「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 5
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第四章 5
「おい、次郎吉」
剣岳の山頂展望台に来てみると、そこにはすでに時田が来ていた。
「時田さん。ここに」
「ああ、先に来ておいた。遅いじゃないか」
「それなら奥の院じゃなくて剣岳の山頂と教えてくれればよいのに」
次郎吉は不満である。次郎吉の泥棒という職業柄、狭いところに入ったり長い間潜んでいたりということは全く問題はないのだが、一方で「山に登る」「長距離を歩く」ということは実に苦手であった。その苦手な山登りをさせられて「遅い」といわれてはたまったものではない。
「そんなことより見てみろ」
時田はそんな不満そうな次郎吉を少し笑いながら自分の方に手招きした。苦手ではあっても別段まだまだ体力がないわけではない次郎吉は、その招きに応じて時田の隣に立った。
「あれは」
川の上流、ちょうど川上の家のあたりで、爆発音や銃声が聞こえ、煙が立っている。その白い煙の中で赤い光が多く光っているのが見えた。ちょうど八幡山の上から裁判所の爆破事件のその一部始終を見ていた時のような感じだ。
「川上の野郎の家で、始まったらしい」
「始まったって」
「そりゃ、決まってんだろう。警察だってバカじゃないんだ。逃げた郷田が家に帰らないで川上の家にいることぐらいは突き止めているはずだ。」
時田は腕を組みながら、遠目でその成り行きを見ている。次郎吉も目は良い方であるが、しかし、さすがに催涙弾の煙に覆われた向こう側の家の様子までは見えない。
「要するに、警察が捕まえに行ったということですか。でも、それで銃声は」
「川上も、もともとは郷田のところに厄介になっていたんだから、当然に武器は一通りそろえているだろうよ」
「じゃあ、川上の家で銃撃戦ですか」
「ああ、そうだろうな」
そういいながら時田は山の方に目を向けた。
ちょうどその時田が目を向けた方、ちょうど煙が切れたあたりで爆発音が起きた。
「あれは」
「当然に郷田は部下に戦争ごっこをさせいながら、川上をおとりに逃げさせているに違いない」
「では、あれはおとり」
「ああ、川上は武器を持っているといったんだ。爆弾を投げたか、ロケット弾を使ったか、そんなとこだろうよ」
時田は、虫が出たから殺虫剤をまいたというような感覚で、このような物騒なことを言っている。その小さな爆発音のあったところで、より大きな爆発音が起きた。
「あれは」
「いちいちびくびくするな。弾が当たって車が爆発したんだよ。音で分かれよ。」
そんな爆発音など聞いたことがないのだから、音で分かれなどといわれても、そのような音がわかるはずがない。
時田に言わせれば、初めの小さい爆発音は、火薬による爆発であり、そのために、何かを弾き飛ばす方が強く、空気を割くような音になる。しかし、後の音はガソリンが引火して爆発した事故であるから、何の防御もなく破裂音になるという。全く時田という人は、どれくらいそのような修羅場を経験しているのであろうか。
「爆発音がして後ろの車が爆発したということは、警察が逃がしたということでしょうか」
「バカだな、あれはおとり。つまり川上が郷田に言われて、郷田であるかのようにふるまっているだけだろう。戦国時代の合戦で殿様を逃がすために、兜を借りて敵の中に突進してゆく場面があるだろ。あれだよ。逆に言えば、殿様は逃げてるということになる。多分、川上の家で時間稼ぎし、そして、川上自身に車で逃げさせて、そのうえで本人は、マンホールから地下をどこかに向かて走っているはずだ。」
「地下ならば時田さんの範囲内じゃないですか」
「ああ、だからすぐに見つかる。警察はかなりの被害だろう」
確かにそうだ。次郎吉はテレビなどは全く見ていなかったので、わからないが、この時点で、警察官の負傷者は80人に達していた。何とかジェラルミンの盾で防ごうとしているところに、ロケット弾などで攻撃してくるのであるから、警察側の被害があまりにも大きい。警察側も発砲の許可が出ているものの、もともとそのような装備をしてきていないので、被害は増すばかりであった。
「さて、これを見ろ」
時田はその戦争は見飽きたとばかりに、展望台のもう一つのところに行った。少し小さな山のようなところがあり、そこには、かなり古いののだろうかその展望台から見える風景が石の板の上にレリーフ上に描かれた石が置いてあった。
「これは」
「ああ」
畳一畳ほどの大きなレリーフであった。そこには、かなり丁寧に戦中の町の景色が描かれており、その景色のところに山の名前や川に名前が彫ってあった。そしてそこには、なぜか知らぬが猫のキャラクターが描かれており、八幡山と城山、そして、町の中に昔の呼称で「川上村」「郷田村」「時田村」「小方村」と書かれていた。
「ムラでヨンとはこのことか」
「ああ、昔はこの町は城下町と四つの村で構成されていたんだ。城下町は八幡山と城山、そして村は川上村・郷田村・時田村・小方村の四つの村だ。ハチが八幡山・シロが城山・ムラのヨンがこれだ」
「ではここに」
「ああ、この石板の穴の開いたところ、ちょうど各村や山にいる猫の目のところに宝石を合わせれば、五つのカギが出てくるだろうよ」
「時田さん」
「それで多分そのカギを使う場所は、後ろの朝日岳だな。神様の御殿といわれた場所。あそこに何かあるはずだ。まあ、次郎吉さんにはつらいが、また山登りだ。ついでにいえば、次の山登りは目の見えない爺さんや小林のばあさんもつれてきてやらないとならないからかなり骨が折れるぞ。」
時田はすべてのことが見えているようであった。
「時田さんはご一緒いただけないのですか」
「いいなら行くよ。そうでなくても郷田が逃げたままだから、あいつも取りに来るだろうからな」
「はい。しかし、なぜ郷田はこちらが取りに来ることをわかるのでしょうか。もう、郷田の子分もあそこでいなくなっているでしょうし、郷田一人が出てきてもあまり」
確かにその通りである。川上などが皆これで逮捕されてしまえば、宝石屋などに何人か残っていてもそれほど大きな力にはならないはずである。そのように考えた場合、郷田は、そもそも次郎吉などが取りに来ることを知らないはずであろうし、また知っていてもそれほど恐れるほどのものではないはずだ。
しかし、時田はにっこり笑っていった。
「さっき言っただろう。郷田は、もともと郷田村の庄屋の家柄だ。要するに、郷田も川上もその集落の中では上にいたんだよ。その村の人間は何かあれば報告する。当然にネズミの国にもたくさん彼らの部下もいるんだよ」
「ならば時田さんの行動を郷田は監視しているのですか」
「まあ、監視というほどのことではないが、やはり噂レベルでは彼らは何でも知っているということになるだろう」
時田はあきらめたように言った。次郎吉はなるほどと思うしかなかった。
「まあ、次郎吉、今はだれもいないから鍵を開けてみたらいいだろう」
次郎吉は促されるままに、畳一畳ほどの石板の猫の目の穴ところにそれぞれ宝石を入れた。絶対に動かないと思われた石板の下で小さく「カチ」と音がして、全く動かないような石板が少し浮き上がった。
「手伝ってやろうか」
時田は、石板の端につくとその石板を動かした。手伝うほどのこともなく石板は簡単にずれ、その中に、いかにも古そうな、まるで西洋のドラマに出てくる牢屋のカギのような鍵が五個、そのカギのためにくりぬいたような四角い空間の中に、先ほど入れた宝石とともに入っていた。
「これがカギか」
次郎吉は、そのカギと宝石を持つと、時田と顔を見合わせた。時田はそれを取り出した次郎吉の後で、郷田が来てもばれないように、その石板を元に戻した。