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長く続けることの功罪

2020.10.08 23:47

何にでも良い所と悪い所はあるもので、30年ほど続けてきた講座も、そうです。私の責任に負うところが大きいのは当然ですが、新しい事を次々と話せるような講座ではなくなってきています。もともと新しいとは何かという問題もあって、物を書く事に、古いも新しいも無いという根本的な想いが私にあるのは事実です。でも、飽きずに楽しんでもらうには、同じことを毎回やっていてはダメとは思います。工夫して新しいように見える事、新しい切り方でお見せできれば同じかぼちゃでもまた食べようと思って貰えるかなと考えています。講座でも講演でもそうですが、話し手だけにおんぶして良いものが生まれることはまずありません。聞き手の程度も問題にはなるのです。なるのですが、こればかりは語り手が指摘する事は出来ません。あー、この程度かと思っても最後まで続けなければなりません。それが仕事ですから。

童話講座で次々と新しい事を語るのは無理です。ただ、物語を書くのは自分の内側を覗いてばかりいてはダメ。若い子に小説など書かせれば、主観的なことばかり、どこにでもある感慨なのにまるで自分一人の身に起きたことのように書いて、読者は欠伸が出てしまうというのが多いです。

己れの外側の世界にもっと興味を持たなくては。社会的な問題、時事的な事を書けというのではありません。

面白い「自分以外の誰か」を探してみて下さい。その人のことを書くことで炙り出されてくる「私」が必ずあります。それに出会うことが、童話であれ、小説であれ、物を書くということなのです。


継続的に指導を受けられるということは恵まれた事でもあり、困った事でもあります。


でも、やはり、教室に来るという選択をしていただける事は嬉しい。

のみならず、そこには必ず貴い物が存在すると信じています。