【男1:女1】春待つ彼女に幸福を
男1:女1/時間目安45分
【題名】
春待つ彼女に幸福を
【登場人物】
蒼井四葉(あおいよつば):重度の花症候群に侵された青年
三花一華(みはないちか):盲目の少女
(以下をコピーしてお使い下さい)
『春待つ彼女に幸福を』作者:なる
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蒼井四葉(男):
三花一華(女):
001 一華:お隣、失礼してもいいですか?
002 四葉:あっ、どうぞ。
003 一華:……あの、今日の天気、教えて貰ってもいいですか?
004 四葉:へ?
005 一華:あっ、意味がわからないですよね。すみません。
006 四葉:いや……お気になさらず。……今日は雲一つない青空ですよ。
007 一華:そうなんですね。……そっか。
008 四葉:どうかしましたか?
009 一華:大した事じゃないんです。……ただ、私が雲一つない青空を最後に見たのはいつだったかなって。ただそれだけです。
010 四葉:……っ……。
011 一華:あぁ、すみません!こんな湿っぽくするつもりは無かったんですが、その、ほら、ご覧の通り私目が見えないから、雲一つない青空って聞いても自分の記憶を辿るしかなくて、その……。
012 四葉:……貴女の記憶にある雲一つない青空は、どんな日だったんですか?
013 一華:え?
014 四葉:あぁ、少し気になって。嫌なら大丈夫です。すみません。
015 一華:……その日は凄くついてない日だったんです。電車は目の前で行っちゃうし、目的地に着いてから忘れ物に気づくし、出先でストッキングは切れちゃうし。
016 四葉:それはついてないですね。
017 一華:はい。でもそんなついてない日に、ふと空を見たらキレイな青空が広がっていて。……あれは綺麗だったなぁ。
018 四葉:きっとそんな綺麗な空が今日も広がっていると思いますよ。
019 一華:ふふ、そうですか。……んー!風が気持ちいい。
020 四葉:もうすぐ春ですもんね。
021 一華:あぁ……だからお花の香りがするんですね。
022 四葉:花の匂いなんてしますか?
023 一華:目が見えなくなった代わりに、鼻が良くなったみたいなんです。もしかしたら、まだ私にしか分からないのかも。
024 四葉:……。
025 一華:そう考えたら視力を失ったのも悪くないかも知れません。春の訪れを真っ先に気づける……なんかロマンチックじゃないですか?
026 四葉:そう、ですね。あはは……。
027 一華:たぶんこの匂いは……カモミール。ですかね?たぶんこの辺に咲いていると思うのですが……。
<一華が手探りで花を探す>
028 四葉:触るな!
029 一華:えっ、あっ、私ぶつかっちゃいましたか?ごめんなさい。
030 四葉:あ、いや、大丈夫です。大きな声出してすみません。
031 一華:こちらこそごめんなさい。
<沈黙(間)>
032 四葉:カモミール、こんな所には咲いていませんよ。ここは病院の屋上ですし、木の板が貼ってありますから。
033 一華:そう、ですよね。
034 四葉:知ってますか?カモミールの花言葉。
035 一華:いえ、そういうのには疎くて。
036 四葉:そうですか。面白いですよ、花言葉。花によって違うし、色によって変わったりもします。
037 一華:そうなんですね。……あの、カモミールの花言葉は?
038 四葉:カモミールの花言葉は『逆境に耐える』。
039 一華:ふふ、なんだか私達みたいな花言葉ですね。
040 四葉:と、言いますと?
041 一華:お兄さんがここの患者さんだったら、の話ですが、私と同じように色々あってここにいるのかな、と。入院してるくらいですから。
042 四葉:あぁ、なるほど。
043 一華:あっ、色々と違ったらごめんなさい。
044 四葉:いや、あってますよ。服装的にお姉さんも……ですよね?
045 一華:はい。
046 四葉:じゃあ同じですね。
047 一華:早く退院出来るといいですね、お互い。
048 四葉:そうですね。……じゃあ俺はそろそろ。
049 一華:もう行っちゃうんですか?
050 四葉:この後検査が入っている事を忘れていて。
051 一華:それは戻らないと看護師さんが探しに来ちゃいますね。
052 四葉:はい、俺はこれで。
053 一華:あの!最後にひとつだけ……お名前、聞いてもいいですか?
054 四葉:名前ですか?いいですけどなんで……?
055 一華:何となく……お兄さんにはまた会える気がして。
056 四葉:なるほど。……アオイと言います。お姉さんは?
057 一華:イチカです。……またお会いしましょうね。
058 四葉:はい。それじゃ。
<四葉が去る>
059 一華:アオイさん、か……ふふ、面白い人。カモミールの香りがするお兄さん。どんな顔なのかな……(空に向かって言う)あーあ、目が見えたらいいのになー!……なんて、もう遅いか。さてと、戻るか。
060 四葉:おはようございます。……はい、体調も特に変わりないです。はい、体温の記入も終わっています。……いや、特には。……大丈夫です。ありがとうございました。……はぁ……。
061 一華:あ!マキさん!おはようございます。……はい、問題ナシです。……今日の体温は、あれさっきのメモどこだっけ……(少し咳込む)……え?あー、大丈夫!最近風強いからかな!……本当に大丈夫です。あと、これたぶん体温のメモです。
062 四葉:もしもし?母さんどうしたの急に。……うん、大丈夫。……ホントだって、大丈夫だよ。先生も看護師さんもよくしてくれてる。……うん。だから大丈夫だって。も〜泣くなよ。俺は大丈夫だから。うん。……心配しなくてもちゃんと治して帰るから。うん。……え、最近?最近はなんだっけ、イベリス?って先生が言ってた気がする。……へー、母さん知ってんの?……ふーん。綺麗な花ならいいや。……見たかったって言っても、全部研究って言って持っていかれちゃうんだから仕方ないだろ?……わかったわかった。今度写真撮らせてもらえるか聞いてみるよ。……あー、面会か……それも先生に確認してみる。うん。また連絡するよ。……うん、じゃあまた。
063 一華:ねぇー、マキさーん。……ほんとに辞めちゃうの?来年のお花見一緒にしようねって言ったじゃん。……ほんと?!一緒に行ってくれるの?!……あっ、退院してから……そっかぁ、そりゃあそうだよね。……ううん、何でもない。……うん、たぶん、もうすぐかな?退院の話は私よりマキさんの方が知ってるでしょ?……うん、リハビリの進捗が良くないのと、もう1つ気になる事があるって先生が。……へへ、でも私は大丈夫!治療頑張るぞー!ちゃんと治して、マキさんと一緒にお花見行くんだから!……約束だからね?
064 四葉:あ、すいません。気づかなくて……はい、大丈夫です。……体調も特には。体温の記入も終わっています。……あの、最近これが気になってて。髪とか洗ってる時に引っかかって痛くて……最近、ですかね。薬を変えてから増えてきたような気がします。……他は大丈夫です。はい、分かりました。ありがとうございます。
065 一華:(咳込む)……あ、先生。はい、大丈夫です。最近咳が止まらなくて。咳した後、少し喉がザラつくというか違和感が残って気持ち悪いんですよね。……分かりました。何かあればちゃんと言います。……大丈夫ですよ、病院にいながら我慢するようなお子ちゃまじゃありませんから。……はい。……あれ、何かついてます?……ありがとうございます。何でした?……花びらですか?どこから来たんでしょう?
066 四葉:うわ、外暑っ……あっ。
<四葉が一華の元に近寄る>
067 四葉:こんにちは。また会いましたね。
068 一華:この声は……アオイさんですか?
069 四葉:正解。なんで分かったんですか?
070 一華:声を聞けば分かりますよ。あと匂いで。
071 四葉:匂い?俺そんなに特殊な匂いしてます?
072 一華:お花の匂いが。アオイさんが近くにいると色んなお花の匂いがしてくるからすぐ分かりますよ。
073 四葉:それはそれでなんか恥ずかしいな。
074 一華:そうですか?私としては、そのくらい分かりやすい方が有難いです。
075 四葉:イチカさんに分かって貰えるならいいか。匂いってみんな違うものなんですか?
076 一華:私は匂いや音でしか人を判別できないから。なんとなく自分の中で区別は付けてますよ。説明は難しいけど。
077 四葉:それもそうですよね。なんかすいません。
078 一華:謝らないでください。こういうものは、当事者しか分からないでしょうから。
079 四葉:はい。
080 一華:そういえば、アオイさん、歳が近いと聞いたのですが……。
081 四葉:誰から?
082 一華:看護師さんが、歳近い人って言うとアオイくんかなーって。
083 四葉:どっちが上?
084 一華:どっちだと思う?
085 四葉:雰囲気ならイチカさんが上な感じがするけど……意外と下とか?
086 一華:ぶっぶー!私がすこーし上。
087 四葉:じゃあイチカ先輩って呼ばなきゃ。
088 一華:えぇ〜やだ!イチカって呼び捨てにしてよ。
089 四葉:じゃあ俺のことも呼び捨てで。これでお互い様。
090 一華:……アオイ。
091 四葉:なに?イチカ。
092 一華:な、なんか照れるね?!
093 四葉:名前呼んだだけなのに、可愛い。
094 一華:う、うるさい!仕方ないでしょ?名前呼びとか……あまり慣れてないんだから。
095 四葉:じゃあ俺で慣れていこうね、イチカ。
096 一華:何よ、急に強気になって。
097 四葉:ごめんごめん。
098 一華:(軽く咳き込む)
099 四葉:大丈夫?
100 一華:うん、大丈夫。最近少し咳が出るの。……そんなに心配しなくて大丈夫よ?
101 四葉:大丈夫、ならいいんだ。
102 一華:そういえばさ、私達話してなかったよね。何でここに入院してるのか。
103 四葉:そ、の話は……その……。
104 一華:重度のフラワーシンドローム。
105 四葉:え……俺のこと誰かから聞いたの……?
106 一華:それも看護師さんから。でも、アオイの口からちゃんと教えて?
107 四葉:……うん。俺、は、その……重度のフラワーシンドロームで入院してるんだ。
108 一華:うん。それで?
109 四葉:高校の時、高熱が出た事があって。医者に行っても原因が分からなくて、1週間寝込んで、やっと学校に行ったんだ。そうしたら足元に草が生えるようになって。怖くなって再度病院に行ったら『フラワーシンドロームです』って。……でもこんな症状聞いた事無かったから俺怖くて……。
110 一華:ちょっと落ち着いて?
111 四葉:薬を飲んでたら治ったから、普通に生活してたんだ。そうしたらまた……また草が……。
<四葉の腕を一華が触る>
112 四葉:……イ、チカ?
113 一華:やっと捕まえた。
114 四葉:えっ、と。
115 一華:こんな近くに座ってたのね。何処にいるのか探しちゃったわ。……とりあえず深呼吸して。
116 四葉:(深呼吸)……ありがとう。その、ごめん。
117 一華:ありがとうだけ受け取っておくわね。……ねぇ、変なお願いをしてもいい?
118 四葉:う、うん?
119 一華:手、繋いでくれない?
120 四葉:へ?
121 一華:何そのマヌケな反応!
122 四葉:い、いや、そんなこと急に言われたら……。
123 一華:ふふ。……目が見えないとね、手を繋いだ時の温もりすら美しく感じるの。……目からの情報の大きさをとても感じるわ。
<一華の手がツルに引っ掛かる>
124 四葉:……痛っ。
125 一華:あ、ごめんなさい。……これは……?
126 四葉:植物の……ツル。身体の至る所に出てきたし、最近は顔の方にも広がってて。少しでも引っ張られると痛いんだ、これ。
127 一華:(呟く)目が見えたら良かったのに。……そういえば、ヨーロッパではフラワーシンドロームの患者さんの事を『花の妖精に愛された人』と呼ぶんだって。何だかロマンチックじゃない?
128 四葉:そうかな?
129 一華:うん。何でも考え方次第ってことね。
130 四葉:……ありがとう、なんか……少し楽になった気がする。
131 一華:どういたしまして。
132 四葉:……それでイチカはどうしてここに?
133 一華:事故にあったの。どんな事故かは覚えてないんだけど、起きたら何も見えなかった。
134 四葉:……。
135 一華:目を開けてるはずなのに視界は真っ暗で。お医者さんから「貴女の目はもう見えません」って言われた時は絶望したわ。
136 四葉:そりゃあ、そう、だよ。
137 一華:見たいものは沢山あっても、それをどう頑張っても見ることが出来ないっていうのはなかなかね。
138 四葉:他に怪我とかは?
139 一華:頭に少し。それ以外は打撲程度で済んだみたい。不幸中の幸い、ってやつ。
140 四葉:そうだね。もう痛みとかはない?
141 一華:うん。大丈夫。
142 四葉:そっか……よかった。
143 一華:まさか目が見えなくなるとはね……骨折とかの方がよっぽど良かったのに。
144 四葉:……そんな事言うなよ。
145 一華:一生目が見えないよりマシよ。
146 四葉:あっ……ごめん、言葉を間違えた。
147 一華:こちらこそごめんね、暗い気持ちにさせて。……と、まぁそういう事で私は病院にいるの!早く退院したいなぁ。
148 四葉:俺も。……イチカ、あのさ。
149 一華:ん?何?
150 四葉:今度夏祭りあるじゃん。
151 一華:病院の中でやるやつだっけ?
152 四葉:そう。看護師さんから言われなかった?
153 一華:言われた気がするような、しないような。行くつもり無いから忘れてたけど。……それで夏祭りがどうかしたの?
154 四葉:その、一緒に行かない?
155 一華:夏祭りかぁ……アオイくんは行くの?
156 四葉:イチカが行くなら。あと呼び捨てね。
157 一華:あ、ごめん。……うーん、私は……。
158 四葉:イチカが決めて。行くか、行かないか。
159 一華:……行けない、かな。迷惑掛けちゃうから。
160 四葉:そういう理由なら却下。
161 一華:え?
162 四葉:イチカの目が見えない事、俺は分かってて誘ってる。ちゃんとエスコートするよ。たぶん車椅子使うことになるとは思うけど。……イチカは、夏祭り行きたい?行きたくない?
163 一華:……行きたい。
164 四葉:よし、じゃあ決まり。看護師さんには当日手伝って貰えるように伝えておくから。それでいい?
165 一華:うん。ありがとう。(咳き込む)
166 四葉:大丈夫?
167 一華:大丈夫。
168 四葉:そろそろ戻ろうか。
169 一華:うん。
170 四葉:手貸そうか?
171 一華:お願い。
<四葉がエスコートしながら院内へ>
172 四葉:はい、手はここね。……足元段差あるから気をつけてね。イチカ、病室は何階?
173 一華:この階よ。ナースステーションを右に曲がって真っ直ぐ行ったところの一番奥の部屋。
174 四葉:そっか。俺がそこまで行くのもな……。
175 一華:アオイ?
176 四葉:なんでもないよ。……あ、看護師さん。すいません、彼女を病室まで連れて行ってもらってもいいですか?今部屋に戻るところなので。
<四葉が一華から手を離す>
177 一華:アオイ……?アオイどこ?
178 四葉:じゃあねイチカ。また夏祭りで。
179 一華:ちょっと……アオイ!……あっ、ごめんなさい、ぶつかりましたよね?……はい。502号室です。……お願いします。すいません、お手数をお掛けして。
180 四葉M:夏祭り当日。院内は祭りの準備でどこかソワソワした雰囲気が漂っていた。看護師達も行ったり来たりと普段とは比べ物にならないくらい忙しそうだった。……夏祭りのスタートは15時。それに合わせて俺はイチカの病室を訪ねた。彼女の病室に来るのは初めてだったから、何故かノックをするのに少し緊張した。数分考えてようやく、コンコンとノックをした。……でも。いつまで経っても返事はなかった。心配になって戸を開けると……ベッドは無く、そこには無数のピンク色の花びらが散らばっていた。
181 一華M:目が覚めると夜だった。深い眠りについていた様な気だるさが残ったまま、医者の話を聞いた。……何を言っているのかあまり理解できないまま時間が過ぎる。少し咳込むと自分の口から何かが出てくるのが分かった。それが何かを確認できない事に恐怖を覚えた。自分の体に何が起きているのかも分からない。こんな時目が見えていれば、何か変わったのかもしれないと、失明してから初めて自分の運命を恨んだ。
182 四葉M:あれから2週間が経った。結局イチカがどうなったのかは未だに分からない。看護師に聞いても『病室が移動になった』という事しか教えてもらえなかった。……ある日、なんの偶然か看護師達の会話から気になる言葉が聞こえた。……また新たにフラワーシンドロームの患者が現れたこと。その患者は女性。そして……すでにステージ3まで進行していること。……イチカではない事を祈って、俺はその患者の元へ向かった。
183 一華M:なんの嫌がらせか、日に日に花が増えていく。医者の話によると、この病気はステージ3……花が黒いうちに治らなければ助かる見込みはないそうだ。私は毎日看護師に聞いた。『今日の花は何色?』と。人よりも耳がいい事を悔やんだ。どう答えたらいいか分からず言い淀んだ事が全部伝わってくる。それを聞く度に、自分が長くない事を思い知らされる。
<四葉が一華の病室の扉をノックする>
184 四葉:あの……。
185 一華:どうぞ。
186 四葉:お邪魔します。
<四葉が病室の中へ(中には看護師さんと一華が)>
187 一華:マキさんありがとうございました。……あ、そこのカーディガン取ってもらってもいいですか?少し肌寒くて。……ありがとうございます。はい、大丈夫です。……え?
188 四葉:はい、何かあったらすぐ呼びます。ありがとうございます。
189 一華:えっと……。
190 四葉:久しぶり、だね。
191 一華:どういうことか説明して。
192 四葉:えっと、何が?
193 一華:名前、アオイじゃないのね。
194 四葉:いや、アオイだけど……。
195 一華:今、マキさん『ヨツバくん』って呼んでたよね。
196 四葉:あぁ、俺の名前、アオイ ヨツバだから。
197 一華:そう、アオイじゃなくてヨツバだったのね。……てっきりアオイが名前なんだと思ってた。
198 四葉:そんな怒らないでよ……イチカの名字はなんて言うの?
199 一華:ミハナ。
200 四葉:へぇ、可愛い。ミハナ イチカ……可愛いね。
201 一華:あ、りがと。……はぁ、全くもう!怒ってるのバカバカしくなっちゃった。
202 四葉:なんかごめん……。
203 一華:もういいから。……あのさ。
204 四葉:う、うん?
205 一華:夏祭り、ごめんね。約束守れなくて。
206 四葉:ううん。いいんだ、仕方ないよ。……あの!こっちこそ(※被せ)
207 一華:(※被せ)ヨツバのせいじゃない。
208 四葉:え?
209 一華:私がこうなったのはヨツバのせいじゃない。だから謝らないで。
210 四葉:でも。
211 一華:でもじゃない。……ヨツバが夜病室から出ないのは薬の効果が切れる時間だから、でしょ?マキさんが教えてくれたし、私もできる範囲で調べたの。
212 四葉:……うん。イチカの言う通りだよ。前に、俺の足元に花が咲くって話したよね。……その花に触れた人はみんな花を吐くようになるんだ。クラスメイトを病院送りにしたこともある。だから人目に触れずに生きていこうと思ってたんだ。
213 一華:うん。
214 四葉:病気が再発して、またここに来た時は死のうとも思った。それで……。
215 一華:それであのバルコニーにいた。それが私と出会った日。違う?
216 四葉:正解。凄いな、イチカは。
217 一華:こういう推理には慣れてるのよ?ふふ。
218 四葉:……あの時の君にすごく救われたんだ、俺。なのに……。
219 一華:ねぇヨツバ、また手を繋いでくれない?
220 四葉:はい。
221 一華:こうやってヨツバから伝わってくる温度が凄く心地いいの。
222 四葉:そうなの?
223 一華:そう。この心地良さだったり、ヨツバの優しさが、私にとっては容姿と同じ意味なの。ヨツバは凄くかっこいい。
224 四葉:照れるな……そうだな。イチカはすごく綺麗だ。見た目も、中身も。
225 一華:見えるのが羨ましいわ。
226 四葉:イチカが想像する俺と何ら変わりないと思うよ。
227 一華:前にも同じようなセリフ聞いた気がする。
228 四葉:俺も言った気がする。
229 一華:そういえば、あの時ヨツバに教えてもらってから花言葉にハマってね。色々調べたの。
230 四葉:へぇ、例えば?
231 一華:私の名前、漢字に直すと、花一華(はないちげ)ってあるでしょ?
232 四葉:うん、たしかに。
233 一華:これ、アネモネの事を指すの。アネモネは春を待って咲きはじめる花。
234 四葉:そして復活を意味する花でもある。……アネモネは春を代表する花だね。
235 一華:ヨツバって、あのクローバーの四葉と同じ?
236 四葉:そうだよ。……幸福と真逆のものをもたらすけど。
237 一華:そう?私はヨツバと話すのすごく楽しいし、幸福貰ってるよ。……だから、ヨツバは名前の通り、幸福のシンボル。
238 四葉:そう言ってくれるのはイチカだけだな。
239 一華:そんなことないでしょう。……それにしても、本当に花が好きなのね。
240 四葉:嫌い……だけど好きだよ。
241 一華:ねぇヨツバ。変なお願いをしてもいい?
242 四葉:そのセリフも前に聞いたことあるぞ?
243 一華:ふふ……退院したら、私と花畑に行かない?
244 四葉:何でまたそんなところに?
245 一華:ヨツバに案内して欲しいの。
246 四葉:ちゃんと楽しめるの?
247 一華:花の香りの違いは分かるから!それに、分からないところはヨツバが説明して。
248 四葉:善処する、よ。
249 一華:さーて、治療頑張らなきゃなー!
250 四葉:実は俺もさ、一つ伝えたい事があったんだ。
251 一華:ん?なに?
252 四葉:海外で重度の患者用の薬が開発されたらしくて、その薬を使ってみないかって話が来てるんだ。
253 一華:治るかもしれないって事?
254 四葉:もちろんリスクはあるけど、可能性はゼロじゃないって。
255 一華:え、凄いじゃん!良かったね。
256 四葉:リスクの事もあってまだ迷ってるけど、とりあえずイチカには伝えておきたくて。
257 一華:うん、ちゃんと考えてから結論出してね。どっちだったとしても、応援してる。
258 四葉:ありがとう。
259 一華:あ、そうだ。連絡先、交換しない?お互いの状況報告とかもできるじゃん。
260 四葉:そういえばしてなかったね。いいよ。
261 一華:これでいつでも連絡できるね。
262 四葉:そうだね。なるべくボイスメッセージで返すようにするよ。
263 一華:わー助かる!本当にいい人ね、ヨツバ。
264 四葉:そんな事ないよ、人は選ぶ。
265 一華:あはは、何それ。……私との約束、忘れないでね。
266 四葉M:こういう約束は大抵叶わない。もしかしたら、俺もイチカも、約束が果たされないことを分かっていたのかもしれない。……花畑に行く約束をした3ヶ月後、イチカはこの世を去った。彼女の担当の看護師から伝えられた時は目の前が真っ暗になった。3ヶ月の間、ほとんど毎日送り合ったボイスメッセージを聴きながら泣いた。彼女の声も温もりも笑顔も、もう帰っては来ないのだと実感する。
267 四葉M:あっという間に1ヶ月が経った。変わらない毎日を過ごしていると、一通のメッセージが届いた。届くはずのない彼女からのメッセージだった。
268 一華:『これを読んでいるということは、私はもうこの世にいないんでしょうね。……ってベタ過ぎかな?このメッセージは母に送るようにお願いしました。ビックリさせてごめんね。……いやぁ、ちゃんとお別れできるか分からなかったからこの文を書いたんだけど、何書いたらいいか分かんないや……まだ話したい事沢山あったはずなんだけどなぁ。……じゃあここでひとつ、私の愚痴を聞いてください!花を吐くとね、口がすごくフローラルになるの。柔軟剤食べたみたいな後味なの。柔軟剤は食べた事ないけどね、流石に。でも本当に口がお花の香りになってイヤなの、という愚痴でした!』
269 四葉:……なんだよ、それ。
270 一華:『ねぇヨツバ、私と、またひとつ約束をしませんか?私のお墓まで花を持ってきて欲しいの。本当は私からお願いするのは可笑しいんだけど、こうでもしないとヨツバ来てくれなそうだから。』
271 四葉:墓参りくらいするよ、バカ。
272 一華:『実はね、あの日、私も死ぬつもりであのバルコニーにいたの。事故にあって、心荒んでたんだ、本当は。でもヨツバと過ごした時間がとても楽しくて、まだ生きよう、もう少し生きよう、って死ぬのを延期してた。だからヨツバには本当に感謝してるの。光の差さない私にとって、ヨツバは唯一の光だった。夏祭り、誘ってくれたのもとても嬉しかった。……沢山、たくさん、守れない約束してごめんね。沢山光をくれてありがとう。またね、ヨツバ。』
273 四葉:……またね、イチカ。
274 四葉M:イチカからのメッセージの後、彼女のお母さんから感謝を伝えるメッセージが届いた。なんて返事をするか困って、彼女のように一つ変な質問をした。……イチカはサザンカの花を吐こうとして喉に詰まらせたらしい。彼女からのメッセージとも思える大きなサザンカの花は、とても美しかったそうだ。
275 四葉:君の花を持ってまた会いに行くよ、イチカ。
(終)