わたしのおじいちゃん
ビルマ メイクテイラ 苦力…
作業従軍、苦労ノ絶頂ニ在ル頃
わたしのやさしいおじいちゃん
初孫のわたしを大喜びで抱いた胸。
その胸はかつて、敵を憎んだの?
わたしのやさしいおじいちゃん
わたしのおかっぱ頭を
ゆっくりとなでた大きな手。
その手でかつて、
わたしのやさしいおじいちゃん
夏休み一緒に読んだ国語の教科書。
その教科書はかつて、
おじいちゃんに兵タイゴッコを教えたの?
自分の誠は
時代の正義に蓋をされ
進め一億火の玉と、
おじいちゃんの青春を
使いたかっただろう
おじいちゃんの若い時間。
読みたい本のために。
会いたい人のために。
書きたい手紙のために。
父母への感謝のために。
自然を感じ見るために。
暑い異国の地の果てで、
戦争が終わって、日本に帰ってきて
結婚して、子どもが生まれて、
わたしという孫ができた。
それでも戦争はおじいちゃんの心を
解放してはくれなかった。
わたしのやさしいおじいちゃん
隣の部屋で寝ているわたしに
ちゃんと聞こえていたよ。
真夏の夜中の叫び声。
迎えくる一条の死への恐怖か
突撃する瞬間なのか
戦争を知らないわたしが
あの声が戦争だ、
とわかるほどの狂気の激しさで。
わたしのやさしいおじいちゃん
やんちゃになりだした
困りながら歌った歌は
あの頃、意気を奮い立たせた軍歌だった。
とうとう、とうとう…
おじいちゃんの心から
戦争を追い出すことはできなかった。
わたしのやさしいおじいちゃん
おじいちゃんが生きて生きて生き抜いて
つないだ命のバトンの先端で
祈り続けているよ。
みんな穏やかな夢が見れるように。
みんな自由に歌を歌えるように。
見ててね。
おじいちゃん。
おじいちゃんと過ごした夏を
わたしは生涯忘れることはないだろう。
祈り続けることを
願い続けることを
いつでも思い出せるよう、
わたしの夏は、あるのです。
わたしのおじいちゃん
ー杉崎雄二(享年91)
文中:ビルマ…現ミャンマー
メイクテーラ…現メイッティーラ
写真の裏に祖父の自筆にて