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ステージが変わる流れの中の「ズレ期」

2016.07.28 02:01

今日はパラレルワールドを体験したはなし。 


といっても日常がそっくりそのまま中身だけ入れ替わった世界だから…


傍目には何が変わったの?なんだけど。 まさにこれがパラレルワールドだと実感した、という内容。


このブログを開設してから今日まで、どんなときも自分にフォーカスを合わせ続けるということを「記録して公開する」という流れをプラスしてきた。


これ、とにかく自分の日常なんてさらけ出すのめっちゃ怖かったし(体裁すごい気にするタイプだったしw)、「他人軸ないい人仮面」歴長いからきっと人一倍「正しい!」の砦が厚かったからすごく勇気のいることでした。


でも開設してすぐなんて誰も読んでないってのが日々のアクセス解析で数字ではっきり出てて(笑) そんな恐怖すぐに笑いに変わりましたけどね w


多分、いままで躊躇してやらなかったこの


記録して公開する


というプロセスがあったからこそなのかな。


多分自分の中身がリニューアルしてるんだと思う。最近とみにパラレルワールドを体感することが起こるんです。


つい最近感じたのは自分の中で「すごい人」だった人が霞みが取れて実寸大に見えてきたということ。


それまで


人の話や過去の話を介して「すごい」の証拠をキャッチしていたことで、もちろんそれは本当に本当に尊敬の対象だったし、それに対しては何の変化はないのだけど…


会っている「今このとき」にその輝きがそこにあるかどうかは感じられないという感覚が会っている間中ずっとあって。


そしてその人たちの一挙手一投足の「他人軸」の部分が浮かび上がるように映るようになって。


なんか自分も見た目の現実も変化した!って目に見えるものはこれといってないのだけど(正確に言うとあるかどまた別で。)、なんか変なかんじがしたんです。


実はその方がたとはお近づきなったときものすごく近くなったしとても大切に扱ってくださっていたけれど、その頃の言葉とは裏腹に子育てでいっぱいいっぱいになっている間に突然縁遠くなって(物理的な距離とは反比例して)扱いは蚊帳の外だとやんわり伝わるようなかんじになっていたんです。


坊やとの日々はイライラだってあるし、1人の自由ではないことでただでさえ孤独を感じる新米母業。


そしてその変化。


渦中(今もなんでしょうけど)はいたたまれなかった。存在を消されたようで、否定さたようで。


しばらくそのどす黒い渦巻きの中にいました。


でもね。

あるときふっと突然。

なんかいいや、って。


今のまんまなーんにも変わらなくてもいいや、と。

否定され、さりげなくハバにされ、子育てでイライラして自由の効かない孤独なわたしでいいや、と。


反対に何かしら妬まれることがあって、それが原因でも(これまでのことで旦那さんが意志は強いけどどこか頼りなかった存在からどっしり主、パパ、いい夫への変化を間近で垣間見てる)もっと妬まれても自分の心の叫びを最優先しよう、と。


男を立てない、いいママでもない、フザケンナ!と知らないところで制裁を加える談義をされていたとしてもいい、と。


なんかもっといろいろサイアクなことも恐れの中にあったけど全部そうなってもいいや、と。


なんか覚悟が決まったんです。


そしたらその瞬間にそれが自分の中ですごく大きな「問題」だったのに、「普通の日常で通り過ぎていくこと」レベルの感覚になりました。


雑音がまたひとつ消えたかんじで心地よかったな。軽くなったかんじ。


しかも。

そう思ったとたんに一番近かったのにドンっと突き放すように態度を急変させていた人は、また気を遣うような近しいような態度に変わってた。


だけどそれがうれしいわけでもなく。

なんかただただ流れていく風景のひとつ、という感覚でその変化を当事者ながら眺めてた。


そこには自分にも周りなも否定も肯定もなくて。

ただただ「背景」なんだな、と。


そんな風に眺めてたら「あ!背景!変わってる」って急に気がついたんです。


自分にとっては結果的に物凄く良い結果だし、これから未来にとっても良い変化。


ただし、今までの自分との変化の経過には痛みが伴った。


しかもしばらく痛みは続いたし、程度もそんな優しくはない感覚。


自分の内面が変化していくときは何かしら価値観を壊すときだろうから、外側の何かも壊れるんだろうな。


自分に向かい続ける中で起こる痛みは成長痛に似てる。


これからもたびたびあるだろうから記録。