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Adolescence

三星 遥 (2話)

2020.10.10 13:00

「ありがとうございます、絆創膏もらっちゃって…」

ベンチに座りながら、遥は貰った絆創膏を綺麗に貼った。

「別にへーき。」

女の子はかわいいピンク色のポーチに絆創膏の箱をしまった。チラッと見たところ、メイク道具やティッシュ、くしに目薬までなんでも入っているようだ。


キュー、とポーチのチャックを閉めるのと同時に女の子が口を開いた。


「私は相澤胡桃。あなたは?」

「あ、私は三星遥っていいます。1年C組です!」

遥は勢いよく答える。

「ふーん、じゃあタメか。私A組だよ」

「あ、そうなんだね!よろしくね!えっと…」

なんだか重たい空気に耐えられず、遥は必死に話題を探した。

そして、ふと北校舎のことを思い出した。


「あ、あの、りんごジュースとか…いる?昇降口横の自販機に売ってるよね、絆創膏のお礼にど、どうかな…?」と、か細い声で言った直後に遥は後悔した。変な事を言ってしまった、絶対に断られる…と。


「りんご…」


想定外の言葉に、胡桃は思わず呆気に取られた。まさかりんごジュースの言葉が出てくるとは。そしてすぐに、ふふっと小さく笑みをこぼした。きつい印象の彼女だったが、笑顔はとても優しそうに見えた。

「ありがと。1つもらおうかな」

やっと見れた笑顔に、遥もぱぁっと表情を明るくする。

「うん!じゃあ買ってくるね!」

遥は軽やかな足取りで昇降口へと向かって行った。

「変な子」胡桃はまた、ぷっと吹き出した。


「ありがとね。いただきまーす」

胡桃は付属の小さなストローを紙パックに差し込み、りんごジュースを勢いよく飲んだ。歌って踊って喉が渇いていたのだろう、口からストローが離れない。

「初めて飲んだけどおいしいね、これ」胡桃がストローを口にくわえながら話しかける。

「うん!私ずっと飲みたいなって思ってたんだ〜」遥もにこりと微笑み返す。

そして、続けてこう言った。

「それで、あの…胡桃ちゃんはどうしてアイドルになりたいの?」

そんな大きな夢を持つ人は今まで周りにいなかった。遥は興味津々だった。


「あー…」胡桃はようやく口からストローを離した。そして苦笑いする。

「私、ちっちゃい頃からずっとアイドルになりたくて。小学校からずっとオーディション受け続けてるんだけど落選しまくりなんだよねぇ」

そう言いながら胡桃はぷらぷらと足を交互に揺らした。


「小学校から!?すごいね…!」

遥は目を丸くした。


「そんな。全然すごくなんかないよ。まあ、二次審査とか最終審査まで行くこともあったけど…どこも結局そこで落ちちゃって…」

胡桃は慌てて手を横に振った。笑顔で話しているが、声のトーンが段々と下がっていく。


「中学3年になった頃、受験だからいい加減現実を見ろって親に言われちゃって…その1年間は大人しく受験勉強に専念して、第一志望に合格したけどさ。

やっぱり、アイドルを諦めきれないんだよね…」


はは、と笑いながら目線を下げる。手に持ったりんごジュースをぎゅっと強く握った。その力で、紙パックは少し潰れた。


「小学校からずっとオーディション受けてるのに落ちまくるって、それってもうアイドルの才能ないってことだもん。それなのに…往生際悪すぎるよね…」

そんなこと…と遥が言おうとした時、それを遮るかのように胡桃が続けた。


「だから……次に受けるオーディションで、最後にしようと思うんだ」


「えっ…」

遥は小さく声をあげた。


「どんな結果だろうと、これで最後。だから、学校にいる間も少しでも多く練習しようと思ったんだ。」

もう吹っ切れているのだろうか、胡桃は清々しくそう宣言したと同時に、左隣に座る遥をきっと睨んだ。

「でも恥ずかしいから、人がいない場所探して…やっと誰もいない場所見つけたと思ったのにー!」

「うわあ〜!!ごめん、ごめんってば〜!」

それを言われると本当に何も言えない。じりじりと近寄ってくる胡桃をよけて遥は足をばたばたさせた。

すぐに胡桃はいたずらっ子のようにひひっと笑って体勢を戻した。

「あははっ、じょーだんじょーだん」

「も〜…」

出会ったばかりとは思えない、不思議と昔からの友達だったかのように二人は打ち解けていた。



二人で笑い合った後、遥は胡桃の顔を見てこう言った。

「でも私、さっき見たのはほんの数秒だったけど…胡桃ちゃん、アイドルに見えたよ?」


「えっ?」


「歌って踊ってる胡桃ちゃんが、キラキラして見えたの。だから才能ないなんてことない。胡桃ちゃんは天性のアイドルなんだよ!!」


それはお世辞でも何でもない、本心だった。


「それでね…胡桃ちゃんが歌ってる姿、もっと見たいって思ったの。だから…絶対絶対、アイドルになってほしいな!

まぁ、アイドルが何かほとんど知らない私に言われたってしょうがないと思うけどね…」


遥は普段アイドルのファンでもないし、歌番組に出ていても立ち止まって見るほどではない。国民的アイドルの名前も数名しか覚えていない。そんな遥だが、不思議とテレビで見るどんなアイドルよりも胡桃が輝いて見えたのだ。


胡桃は驚いて数秒固まっていたが、すぐにぷっと吹き出した。


「あははははっ…」


何かおかしかっただろうか?遥は首を傾げる。

ひとしきり笑った後、涙を拭きながら胡桃は遥に笑顔を向けた。

「そんなこと言ってくれた人初めて。ありがとね、遥!」

それは太陽よりも眩しい笑顔だった。


そろそろ予鈴が鳴る時間だ。今日は素敵な出会いがあった。これも中庭があったおかげかな?なんてことを考えながら遥はベンチから立ち上がった。二人で北校舎まで戻り、飲み終わったりんごジュースのパックを自販機横ゴミ箱に捨て、別れの挨拶を交わそうとした時だった。


胡桃が遥の両手をぱしっと掴んだ。遥は驚いて振り返った。


「あのさ。もしよかったら…明日もここで練習するから……見に…来る?」


目線を少し下げると、胡桃は恥ずかしそうに俯いていた。声もたんだんと小さくなっていく。


「普段は恥ずかしいから誰にも見せたくないんだけど…あ、あんな風に言われちゃったら、ね。初めて私の夢を応援してくれた人だし…あ、余計なお世話?だよね、ごめ…」


胡桃が強く掴んでいた遥の両手を離しかけた時。


「えぇっ、いいの!?」


小さな声でぶつぶつと呟いていた胡桃の声をかき消すかのように、遥は大声で喜んだ。


「やったやったー!もちろん見に行かせていただきますっ!」

ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねる遥。

その満面の笑みに嘘はない。


「…よかった」


胡桃はほっと安堵のため息をついた。

と同時に、始業五分前の予鈴のチャイムが校舎内に響き渡ったのだった。