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巫女のセッちゃん

6.セッちゃんの神さまと ①

2020.10.29 05:44

先日瞑想中に、「セッちゃんには仕えていた神さまが居るのだろうか」とふと思いました。


基本的に巫女さんは神社に仕えていますから、その神社の神さまの従者となりますよね。

セッちゃんという存在がまだ私の中では曖昧なので、セッちゃんのポジション?立場がどのようなものなのかわかっておりませんが、人間一人一人に守護がついているように、セッちゃんにも守護の存在は居るだろうと思います。


頭でごちゃごちゃと考えるのはやめて、意識をセッちゃんの神さまに向けてみました。もしもいらっしゃるのであれば、繋がっていただけますか。と。


すると、奥の方なのか目の前なのか、正面に逆光を背負ったようなシルエットが見えました。


なるほど。やっぱり居るのだな、と思いました。


セッちゃんについて聞いてみたいと考えていましたが、ここで私は個人的なことを聞いてしまいました。


「なにをすべきなのでしょうか」というようなことを聞いたと思います。

今自分が為すべきこととは。この時つい、そのようなことを口走ってしまいました。



存在を解き放て



と言われました。

そして続けて



お前の身体(血)は毛細血管のように広がり
あらゆる万物と同調する



血管の細いところは感知しにくい
太いところは手が届くだろう



感度を上げろ



と、このようなことを言われました。


私達の身体は肉体とは別にエネルギーのゾーンが存在しています。オーラと言われるものもそうですよね。人によって大きさ広さ、濃さなどなど、個性があります。

しかし基本的に、人間という存在は境い目がありません。

そのエネルギーが幾重にも重なり合って出来上がっているのが今の世界であり、何とどういくら重なっているのかは個人によって変わるため、その人その人によって見える世界が異なります。

孤独になると死が訪れてしまったりするのは、そのような原理の働きによるものだったりするのではないかと私は考えています。


セッちゃんの神さまから見せていただいたイメージでは、その個人のエネルギーというものは、人体の血管のような形をしていました。

私は人のエネルギーというのはオーラのように丸くぽわっと広がったイメージを持っておりましたが、言われてみると、なるほど血管のほうがしっかりくるのです。


人間は小さな宇宙である。


というような言葉を聞いたことがありませんでしょうか。

色々なフレーズが存在しますが、それらの言いたいことは共通しています。


この世にあるものは、大小問わず、総てが宇宙をあらわしている


ということです。

血管をイメージしたとき、私はすぐに木を連想しました。生命の樹をご存知の方も多くいらっしゃいますよね。

これらは神話などで使われるモチーフになっていますが、植物の生と人間の生はほぼ同じなのです。

表現のされ方が違うだけで、巡り方は変わりません。


植物は宇宙の成り立ちを表現しています。

その植物と同じく、人間も宇宙を体現した存在ということです。


少し長くなりましたので、次に続けます。