十字架型の花・檀
Facebook・草場一壽 (Kazuhisa Kusaba OFFICIAL)さん投稿記事
ひかりを とらえるための暗闇であるのか 慈しみの 湧き出すための哀しみであるのか
暗闇にあって 哀しみにあって 人は微笑によって救われる 微笑によって報われる
花もまた微笑である
この世には 目には見えない花が無数に咲いている 涙とともに咲く花である その花の微笑に気づくは 暗闇と哀しみを知る者であろう
涙の花の咲くは優しい光景であるいのちの傍らに寄り添う 優しい光景である
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草場一壽陶彩画 還暦記念作品「壽花」
https://manai.co.jp/SHOP/TS_B095_1483.html
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還暦とは「暦が還る」という意味です。振り返れば、いのちからがらここまできたというのが実感ですが、気が付けば還暦。陶彩画三十数年の軌跡はそのまま、私の人生の軌跡です。
そして今、まっさらな自分に立ち返り、原点というべき"「輝き」への憧れ"をテーマに取り組もうと新たな作品を完成させました。
「自在へ輝く世界へ」暦が還り新たな人生の最初であり永遠のテーマです。
人生の節目に新境地として制作しました陶彩画の「輝き」を感じていただければ幸いです。
陶彩画家 草場一壽·
Facebook・草場一壽 (Kazuhisa Kusaba OFFICIAL)さん投稿記事
すばらしいことが
「人生は苦しみに満ちています。しかし、人生にはまた、青い空、太陽の光、赤ん坊の目といった、素晴らしいことがいっぱいあります。苦しむだけでは十分ではありません。苦しむばかりではなく、人生におけるさまざまな素晴らしいことと、つながりをもつべきです。素晴らしいことは、私たちの内にあり、まわりのどこにも、いつでもあります」。
「青い空の美しさを楽しむために、特別の努力をする必要があるでしょうか。楽しむ練習をする必要があるでしょうか。いいえ、ただ楽しむだけです」。
僧侶であり、詩人でもあるナット・ハンの言葉です。
「苦しみだけでは十分ではありません」。この言葉の深さ、優しさに打たれます。それほど、いまの世界が窮屈に思われるときがあります。社会を先導しているかに見える人たちの、正義ぶりなどに・・・。声が大きいほうが勝つ、では世の中は寂しいものですが。
心の奥から出てくるものは、その人間(魂)を養います。哀しみも苦しみも優しさへ慈愛へと昇華していくのです。表面でつくろって生きていては、いつまでも養われることがありません。人の言動に左右されず、自らの魂で生きることの大切さをいまさらながらに思ってもいます。十分に生きるということを。
心が洗われるような青空です。真新しい日々が、いつも受け止めてくれていることへの気づき。見渡せば、すべてが愛おしい・・・・感謝です。
aribaba@1819aribaba
闇があるから 光がある 苦があるから 楽がある 闇を生かせ 苦を生かせ 坂村真民
https://ritokei.com/article/hottopics/16723 【『与論島の山さん』誰にもいつか訪れる命の終わりのとき 薬草に捧げた人生 死を思うたび生が輝く【島Books TOPIC】】より
はるか日本の南にある、サンゴと花の美しい島。そこに行けば命を守る暮らしがあり、誰もが家で家族に看取られ魂が先立つ島。この本を読み、与論島を拠点に活動する、かりゆしバンドの歌「たましいの島」が心に浮んだ。
昭和16年、鹿児島県与論島に生を受け、今も島で暮らす薬草名人・山悦子さんは、島外で子育て真最中の30歳の時に脳腫瘍を患う。経済的な理由で手術を断念したが、そのとき心にあったのは死への恐怖より「納得して死にたい」との思いだったという。
まだ幼い2人の子ども達との思い出をつくろうと故郷の島に帰り、幼少期より母から教わった薬草を活用した食事を取り入れながら日々を暮らすなか、突然に病は去った。以来、山さんは45年以上にわたり、島内に100種類以上ある薬草の研究に取り組んできた。この本は、そんな山さんに出会い心動かされた様々な人々の力によって編まれた。
沖縄と交易し、薬や病院のなかった与論島へ多くの薬草を持ち帰った山さんの祖父、その知恵を受け継いだ母、そして山さんへとつながる家族の薬草との歩みに始まり、山さんの庭で栽培される薬草や、ジュースやサラダなど手軽に薬草を取り入れるためのレシピも、カラー写真入りで紹介されている。
文中で山さんが繰り返し語る、自然の恵みに感謝し先祖を敬い感謝する心は、周りの人をいたわり助け合う島人の生き方に重なる。読み進むにつれて、薬草だけでなく島の暮らしこそが、様々な問題を抱えた現代社会を健やかに生き抜くための叡智に満ちていることに気づかされる。
若くして余命宣告を受けた山さんが死を恐れなかった背景には、島に受け継がれる死生観があった。死者の魂が亡くなった場所に宿ると考えられてきた与論島では、自宅で死を看取る割合が6割(※)を超え、全国でも突出している。
(※ 2015年厚生労働省統計。与論町61.7%、全国平均12.7%)
人が息を引き取る姿を見せることは見送る下の世代へ向けた命の教育となり、先祖が家の守り神となることで死は忌むべきものではなくなる。
巻末の特別インタビューで、長年与論島で医療に携わる古川医師が、島の終末医療では強い薬で感覚を鈍らせることをしないため、自分の死期を自覚できる人が多いのではないかと語っている。医師は多くの人を看取るなかで、島の文化や本人の意向を尊重することが大切だと教わったという。
死について考えることは、よりよく命を扱うことにつながる。人がお互いをかけがえのない存在として認め合い、限りある生をせいいっぱい慈しみ幸せな終末を迎えるために、命との向き合い方を島に学びたい。