者は、静かな風景を前に、遠くに去っていった悲劇的な物語の余韻を味わうことになるのです。
さらに考えました おおぜいの人を殺してしまった 「かぐや姫、昇天」のページで、かぐや姫の罪について考えました。ここでは、それとは別の考えを示してみたいと思います。
結論から言えば、かぐや姫の罪とは、おおぜいの人を殺してしまった小-竹取物語-p58ということになります。
それについて、これから考えてみます。
帝は知っていた
「かぐや姫は○○という罪を犯した」というような直接的な表現は、本文中にはありません。
しかし、この物語の作者は、それをきちんと設定していたに違いありません。それが、かぐや姫が地上にやってきた最大の理由だからです。にも関わらず、作者はそれを物語中で明確にはしませんでした。作者は、読者がかぐや姫の罪について疑問を持つことは予想できたはずですし、もしかしたら、身近な人から直接たずねられることも考えたかもしれません。なにより、それがかぐや姫の存在という物語の根本に関わるものである以上、それを書かなかったということはあり得ないように思えるのです。作者は、かぐや姫の罪についてたずねられた時、「ほら、ここに書いてあるよ」と指さすことのできる表現を本文中に残しているに違いありません。
ひとつ、気になる言葉があります。それが、先に述べたおおぜいの人を殺してしまったというものです。ただ、これは帝の言った言葉です。もし、これが本当にかぐや姫の罪を表わしているのであれば、彼女が月から来たことを、帝はかなり早い時期から知っていたことになります。
この言葉は、五人の求婚者の一連の出来事の後、かぐや姫の噂を聞いた帝が、竹取の翁の家に使者を遣わした後のものです。物語中でかぐや姫と月との関わりが出てくるよりも前の事です。
帝は使者を竹取の翁の家に行かせ、かぐや姫の姿を見てくるよう命じます。しかし、かぐや姫の強い拒絶によって、それは果たせませんでした。使者は手ぶらで帰るわけにはいきません。かぐや姫の身近にいる人たちに彼女の事を尋ねたはずです。使者はそこで、かぐや姫が月で罪を犯して地上に落とされたのだということを聞いたのでしょう。
もしそうならば、次に問題となるのは、使者にその事を教えた人物が、なぜかぐや姫の素性を知っていたのか、ということです。それについては、月の人たちの「不老不死」について考えなければなりません。
不死の薬
かぐや姫の昇天の場面で、不死の薬小-竹取物語-p74というものが出てきます。不死の薬があるということは、月の人たちがもともとは不死ではないということです。月の人たちはそれを服用することによって命を保っているのです。かぐや姫も例外ではないはずです。
ただ、かぐや姫に薬を与える場面が後に出てくるところをみると、地上にいる彼女はそれを持っていないと月側では認識していた、ということになります。
おそらく、地上に落とされる人間には不死の薬が与えられないのでしょう。そしてそれは、やがて死が訪れる、ということを意味します。月側の人間にとっては、緩慢な死罪ともいえます。かぐや姫はそれほどの罪を犯したということになるのです。
しかし、本当にかぐや姫は不死の薬を飲めなかったのでしょうか。
かぐや姫は何度か「死」にかかわる言葉を口にしています。使者が来た時は私が国王のご命令にそむいたのであれば、はやく、殺してください小-竹取物語-p58と言い、竹取の翁から宮仕えを勧められた時には宮仕えをおさせになるのなら、(中略)あとはただ死ぬだけです小-竹取物語-p59と言います。さらに、私に宮仕えをさせなさって、死なないでいるかどうか、ご覧なさい小-竹取物語-p59とも言っています。
それらが発言されたのは、帝の登場によって「宮仕え」が意識されはじめた時からです。特に、「死なないでいるかどうか、ご覧なさい」という発言は、自ら死を選ぶというよりは、宮仕えをしたら死んでしまう、というように聞こえます。裏返せば、宮仕えをしなければ「死なない状態」でいられるということになります。「死なない状態」とは、つまり不死の薬を服用している状態ということになるでしょう。
宮中に入ると外部の人間との接触が難しくなるのかもしれません。不死の薬を受け取れなくなってしまうのです。では、その薬をかぐや姫に与えたのは誰か。おそらく、彼女の身近に月側の人間がいたのでしょう。
かぐや姫は、月から迎えが来ることを知り、もっと地上にいたいと月に願い出ます。しかし、それは許されませんでした。月→地上→月→地上というやりとりがなされているのです。そのためには、月側の人間が地上にいなければなりません。かぐや姫はその人物から不死の薬を密かにもらっていたのです。そして、その人物が、帝からの使者にかぐや姫の素性を教え、それが帝にまで伝わったのです。
帝はその後、狩りを装って竹取の翁の家に行きます。そして、かぐや姫を連れて行こうとした時、彼女は影になってしまいます。帝は、げにただ人にはあらざりけり小-竹取物語-p61と考えます。帝は、かぐや姫が山で見つけられたことを翁から聞いています。竹の中にいたことも聞いたかもしれません。しかし、「竹」と「影になる」ことは結びつきません。しかし、月は毎日姿を変えます。新月の時は「影になる」のです。かぐや姫が月から来たことを知っていたからこそ、帝は「げに(なるほど)」と思ったのです。
また、月から迎えが来ることを翁から聞いた帝は、すぐに二千人の兵を出します。月から人がやって来るとは信じがたい話ですが、かぐや姫の素性を知っていたからこそ、帝はそれだけの数の兵を出したのでしょう。「物語前夜」のページで考えたように、物語の舞台は天武朝と思われます。その時代は天文の異変がいくつも記されているので、そのようなことも受け入れやすかったのかもしれません。
かぐや姫は無実か
「おおぜいの人を殺してしまった」のですから、かぐや姫は大量殺人犯であるということになります。月側にとって地上は穢れた所小-竹取物語-p72なので、月の人間が来る理由は、極刑に近い罰でなければならなかった、と作者は考えたのでしょう。かぐや姫を地上に住まわせるためには、どうしても重罪人である必要があったのです。
ただ、このように楽しくて美しい物語の主人公を、そのような罪人にすることを作者は納得していたのでしょうか。「地上にいる月の人間は罪人である」という設定は、理由はわかりませんが、作者はどうしても動かせなかったようです。しかし、かぐや姫を罪人にしない工夫もしているようです。
かぐや姫の罪を知った帝は、いったん彼女を手に入れるのを諦めます。大量殺人犯を妻にすることはできなかったのでしょう。しかしその後、この女の計略に負けられようか小-竹取物語-p58と言って、再び動き始めます。つまり、「大量殺人犯」というのは、結婚を諦めさせるためのかぐや姫の計略だ、と考えたのです。帝は、五人の求婚者の事も知っていたはずですから、そう考えたのは自然なことですし、もしかしたら、かぐや姫は殺人など犯していないと自分に言い聞かせていたのかもしれません。
五人の求婚者への難題は、どれもが命に関わるものだといえます。この日本にあるものでもない小-竹取物語-p24とあるので、それらを手に入れるためには海外にまで行く必要がありそうです。おそらく、命がけの旅になるでしょう。実際に命を落としたのは石上麿足(いそのかみのまろたり)だけですが、もし本当に難題を解決しようとしたならば、誰もが命を落とす可能性があったのです。
このことは、月でのかぐや姫の「殺人」を考える手がかりとなります。もし、地上と同じようなことが月でもあったとすれば、多数の死者が出ても不思議ではありません。地上での五人の求婚者は、石上麿足以外は不誠実であったがゆえに、命が助かったともいえます。
そう考えると、かぐや姫は直接手をくだして人を殺したのではない、ということになりそうです。ただ、被害者の身内からすれば、かぐや姫に殺されたという意識は強いことでしょう。
かぐや姫の家族
かぐや姫は、無実であるにもかかわらず、被害者の身内の感情だけで極刑に等しい罰を受けた、ということになります。普通ならば、考えられないことです。ただ、かぐや姫は普通の人物ではありません。
かぐや姫を迎えに来た月の王は、かぐや姫は、天上で罪をなされたので小-竹取物語-p72と、彼女に敬語を使っています。つまり、かぐや姫は月の王よりも高い地位にあるのです。高い地位にあったからこそ、多くの人の死に関わっているということが、普通の人以上に問題にされたのでしょう。では、かぐや姫はどれほどの地位にいたのでしょうか。
わずかな間小-竹取物語-p66という言葉が手がかりになりそうです。かぐや姫は、わずかな間だと思って地上に来ました。ただ、大量殺人犯に課された罰がわずかな間で終わってしまうというのは不自然です。かぐや姫は、多くの年を経てしまった小-竹取物語-p66とも言っています。「竹取の翁の年齢は」のページで考えたように、物語の最初からかぐや姫の昇天までで最低でも約七年が経過しています。かぐや姫にとって、それはわずかな間ではなく、予想外に長い年月であったということです。
かぐや姫は、地上にいるのがわずかな間だと、なぜ思っていたのでしょうか。後に登場する月の王も、同じわずかな間小-竹取物語-p72という言葉を使っています。二人は、かぐや姫が地上にいる期間を共に「わずかな間」と認識していたのです。
地上に落とされるのは死罪にも等しい罰です。二度と月には戻れないと考えてもいいでしょう。しかし、それは覆ったのです。もし、その罰を取り消すことのできる人物がいるとしたら、その世界における最高権力者ということになります。つまり、月の王です。
かぐや姫は、月の王に極めて近い存在だったに違いありません。多くの男性から求婚される若い女性、ということから考えると、月の王の娘としてもいいかもしれません。月の王の娘であったからこそ、多くの人々の死の原因になったことが大きな問題となって罰を受け、そして「わずかな間」で許されることになったのです。被害者の感情と娘の心身とに配慮した、最適な判断だったのでしょう。それは、かぐや姫を含めた月の王家での共通の認識になっていたのです。
かぐや姫は、翁にあの月の国の父母のこともおぼえておりません小-竹取物語-p66と言います。地上にいる期間が長引いた理由はわかりませんが、なかなか迎えにこない両親に対して憤慨している、といったところでしょうか。
迎えに来た月の王は、前述のとおり、かぐや姫に敬語を使っています。ということは、彼女の父親ではありません。代替わりをした次の王ということになるでしょう。もし、王位継承において血縁が重視されるのであれば、先代の王の息子ということになります。つまり、かぐや姫は迎えに来た月の王の姉なのです。天人との会話によそよそしさを感じないのも、旧知の仲であることを思わせます。
月側は、「早くしろ」、「遅い」などと言い、すぐにでも地上を離れたがっているようです。月側から見れば、地上は「穢れた所」なのでしかたがありません。ただ、「父に命じられて、いやいや地上に降りてきた息子」の姿が描かれている、と読むこともできそうです。翁に対してぞんざいに話しかけるのも、新たな月の王の若さが感じられます。翁を「幼き人」と呼ぶのも、若い自分が見下されないようにするためでしょう。もっとも、実際に年齢は翁よりも上なのかもしれませんが。
緻密な物語
こうしてみると、今さらながら、この物語がたいへん緻密に組立てられていることがわかります。
帝が使者を遣わす場面は、もし無かったとしても物語の筋立にはまったく影響ありません。帝は使者に様子など見させずに、すぐに翁を呼び寄せてしまってもいいのです。しかしその部分は、「おおぜいの人を殺してしまった」と帝に言わせるためにどうしても必要だったのです。
読者は「おおぜいの人」という言葉に疑問を感じつつも、その直前での石上麿足の死によって、それについて深く追求することはしません。しかし、のちに発せられる月の王の言葉によって、かぐや姫の罪が大量殺人であることを知るのです。ただ、五人の求婚者が自ら破滅していく過程が描かれていることで、かぐや姫は潔白なのではないか、という確信めいた思いに達するのです。
どの場面も、どの言葉も、ひとつの無駄もないのです。