人が成長するとき 2020.10.09 18:07 怒られたり叱られたり、嫌なことを言われたりされたりすることは、生きているうちは何度でも起こります。全くなく生きてきた人はいないでしょう。そんなとき、あなたはどう考えますか?私は「自分が成長するとき」だと考えます。そういうことをわざわざ言ってくれるということは、私を気にかけてくれているのです。私がよく「嫌いだけど感謝している」という言葉を使うのは、そのせいです。思い出してみてください。好きだった先生と嫌いだった先生なら、嫌いだった先生を覚えていませんか?私は好きだった先生はほとんどいません。印象に残っていないんです。しかし、嫌いだった先生は鮮明に覚えています。なぜでしょう。それは、その先生によって私が成長したから。嫌いな先生に出会う度、「こんな人間になるまい」と思っていました。そのおかげで勉強や運動を頑張ったり、自分の意思や信念を持って行動できるようになりました。あなたもそうではありませんか?いじめや虐待、DVなど、嫌なことをたくさん受けてきた私ですが、その度に成長させてもらって「ありがとう」と思います。嫌なことがある度、自分自身で考えて行動しますよね。どうしたら2度と同じことにならないか。分からない方はいないでしょう。「自分に自信を持つ」「自分の行動に責任を持つ」「レベルの低い人は相手にしない」今はいい言葉がありますね。パワハラだとかモラハラだとか。体罰はいけないとか。私もその言葉に逃げたことがあります。しかし、言われたりされたりしたことが、本当にパワハラやモラハラや体罰なのかという点です。叱咤激励を全てパワハラやモラハラに属するのかと言ったら、そうではありません。頬を叩いたり、ゲンコツをされたりすることが、全て体罰ではありません。怒られたり叱られたりして感謝するのは、おかしなことでしょうか?嫌なことを言われたりされたりすることは、試練だと思いませんか?逃げ出しても構いません。逃げ出した先、あなたがどう成長し乗り越えるかが今後の人生を左右するのです。逃げ出したままなら、また同じことを繰り返します。人が成長をやめてしまったら、人生はそこで終わりなのです。あなたの人生だから、それでもいいでしょう。しかしそれはあなた自身、「人生を諦めた」ということです。弱者、弱い立場、弱い存在。そんなものは存在しません。子供は親のせいにし、親は学校や会社のせいにし、はたまた国のせいにする。ずっと誰かのせいにして生きていくの?そんなことをしても、誰も助けてはくれません。痛みや苦悩を乗り越え、成長した先に成果が生まれる。人は成長するから生きていけるのです。たくさん怒られ、叱られ、嫌なことをいっぱい経験してください。あなたには、それを乗り越える力があるから。だからこそ「人間」なのだから。