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KANGE's log

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」

2020.10.22 11:45

【「大丈夫、あなたは一人じゃない」じゃない】

広告会社でのキャリアを捨て、専業主婦となって、幼い1人娘を育てているキム・ジヨン。夫デヒョンは、常に気を遣ってくれるものの、妻・母親という立場への重圧と疲労は重なる。正月に夫の実家に帰省した際、家族の前で、まるでジヨンの実母が憑依したかのように、娘(=自分)がかわいそうだと話し出す…というお話。

冒頭、幼い頃のジヨンと姉が、世界地図を広げ、「どこに行きたいか」という話をするのですが、姉が挙げた北欧の国々は、いずれもジェンダーギャップの少ない国。姉は、小さい頃から韓国社会での女性の生きづらさを自覚していて、そこから脱出したいという意識があったのでしょう。現在、教員をしているのも、母親からの影響もあるでしょうが、次の世代にそんな社会を引き継がないためという意識もあるのではないでしょうか。

姉が、常に自分の意見を表明し、生きたいように生きるタイプであるのに対し、妹ジヨンは、男性が優先され、女性がやりたいことができないことに対して、疑問は持ちつつも、それを口にすることはなく、育ってきたように見えます。

先日観た「はちどり」の主人公ウニは1981生まれですから、ほぼほぼ本作の主人公ジヨンと同年代。少女時代のウニの悩みが、大人になってもそのまま続いているようで、ウニのその後を見ているような気分でした。

いつも弟のことしか考えてくれない実父や、息子デヒョンのことしか考えていない義母、男性を優先してプロジェクトに採用する広告会社の大ボス、バスでの痴漢&つきまといの男子生徒など、分かりやすい「害」はもちろんなのですが、一番の問題は、最大の味方であるはずの夫なんですよね。 夫は、彼女のことを常に気にかけており、協力的で、優しく接し、家事・育児も分担する姿勢を見せてくれます(しかも、大沢たかおと東出昌大を足して2で割ったかのような、イケメン)。大規模な職員研修をしている様子ですので、かなりの大手企業に勤めているのでしょう。基本的には「デキる人」のようです。でも、連れ合いのことについては、根本的なところは何も理解できていない様子が、よく描かれています。 

例えば、ジヨンの体調を心配して、自宅でいろいろと話をするのですが、夫はテーブルでビールを飲みながら、ジヨンは洗濯物をたたみながら、その会話が続いていきます。あるいは、夫はジヨンのために育休まで取得しようとします。そのこと自体は、育休を取得した同僚が出世の道を閉ざされたといった噂もある中で、大きな決断です。でも、彼はジヨンに対して「この機会に勉強してスキルアップしたい」といったことを言います。ジヨンとしては「今の私に、そんな時間があるように見えるの?」でしょう。

ただ、それを言わないのがジヨン。いや、「それを言う」という選択肢を与えられず育ってきたということかもしれません。それで、ため込んでいくのです。

彼女が、誰かが憑依したかのように他人の言葉で話を始めるのは、もちろん、自分としては言えないことを他人の言葉を借りて発しているということだとは思いますが、それとともに、これまで自分の言葉で思いを表明することができなかった女性たちが、ジヨンの体を借りて発言しているのだとも受け止められます。

ジヨンは特別な女性ではなく、これまでの韓国社会で自分の生き方ができずに、でも、そのことを口にすることができなかった多くの女性の総体なのでしょう。だから、ありふれた名前が付けられているのだと思います。

原作小説は未読なのですが、「原作は絶望的な終わり方で、この映画はかなり甘めに改変されている」という話をチラッと見ました。原作が書かれた当時からの社会の変化も反映しているのかもしれません。

(原作小説は、マグリットっぽい表紙絵が印象的)


しかし、私には、少なくともハッピーエンドには見えませんでした。最後に夫と娘が一緒のシーンが入りますが、そこで何をしているのか。やはり、夫は相変わらず…なのではないでしょうか。ある意味、ずっとずっと彼女の地獄は続いていく、というエンディングのように見えました。

それでも、希望が皆無ということでもなさそうです。 

カフェでの彼女の行動・発言は、彼女、そして彼女たちが救われるための、一つの解決方法の提示のように感じます。

「言うべきことは言う」

それに対して、さまざまなレスポンスはあるでしょう。でも、言うべきことは言う。その積み重ねの上にしか、変化は生まれないのかもしれません。#MeToo運動だってそうです。日本では#kutoo運動なんてのもあります。発言元の方はいろいろ叩かれたりもしているようですが、企業の服装規定が変わったり、街を歩く働く女性の足元を見ても、確実に変化をしています。そういうことだと思います。

私たちも、「韓国は男権主義が強くて、女性は大変だな…」なんて言ってられません。ジェンダーギャップ指数で言えば、韓国が108位なのに対して、日本は121位。韓国より低いのですから。