徒然にララバイ
(10月某日)
「へえ。ふ~ん。まぁまぁ、キレイだな。」
今年の秋は、これをやってみたかった。
紅葉で輝く森の木々に、薄く切った羊羹(ようかん)をすかしてみる。
確かに、日本人の情緒に訴えかける何かがある。
こんな時こそノーデジタルで。(5Gとか、一体どれくらいの人が必要なんだろう。)
体内に当たり前のような顔をしてはびこる電磁波をデトックスしようと、GR3の電源を切り、羊羹を前歯で小さくかじり、すうっと森の香りを吸い込んだ。
キッカケは漱石の「草枕」にある一節。
「菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹(ようかん)が並んでいる。
余(よ)はすべての菓子のうちでもっとも羊羹が好きだ。
別段食いたくはないが、あの肌合はだあいが滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。
ことに青味を帯びた練り上げ方は、玉(ぎょく)と蝋石(ろうせき)の雑種のようで、はなはだ見て心持ちがいい。
のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。
西洋の菓子で、これほど快感を与えるものは一つもない。
クリームの色はちょっと柔らかだが、少し重苦しい。
ジェリ(ゼリー??)は、一目(いちもく)宝石のように見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹ほどの重味がない。
白砂糖と牛乳で五重の塔を作る(ケーキのこと??)に至っては、言語道断の沙汰である。」
たかが、と言ってはとても失礼だけど、羊羹だけでこんな文章書けるなんて、さすがに文豪。
この主人公は絵描きという設定で、熊本県の温泉宿にしばらく泊まりながら自分の中のアートを探す、といった大変うらやましいストーリー。
だけど、せちがらい貧乏サラリーマンに過ぎない僕にはそんな豪遊はもちろん無理。
どっか風流な場所がないかなあ、と思い、まず人なんか来ない谷間で一服とキメこんだ。
いただいた簡易テーブルに、雑貨屋で買ったスウェーデンかどっかのコップ。
だけどドリンクはやっぱり、なんてったって、「おーいお茶」。
そして、ここに来る途中ファミマで適当に買った羊羹。
全然高いもんじゃないけど、漱石先生が一個の美術品、なんて言うモンだから、こっちだってそんな気になってしまう。
周りにはこの紅葉。
下界のはまだまだ色づいていないこのタイミングで、
ハイランドの彼らはもう間もなく秋のクライマックスを迎えようとしていた。
うむ。
この色合いだもの。
ケーキとゼリーとか、コーヒーとかじゃ全然ダメ。言語道断。
羊羹と緑茶。和の心。ワビ&サビでヨロシク。
なんて。
吹き抜ける風がちょうど良い温度で心地よくて、
僕はしばらくお一人さまの茶室をぼうっと楽しんだ。
(11月某日)
温泉に行くなら雨の日がきっといい。
白く曇った空から、幾筋もの銀の糸が弱々しく降りてきて、
空と地上の境目をぼんやりとさせるような、
そんな日がいい。
ひっそりとした秘湯の入り口をまたいで、小銭を払い、
自分がどこの誰かということすら忘れて、ただただぼんやりとお湯の中に溶けてゆくのがいい。
しみじみ男に生まれて良かったなぁと思える1つに、こんな風に温泉に入っている時間がある。
それほど広くない湯船に何人かで入っていてもお互いのテリトリーをしっかり尊重してくれる。
ATフィールドをまたがれることがない。
裸で長時間同じお湯につかっていて、目を合わせることも、言葉を交わすこともなしに成立する空間ってのは珍しいと思う。
もちろんおしゃべりな人も中にはいるんだけど、そうしたくない僕に話しかける人はほとんどいない。
人生に関する色んな問いも、その答えも、ほとんどは自分自身の中にあるのです。きっと。
そんな時、何も考えないということはとても大事で、そして難しいことなんだけど、温泉ではこれが出来る。
ただただ地下深くから湧き上がってきた地球の恵みに湯がかれて、空っぽになろうとする。
そんな贅沢な時間。
漱石もしたであろう、温泉場での逗留(とうりゅう)ってのを、僕も一度はやってみたいもんだ。
(11月某日 その二)
今年はコロナで出張がめっきり減ってしまって、なかなか外で呑む機会がなかったんだけど、先日久しぶりに泊まりがあったので、ヨッシャとばかりにバーに行った。
友人から教えてもらったアイラモルト。
とてもクセが強いその味わいは、やっぱりクセが強い僕と相性が良かったらしく、すっかりハマってしまった。
だけど、それは毎日家で呑みたいというよりは、やっぱりちょっとだけお洒落して、カウンターに座って、2〜3杯だけ。
そんな嗜(たしな)み方がいい。
ラフロイグ
ボウモア
アードベッグ
タリスカー
etc...
アイラ初心者だけど、メジャーなのは半分くらいは体験したかな。
すると、一杯目を空けた僕に年配のマスターが嬉しそうに、
「こんなのもありますよ。」
と目の前に4〜5本、まだ呑んだことのないものを出してくれた。
その中から、フィンラガンと書いてあるのをストレートでお願いした。
58度でカスクストレングスとかいうのらしい。
とても強いけど、やたらに美味しい。
円熟したバーテンダーのチョイスに感心しつつ、他の瓶を眺めながら、チビリチビリと。
すると、広いカウンターの1番向こう側に座っている常連さんらしい人たちとマスターが話すのが聞こえてくる。
「血圧がだいぶ高くてね、気をつけないといけない。」
「本当…。無理しないでくださいね。」
一見さんの僕には当然見せなかった横顔を見るとはなしに見ていた。
フィンラガンの味わいがもう少し強くなった気がした。
まだ湖には行かないけど、タックルはいつも積んである。
お気に入りたちをたまに眺めるだけでも豊かな気持ちになれる。
釣りには行ってないが、夏に立ち上げたトラウトに関するNPOに誰もが知っているであろう大きな会社が支援してくれることになった。
とてもとても大きな喜びと同時にしっかりやらないと、という気持ちにもなっている。
人生も、釣りも、そろそろ円熟を目指さないといけないタイミングになってきたみたいだ。
頑張ります。