笑いと狂気と
新しいサービスが始まるととりあえずやってみる。
しかし大概数回更新して終わる。
ブログは珍しく続いているのだけれど、果たしてここはどうなるやら。
ブログで下書きにしていた記事をこちらに貼ってみよう。
おかずクラブが、最近話題になってる。
コントは、説得力による。
演技力と言い換えてもいい。
目の前の舞台で行われる不条理、そこに対して観客が違和感なく没入するための説得力。
この有無がとても重要になる。
漫才の場合はボケの不条理をツッコミが翻訳し観客はそれを解釈する構造だが、コントの場合は必ずしもそうではない。
03の場合、それぞれのキャラが絡み合い絶妙なシチュエーションを舞台に描き、そこに説得力~リアルと呼ばれることもある~が発生する。
この場合の「リアル」は現実的、と言うことではなく目の前のシチュエーションをどれだけ納得させることが出来るか、という力とも言える。
冷静に見れば教師が転校生を紹介する際にハードルを上げ、無茶振りをするということはまずないわけだが(しかも飯塚は教師の角田に普通に突っ込んでる)そこに説得力を持たせた。
おもしろいのが、角田にしろ豊本にしろまったく生徒にも教師にも見えないし、飯塚も初対面の教師相手に普通に突っ込む。演じているようで演じていない、でも違和感がない。
角田と豊本が世界を構築、飯塚が突っ込むことで観客へと伝える構造のネタが多い。
バカリズムのこのネタではいかにして「胸を揉む」という目的をロジカルに説得するかという趣旨でのシチュエーションを描いている。が実は論旨は破たんしているし、もしバカリズム一人ではなくここに説得される対象の女性がいれば「お前納得すんのかよ!」とツッコミたくなるだろうが、独りコントのために観客はひたすらバカリズムのロジックを聞くことになり、そのバカバカしいズレが面白さに繋がっている。
おかずクラブのネタは非常にわかりやすい。
演劇の語調でセリフを語る。
ネタの中に不条理や破たんは仕組まれない。
誇張された舞台感とお笑い的に絶妙なバランスの容姿がズレを生みそこで笑いが生まれる。
仮に役者がやれば特に面白くない。
ゆいPのオーバーな表情やカワイイキャラを演じるオカリナが、あえて演劇風に、あえてシリアスに破たんのないネタを行うことで、行動と行われる状況との差異(ズレ)に笑いが生じている。
お笑いの本質は狂気に似ている。
「ボケ」と言うけれど、ボケ役は本気で思っているボケを口にするわけではない。
もし本気で思っているならそれは頭がおかしい。
鳥居のコントの本質は、狂気。
このネタでは勘違いした執着が行きつき、最後には狂気に恐怖が結び付く。
特効で流れる医者の声が現実で、舞台で行われているのは鳥居の妄想~狂気~であることがわかる。
その明確な妄執と現実に恐怖が絡みつく。
本来お笑いはそれを出さないものだがあえて出すのが鳥居みゆきらしいところ。