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【フィクション】男は日本一偉い暴れん坊(最終話)

2020.10.15 02:45

第4話(最終話)「成敗!」

いよいよクライマックスである。 

日本一偉い男(真之条)が舞台となる偽(にせ)の奉行屋敷に訪れるまでに各部署入念なチェックとテイク・リハーサルが行われる。 

伝令役兼、舞台監督の隼人がやってきた。そして… 

「払ったギャラ分しっかり演じ切れやっ!!」 

『おう!』というかけ声と共に各待機場所へと散っていく。 

日本一偉い男が来る3分ほど前から待機していた奉行佐々野役と、越後屋役、それと用心棒が部屋に籠もって話しを始める。 

ここはお決まりの台詞。 

「話を聞いて居た娘は始末しました。」 

「これで滞りなくアヘンの取引ができますな~。」 

「ふっ越後屋、お主も悪よのぉ。」 

「お奉行様こそ~。」 

このフレーズを聞こえよがしに幾度も繰り返す。 

そこで投げられる「正義」と書かれた扇子! 

「何奴!?」 

真之条の登場と共に決めの台詞だ。ここは本人のアドリブなのだが… 

「…。」しーん。 

どうやら何も言うことが考えず行き当たりばったりで来たらしい… 

微妙な空気を察して、奉行役の役者から合いの手が入った。 

「ここを勘定奉行佐々野の屋敷と知っての狼藉(ろうぜき)か!?」 

ナイスフォロー。 

「…っ勘定奉行の身で有りながら越後屋と結託、話を聞いた娘を殺害し、今もなお、アはっン(アヘン)、を…使って…」 

うわっ噛んじゃったよ。サイテーだ…。 

今にも吹き出しそうなのを堪えて奉行が言う。 

「き、貴様何者だ」 

「ひかえろ佐々野!よの顔を見忘れたか!?」 

「よじゃと?」 

ここが大事です。ひとたび聞いておいて「間」を開ける!そして 

悪代官の脳裏には八代将軍吉宗の凛々しい姿が思い浮かぶその「間」が重要!と、有馬彦左衛門の厳しい演出が言いつけられて居る! 

「う、う、上様!!」 

うーむ、今回はまあまあなリアクション…。と評価する演出補佐の大岡越前。 

有馬、大岡の両名は屋根裏の演出家ブースに籠もって演目を(^ ^)見守っている。 

その場にいる者達はとりあえず全員土下座。 

「アヘンを密輸し越後屋でさばき懐に大枚をはねる。、それを聞いた娘を殺害せしはすでに明白。」 

あずみが男の手に書かせた証拠のプロンプ(カンニング)だ。 

「天をも恐れぬ人身の生殺与奪の悪行は許しがたい。この場にて腹を切れい!」 

さて、ここで終わってしまっては面白くない。はい、お決まりの~ 

「えーい、天下の上様がかような所におられるはずはない!」 

ま、居るんだけどね…。 

「出あえ~っ!出あえ~っ!」 

段取り、段取り…。 

ぞろぞろ集まってくる屋敷住まいの武士達。もちろんエキストラ。 

揃いの袴を衣装さんに作らせそろえるのも一苦労。 

「恐れ多くも上様の名を語る無礼者じゃ。ワシが許す斬って捨てい!」 

と、一斉に武士達が刀を抜く!今回集めた武士バイトは約15名、 

もちろん刀に刃は入っていない。 

が、普通、これだけの人数の人が己に刀を向けたらちょっと怖いよね。 

「俺は天下の将軍だぞ?ホントに刀向けたのわかったらお家断絶、 

切腹ものだけどそれでも、やる?見方になったら御赦免あるかもよ?」 

ええっ!?言う?そう言うこと言っちゃうの?天下の将軍が脅迫しちゃう?やっぱり怖いのかね?そりゃそうか? 

微妙な空気の中、とりあえず、戦いを開始しろとの合図を出す隼人。 

「止むをえん」 

と刀を抜く男。刀には三つ葉の葵のマークがしっかりあり、それをこれ見よがしに自慢しながら刃のない峰打ち方へ刀をスイッチする。 

これも、男が散々、「刃のある方で斬っちゃっていい?」と人を斬りたいとせがむも、 

「駄目です!天下の将軍が素性も知れぬ者を殺生するなど許されませぬ。」 

と散々隼人とあざみに説得され渋々刃のない「逆歯」側にし戦いに向かうのだ。 

もちろん、誘惑に負けて仮に刃のある方に二人が見てない時に変えて斬りかかろうとしても良いように、模造刀になっているから死人は出ない。 

成敗が始まった。 

剣術に長けているとはいえ、多勢に無勢の戦いとなると、どれだけ 

旨くやられるかがエキストラの武士達に掛かってくる。 

『やられ武士マニュアル』 

その1、一人づつ順番に行くこと。 

その2、後ろからは大声で斬りかかり、男が気がつくまでは動かないこと。 

その3、胴はガラ空きで突っ込めば、大けがをしないこと。 (腹パットが仕込んである)

その4、斬られた(峰打ちだが)後は大きなリアクションで倒れる事。 

いやぁ、バッタバッタとやられて行きますね。 

なにげに準備期間の2週間の内の大半をこのシーンのリハーサルに使っただけの事はある。と感心の隼人とあざみだった。 

なにげに旨くやられるというのは難しい。 

師範代が、それっぽい殺陣の段取りを作るのだが、男…将軍様がいかに武術に長けていても、もし、この中の一人が間違って男を斬っちゃって 

負けちゃいました~。なんてことになったりしたら天下がひっくり返ってしまいますからね。そこら辺は演出脚本の有馬彦左衛門と大岡越前も気が気ではない。入念さは徹底されている。 


最後に代官、越後屋、が残った。 

決め台詞。 

「成敗!」 

と、男が言ったところで隼人とあざみが二人を斬っておしまい。 

もちろん斬ったふりで死んでは居ない。 

満足げな男。十分なストレス解消になったようだ。 

最後は後かたづけ、撤収作業だ。 

峰打ちとはいえ、当たり所が悪いと打撲に骨折もある。役者達には 

大金を払っているとはいえ、治療はおこたれない。 

散々暴れた屋敷内も綺麗に掃除し、小屋(屋敷)主に返す。 

ここからが大変なのだが、実際には日本一偉い男だけが知らない架空の成敗劇だっただけに。使われた悪役キャストはすべて江戸所払いになってもらう。特に代官、越後屋は他の大名やお偉いさん 

にバレたら一大事であるからだ。もちろん、やられ役のエキストラも。 

成敗イベントが夜に行われるのも、薄暗い屋敷の中で出来るだけ顔を見られない為である。 

数日後。 

男の部屋で有馬と大岡との座談の場がもうけられた。人払いをし、3人しかいない部屋で出る話はやはり、先日の勘定奉行と越後屋の癒着事件。 

が、これは大岡越前の裁きで闇から闇へ…なのだが、もっぱら三人の話の中では… 

大岡「事件解決に貢献した一人の男がいたようなのですが…未だにその男の素性がわからずじまいなのですよ。」 

男「そっか、そっか。しかし良かったではないか。それで世の中が平和になったのだから。」 

有馬「そうですなぁ。その男には感謝感謝でありますなぁ、上様。」 

一同「はっはっはっは~。」 


『日頃の行政で悩まされっ放しの将軍。そのストレスのリフレッシュとなる成敗イベント。お客の居ない公演であるが、そんな事はつゆ知らず、一人、成敗劇の主役を演じさせられ満足している吉宗であった。』 

と、ナレーションの台詞を読みながら、台本を閉じるのであった……。 

おわり