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「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 4

2020.10.31 22:00

「日曜小説」 マンホールの中で 3

第四章 4


 八幡神社奥の院は、朝日岳の手前の剣岳の中腹にある。奥の院といっても、基本的には、ビルの屋上にある稲荷神社の小さな祠のような建物があり、その横に、人が来たときに何かあった時に休める小屋があるだけだ。

一応石灯篭などはあるのだが、手入れする人がいないのか、少し崩れてしまっていて、灯篭であったかことはなんとなくわかるものの、その役目を果たしたことはここ数年はないのではないか。

一応、この町の言い伝えでは、二十年に一度八幡神社は建て替えられるようになっている。神様の居場所がなくならないように、奥の院の建て替えの十年後、八幡山の本殿が立て替えられるというようになっている。その立て替えている間は、八幡山ではなくこの奥の院に神様がいて、八幡様への参拝もこちらに来て行うようになる。その場合、毎日この灯篭に灯がともるようになっている。

計算で言えば、8年後くらいに、こちらの奥の院が立て替えられることになっているのであろうが、本当に行うのかどうかはよくわからない。それほど朽ち果ててしまっているかのような感じを受ける。実際に人があまり上がってきていないのか、そもそも参道なのか山道なのか、あるいはけもの道なのかわからないような道がつながっているだけであり、また祠そのものも、少し傾いているような状態だ。

「奥の院とは言え、なかなかなあ」

 次郎吉はそういわざるを得なかった。まさかここまでひどいとは思っていなかったのである。

次郎吉はさっそく、奥の院の祠を調べ始めた。しかし、祠そのものには何の仕掛けも隠した資料もなかったのである。

「祠には何もないか。まあ、二十年に一度建て替えるんだから、戦争の時からすれば3~4回建て替わっているからな」

 祠の中にあるとすれば、もう壊されているはずだ。また東山将軍はそのようなことを知っているのだから、当然に祠、つまり壊される可能性があるところなどに隠すはずがない。隣の参拝者小屋も、戦後に立てられたものであるから関係がないはずなのである。ではどこなのであろうか。

次郎吉は、祠の前の石段に腰を掛けた。

「まったくどこだよ。爺さんに聞いた方が速そうだし、でも目の見えない爺さんを連れてくるわけにはいかないし」

 次郎吉はため息をついた。目の前にはうっそうと茂った森がつながり、その真ん中を参道というかけもの道というか、道がまっすぐに下の方に続いている。その先には、八幡山が見え、奥の院の祠と、八幡山の八幡神社の本殿、そして、鳥居、すべてが一直線につながっているのである。

「そういうことか」

 次郎吉は、一息つくと、もう一度小屋の中に入った。小屋には、古いこの山の写真とそして、剣岳を上まで登る人のための、地図が書かれている。この地図ももう何年たっているのであろうか、かなりの年代物で、額の中に入っているにも関わらず端の方が変色していた。その横には「戦前の剣岳」と細いボールペンの文字が書かれた、写真が飾ってあったのである。

「なるほどな」

 その写真には剣岳の山頂から街を取ったと思われる画像が移っていた。白黒の写真であったし、戦争の前であるから町並みなどは全く変わっている。変わっていないのは幹線道路と線路と川くらいであろうか。しかし、次郎吉はそこに避難所となったはずの五つの山が全て映っていることを見逃さなかった。た八幡山・城山・平岳山・眉山・石切山、すべてが街から見るのとは反対側の方から写っている。写真にはご丁寧にその山にすべて名前が書いてあるのだ。

「要するに、山頂まで登れということか」

 次郎吉はそういうと、小屋の裏から「ハイキングコース」となっている剣岳のハイキングコースを登るしかなかった。

そのころ、町の中では動きがあった。老人会に、刑事が二人入ってきて、小林さんと、長々と話をしていたのである。そして、警察はその数日後、川上の家を包囲したのである。

「無駄な抵抗をやめて出てこい、郷田」

 老人会のテレビの前には、また町の老人たちが集まってテレビを見ていた。脱走犯郷田雅和の逮捕劇は、テレビワイドショーの絶好のネタであり、どのチャンネルを回しても、川上の家が様々な角度から流れていた。

何しろ、裁判所を爆破させ、百人以上の死傷者を出した極悪人である。完全に武装した警察官ががジェラルミンの盾を並べ300名以上が河界の家を取り囲んでいた。

パン……パン

川上の家の中から、銃弾が発射された。ジェラルミンの盾に当たり、盾に黒いへこみを作った。警察官は密集体型を取り、そして家の方に少し詰め寄った。

「危ない」

 老人会の人々は、悲鳴に近い声をテレビの前で上げていた。その密集体型を取った警察官のところに、郷田が脱走の時に使った警察官の護送用バスが全速力で突っ込んだのである。

「なんということでしょう。横の家から突然護送用のバスが警察官に突っ込みました」

 それと同時に、家の中からは十数名の暴力団員と思われ者たちが銃を撃ち始めた。

「発砲許可」

 警察官側もそういうと、催涙弾などの混ざり、銃を発射した。一方バスの中からは郷田連合の者たちと思われる組員が複数名飛び出し、やはり銃を乱射したのである。川上の家の方に向かっていた警察官は、その銃弾に当たってバタバタと倒れた。

「応援要請」

 警察官はヘリコプターから狙撃を行うようになった。さながら戦争映画である。

「なんてことだ」

 何人かに今見ていることを説明を受けた善之助は、唸るように言った。今、テレビ画面の中で戦い、そして傷ついているのは、善之助にとっては自分の後輩なのである。元警察官で議員の善之助に、様々な意味で、説明し、話を聞きたい老人たちはその善之助の唸り声を聞いて皆黙ってしまった。

テレビ画面の中では、先日の裁判所以来の惨劇が繰り広げられていた。警察官が護送用バスと川上の家の中からの挟撃に遭い、次々と倒れていた。ヘリコプターからの攻撃でその暴力団たちも血を流して倒れてゆく。そんなに広くはない川上の屋敷の道は、すぐに赤く染まっていった。

「応援部隊きました」

 警察官を新たに連れてきたバスと、どこから借りてきたのか消防車が来て、催涙弾と放水の雨を降らせた。催涙弾で辺りは白い靄がかかり、カメラも何も移せないような状態になっていた。チャンネルを変えると、少し遠方からの放送になり、そのあたり一帯が全て白く覆われているように見える。ちょうど催涙弾の雲に、その地域が全てのみ込まれてしまったようである。

「あっ!後ろの方を白いワゴン車が出てゆきます」

 近くで映しているチャンネルでは全くわからないようであったが、遠くから映しているテレビカメラは白いワゴン車が川上の家から出てゆくのを映した。そして上空のヘリコプターがそれを追っている。

「あの車を追え」

 警察はまた二つに分かれ、今度は挟撃されないように広報にも注意を払いながら車を追った。車は、裁判所から逃げた白いライトバンである。

「タイヤを狙って撃て」

 テレビのチャンネルによって、川上家の前を報道しているもの、逃げた白いワゴン車とのカーチェイスを報道しているもの、全体を少し高いところから流しているもの、様々な報道が見て取れた。少なくともこの町の中が戦争に包まれているようであった。

「すごいことになったな」

 善之助は、そうつぶやくのがやっとであった。