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生命の未来
内容紹介 私たち人類はいつまで存在できるのか? 地球と人類の現在と未来を、圧倒的な知識と想像力で看破した、21一世紀の人類に贈る強烈なマニフェスト。 生命の総体、すなわち科学者にとっての生物圏、神学者にとっての被造物は、地球をおおう有機体の膜だ。スペースシャトルから横に見ても見えないほどの薄い膜だが、内部は複雑で、構成する生物種の多くがまだ発見されていない。その膜は、とぎれなくつながっている。エヴェレストの山頂からマリアナ海溝の底にいたるまで、この惑星のあたゆるところに何らかの生きもの暮らしている―そうした生物圏の膜が地球をおおい、あなたや私をおおっている。それは私たちにあたえられた奇跡だ。そしてそれは私たちの悲劇でもある。それが何であるか、それを味わい利用する最善の手段が何であるかを私たちが学ぶ前に、大きな部分が永久に失われていっているからだ。前著『知の挑戦』で宗教、科学、芸術などあらゆる系統の知を統合し、人間の本性を、解き明かそうとした知の巨人ウィルソンが“生命の未来”について発した強烈なマニフェスト、人類必読の書。私たち人類は、いつまで存在できるのか。膨張し続ける世界人口、永久に失われつつある生物の多様性―生命をはぐくむ地球上の生物圏は、急激に衰え始めている。私たちはいま、何を選択すべきなのか。ピューリッツア賞を二度受賞した知の巨人が発する強烈なマニフェスト人類必読の書知の挑戦~科学的知性と文化的知性の統合~エドワード・O・ウィルソン著遺伝的、脳科学から宗教、芸術まで、分断された知性を統合し、人間の本性を解き明かし、人類の未来を予見する“知の巨人”ウィルソンの集大成的著作。世界的ベストセラー。 内容(「BOOK」データベースより) 膨張し続ける世界人口、永久に失われつつある生物の多様性―生命をはぐくむ地球上の生物圏は、急激に衰え始めている。私たちはいま、何を選択すべきなのか。ピュリッツァー賞を二度受賞した知の巨人が発する強烈なマニフェスト。 内容(「MARC」データベースより) 膨張し続ける世界人口、永久に失われつつある生物の多様性。バクテリアから動植物まで地球上のあらゆる生物の生態、現在の地球の危機的状況を鮮明に描き、ゆき過ぎた開発や資源の浪費に警鐘を鳴らす。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ウィルソン,エドワード・オズボーン 1929年、アラバマ州バーミンガム生まれ。20世紀を代表する昆虫学者、生態学者、進化学者。1975年、『社会生物学』という大著で、アリから人間にいたるまで、およそすべての動物の社会行動を進化理論で説明するという画期的な統合化を果たした。人間の心的活動や文化的活動をも射程に入れた野心的な著作を次々と発表し、人間性が一皮むけば生物学で説明できるという衝撃を与えてきた。1993年の国際生物学賞をはじめ、2度のピュリッツァー賞など数々の賞を受賞。現在ハーヴァード大学の名誉教授であり同大学比較動物学博物館の名誉キュレーターでもある 山下/篤子 北海道大学歯学部卒業。歯科医師。大学病院勤務、保健所勤務などを経て、現在は翻訳業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
以下は、生命の未来に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
生物学者のなかで進化論の権威と言えば、動物行動学専門家の理論派R.ドーキンス、古生物学専門家の一流コラムニストS.J.グールド、そして本書の著者の社会生物学専門家のエコロジストE.O.ウィルソンが三本柱である。前2者の著作はいくつか読んだことがあるが、ウィルソンについては読んだことがないので本書を手始めに読んでみた次第である。内容は、「生物多様性の維持が地球環境を救う」という主張に尽きる。なぜか、本書の最後にあるにもかかわらず本書に批判的な「解説」として寄稿する池田清彦氏が指摘するとおり、「ウィルソンの論調は生物多様性至上主義とでも言うべきもの」で「はっきり言って生物多様性を守る絶対的な根拠は存在しない」に、読後感として個人的には同感である。エコな人にとっては、「現在のテクノロジーで世界中の人が、現在のアメリカの消費水準に達するには、地球があと四つ必要」とか、「人類を救うには、普遍的な環境倫理しかない」とかいう言葉が、とても耳に心地よいのかもしれない。しかしながら、生物多様性至上主義に近い、地球温暖化防止至上主義の主張することには、まだ確かめられていない「神話」を心底信じ切っている単なる輩として、辟易とされてしまう経験が多い。科学的な実証を踏まえた現実を直視することこそが、真の地球温暖化防止策となる訳で、生物多様性確保も同じようなことが言えるのではないかと思う。本書の表紙裏面の概要紹介では、「人類必読の書」らしいが、そうとはとても思えない。逆に、かなり偏向した書であることは確かである。