石野卓球、"エロ"がテーマの新作『LUNATIQUE』は「性の私小説」
SILLYで5回にわたってお送りした『LUNATIQUE』の独占先行試聴。
電気グルーヴの石野卓球、6年ぶりとなるオリジナルソロアルバムの曲を、月の出ている間だけSILLYのサイトで試聴できるというスペシャルな企画だった。
『LUNATIQUE』というタイトルにかけて展開された、月の満ち欠けに合わせた試聴。
SILLYで毎日更新しているガールズグラビアが“官能的”で“エロティック”をテーマとした今作の世界観と融合した素晴らしい試みとなった。
そんな先行試聴を終え、8月3日にリリースされたアルバム『LUNATIQUE』はamazonから購入可能。また収録曲「Rapt In Fantasy」のMVも発表された。
石野卓球ソロとしての新作、電気グルーヴではやらないエロを「まんまだした」という『LUNATIQUE』の誕生秘話(オフィシャルインタビューより転載)。
―まず、このジャケットがいいよね。「エロトピア」(注:漫画エロトピア。日本最初のエロ劇画誌。1977年にKKベストセラーズから創刊され、後にワニマガジンから発行。2000年に休刊)の表紙なんでしょ?
卓球 そう。最初は「SMスナイパー」(注:S&Mスナイパー。SM専門誌。1979年にミリオン出版から創刊され、後にワイレア出版から発行。2009年に休刊。季刊誌として2016年に復刊)のグラビアで、女王様が上からツバ垂らして、それを下からカメラマンがガラス越しに撮ったのがあってね。女王様グラビアの定番みたいな写真なんだけどさ。お、これ、いいなって思ったの。無いじゃない、そんなジャケットは音楽史上に(笑)。でも、さすがにちょっと生々しすぎるなって。それで今流行りのネットサーフィンをしてたら、この表紙に出会って。
―このイラストがイメージにぴったりだったんだ。
卓球 もうアルバムのコンセプトははっきりしてたからね。それでデザインを誰に頼もうかと思って、こういう官能的なテーマを理解してくれるデザイナー、誰かいないかなって色々当たってたんだけど、よく考えたら一番身近にいるじゃん、宇川(直宏)君が。近すぎて忘れてて。あ、もう彼以外絶対ありえないなって、直接連絡取って、お願いして。
―やっぱり、これはこの顔とか表情にピンと来たの?
卓球 SM的なものだと、いかにもになっちゃうんだよね。ボンデージ・ファッションとか女王様目線とか、完成されすぎちゃってるから、聴く人のイメージが限定されちゃうでしょ?もっと他にいい画像ないかなと思って、趣味と実益を兼ねた常日頃のインターネット・フェティッシュサイト・パトロールをしてたんだよ。泣く子はいねえか、じゃなくて、泣かしてぇ子はいねえか、このおれを(笑)。そうやってDIGってて、昭和のSM雑誌だと今とテイスト違っていいかなって、そっち探してるうちに、これに出会ったんだよね。
―これだ、と思ったわけだ。スーパーリアリズムイラストの巨匠の横山明さんの絵だよね。
卓球 でも、髪型がちょっと古かったんで、試しにトリミングしてみたら、男にも女にも見えるし、誘ってるのか、誘われてるのかわからないし。ああ、これしかないなと思ったんだよね。
―ちょっと軽蔑してるような表情にも見えるしね。
卓球 そうそうそう。もう、これしかないと思った。「キング・クリムゾンの宮殿」じゃないけど、アーティスト名入れ無くても、アイコンとして成り立つと思った。でも、横山さんにも問い合わせたんだけど、もう原画も見つからなくて。じゃあエロトピアの実物を探そうっていう話になって探してたら、名古屋のコレクターの人が持ってて。
―エロ劇画誌って、まだ何誌か残ってるんだよね。「漫画ボン」とか。
卓球 へー、そうなんだ。エロ劇画って、今、見てもイヤらしいとは思わないけど、なんか心が揺さぶられたよね。おれ、羽中ルイが好きだったな。
―ああ、いいね、羽中ルイ(笑)。
卓球 おれ、子供の頃、読み放題だったんだよ。家がパン屋やってたんだけど、ブックスタンドで雑誌も売ってたの。定休日は、幼稚園の頃から、店で好きな本読みまくってて。
―え、エロ本も読ませてもらってたの?
卓球 ノーチェック(笑)。お店誰もいないから。ヌードグラビアとかどうしていいのか、わかんなくて、舐めたもん。
―売り物なのに!
卓球 幼稚園児だからね、むずむずはするけど、それがちんちんに直結してるってわからない。だから、ぺろんって舐めてた。
―ヰタ・セクスアリスだなぁ。
卓球 それがあって、たぶん他の同世代の子よりも、こういうのに触れる機会が圧倒的に多かったと思う。それで性嗜好の目覚めが結構早かったんだよ。
―早すぎるくらいだよ。
卓球 小学校2年の時に、同級生の友だちと映画を観に行った時に、そいつが「おれ、エロいの見るとちんちんがとんがるんだよね」ってカミングアウトされて。
―とんがる(笑)。
卓球 え、実はおれもって(笑)。そこでお互い初めてわかりあえるパートナーを得たって感じで、映画でおっぱいが出てきたりすると、「あ、今、とんがってる、とんがってねぇ」って言いながら盛り上がった覚えがある。
―昔は映画とかテレビで、おっぱいバンバン出てたよね。
卓球 そうそう。でも、幼稚園児の頃は、とんがるメカニズムには気づいてなくて、なんだろうこのモヤモヤする感じはっていうのはあった。その中でも、これは好き、これは嫌いっていうのがわかってきて。もう変態の英才教育、独学で。毎週日曜日にずーっとお店でエロ本読んでるんだから、変態のエリートがそこで出来上がっていくんだよ(笑)。そりゃあ、伸びるよね。
―恵まれた少年時代だったんだなぁ(笑)。
卓球 近所の薬屋さんにエロ本の自販機があって、うちに置いてない本があるってのが、昼間のリサーチで判明して、夜中に買いに行ったんだよ。その時はさ、犯罪犯してるみたいな緊張感あったね。それがたまたま「HEAVEN」(あまりに前衛的な内容の伝説のエロ雑誌)かなんかだったんだ。間違えて買っちゃったんだけど。
―「HEAVEN」とはまた、凄い名前が出てきたね!
卓球 その時は価値わからなくて、後になってから、間違って買ったあのエロ本か! って思ったんだよ。高校の時はうちがたまり場になってたから、みんなで「ビリー」(変態趣味爆発の伝説のエロ雑誌)とか読んでたね。
―あの頃、エロ本はサブカル最前線だったもんね。
卓球 電気グルーヴ始める前に、もう音楽は趣味でやっていこうかな、できたらエロ本の編集者になりたいなって、思ってたくらいで、そういう憧れみたいのはあったんだよね。エロ本のおかげで今の自分があるみたいな。
―そういう性の原体験から今に至るまでの石野君の性嗜好が今回のテーマになってるってことなのかな。
卓球 うん、そういうパーソナルな性体験とか性嗜好とかをテーマに一枚アルバムを作るっていうのは、したことなかったし。
―コンセプトが先にあってアルバムを作る自体が珍しいの?
卓球 今までは、発売日を決めて、そこから逆算して3ヶ月なり4ヶ月なりの制作期間を設けて、その間に出来た曲を1枚のアルバムにまとめてくっていう、まあオーソドックスな作り方だったんだよね。で、2010年に前作『CRUISE』っていうミニアルバムを出して、そのあとすぐにフルアルバムを作る予定だったの。その時はちょっと派手めなダンスアルバムを作ろうと思って毎日スタジオに入ってたんだけど、何かそういう曲があんまり出てこなくて。もっとぼんやりした、漂うようなトラックっていうかさ。おれ、けっこう仕事早いんで一日2曲とか3曲とか作るんだけど、曲を作りかけで置いとくっていうのはナシにして、出てきたものは、とにかくその日中に取り敢えず完結させようっていうルールで、毎日ひたすらそういうトラックを作ったんだよね。
―それは結局、その時点ではアルバムにならなかったんだ?
卓球 うーん、何か今こういうのじゃねぇなぁって漠然と思って作ったことも忘れてたのね。それで、今年の1月ぐらいに、そういえばあの頃作ったやついっぱいあるなぁと思って聴き返してみたの。そしたら150曲ぐらいあって(笑)。一番古いのは2000年のとかもあってさ。その当時は、派手さがないから使えないって思って、作ってから全然聴き返したりしてなかったんだけど、改めて聴いてみたら、丁度気分にフィットする感じがあったんだよね。
―その中からまとめてみたんだ。
卓球 テーマに合う曲を選んでね。自分の性嗜好とか性的な経験みたいなもの、性の変遷から性の今後、みたいなものをテーマに作ってみたいなぁと思って。でも、スカトロとかスパンキングとか変態大集合! みたいな(笑)やつじゃなくて、もっと私小説的なもの。あくまで個人的な性を表現してみたいと思ったんだよね。実はこれ、おれの頭の中にいる一人の架空の女性についてのアルバムなんだよね。
―架空の?
卓球 そう、妄想上の理想の女というか。そういうテーマが決まって、150曲をDJでいうレコードバックだと考えて、そこから10曲を選んで、流れで曲順も決めて、で、あとは各曲に肉付けをしつつアップグレードしていくっていう作業。
―でも10年に渡って作った曲なのに、あんまりバラバラな感じがしないね。統一感がある。
卓球 聴きだして思ったんだけど、毎回毎回奇抜なことをやろうとか、まったく違ったアプローチにチャレンジしようとかじゃなくて、この年になってこのキャリアになってくると、自分のやれることっていうのが見えてきてるから、その中でもっと高めたいって変わってきてる。
―自分のやれること、やるべきことがはっきりしてくるよね。
卓球 やりたいこともね。この10年ぐらいで、曲作りにおける自分の手癖とマナーみたいなものが決まってきてるから、トーンはあまり変わってない。
―今回みたいにテーマを決めてっていうのは、今までは意識してなかったの?
卓球 うーん、うっすらあったんだけど。例えばベルリンでの経験と生活から作った「BERLIN TRAX」だったり。「throbbing disco cat」も、割と性的なものをテーマにしてたから今回とも近いんだけど、それ以外の要素もいっぱい入ってたし。今回ぐらい、アートワークとかも含めて、コンセプチュアルに完全にひとつのテーマに寄り添ってアルバムを作ったのは初めてかなぁ。
―Twitterでも「ずっとイヤらしいこと考えながら作りました」って書いてたよね。
卓球 そうそう。ストイックにイヤらしいことだけに集中して作った感じ。射精は一切しないで、パンパンな状態でいるっていうか。何かストイックにイヤらしいって、ちょっと矛盾してる感じなんだけど、そういう相反するものが同居してる感じって自分の中でデカいテーマで。一生のテーマになっていくんだろうなぁと思ってるんだけど。
―矛盾している状態?
卓球 去年、電気グルーヴで「Fallin’ Down」ってシングルを出してて、その曲はメビウスの輪について歌ってたりするのね。SとMって表裏一体だったりするじゃん? 善と悪とかも。何かそういう考え方に気付いたら、すごく自分の中で楽になったのね。腑に落ちるというか。表と裏は繋がっているっていう、そういう考えに至ったのは、自分の性嗜好からなんだけどね。でも、全部そうなんだって。あの、ジェンダーロールってあるじゃない?
―男は男らしく、女は女らしくっていう奴ね。
卓球 世の中にはすごく、ジェンダーロールによって縛られているものがあるなぁと思って。何かそれって無意味じゃん。もちろん完全に捨て去ることは出来ないんだけど、右か左か、白か黒か、っていうのをハッキリさせる必要はないなって思う。あと、男の方がジェンダーロールに受けてる恩恵が大きい分、それに縛られてるところも強いと思うんだよね。で、異性である女性からその縛られている部分をつつかれると、おちんちんがかったぁーくなるんだよね(笑)。もしくは、めちゃくちゃ怒るか。まあ怒る人は、そこにしかアイデンティティが無いんだろうけど。
―ニューハーフとか男の娘とかもそうだけど、突き詰めるとやっぱり境目がなくなっていくよね。
卓球 うん、そうそう全部地続きなんだよね。だからまあ、メビウスの輪っていうか、表裏一体な感じっていうのは大事。今後もずっと自分のテーマになっていくと思うね。
―今回は架空の女性と石野君の関係を通して、そういうテーマを描いているのかな。
卓球 うん、そうだね。何かそういう女性に捧げるって感じではなくて、その女性を通して見たり知った自分を描いた私小説みたいな。
―電気グルーヴではあまり無い考え方?
卓球 電気とは決定的に違うなって思ったのは、電気で性的欲求とか性癖ってあんまり出せないんだよね。オッサン二人が性欲と性癖をむき出しにしたらグロテスクじゃない? 瀧とおれに共通する性的な嗜好ってあんまりなくて。デカいくくりでMっていうぐらい(笑)。だから、同じ方向を向いて、性嗜好についての曲をやるってことは難しいんだと思う。
―ギャグとしての下ネタはあるけど、正面から性には向かわない。
卓球 うんことかちんちんみたいな下ネタはアリだけど(笑)。
―ある意味でかなり赤裸々なものを作ったわけじゃない。そこに恥ずかしさはない?
卓球 もう自分をさらけ出すことに対する恥ずかしさみたいなものはあんまり無いね。あ、でも、この前久々に恥ずかしい!って思ったのが、知り合いに「卓球さんって羞恥心あるんですか?」って聞かれて(笑)。おれ、羞恥心ないと思われてたんだ! って思って凄い恥ずかしかった。でもまあ、今回のアルバムは本当に、まんま出した感じかな。
interview : 安田理央