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WUNDERKAMMER

ショートショート 1311~1320

2020.12.21 02:54

1311.『精神病棟の5号室患者について』大人しく記憶障害を除けば正常である。彼は姉──現在行方不明である少女の話をするのだが、その少女に弟が居ないのは確認済みである。ただ彼女の日記に彼によく似た”弟”が出てくる事、現在は青色だが保護当時、彼の眼は彼女と同じ茶色だった事との関連性は不明である。

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1312.延命措置を外す事が決まったので君が最期見ていた夢を少し抜き取ったのだが余りにも小さく、ピントが合ったのはサイコロ程のスコープだった。陽に透かして中を覗くと1㎝程の君が宙に揺蕩い眠る姿が見え、花も熱も、寝息も届かない永遠越しに魔女にしかなかった私はありったけの願いを込めキスをする。

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1313.鳴る様な月光の夜、魚を捌くと中から青い血が流れ出した。それは流れる先から涼しい音を立て星達を生み、天の川で満ちてゆく部屋には無効と書かれた短冊が泳いでいた。窓を開くと夜に乗ってそれらは空へと帰ったがまな板には半分に切られた古い短冊があり、しかし滲んで、読む事はもう叶わなかった。

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1314.地上に捨てられたボート達はかつてノアの方舟だったと君が言うのでその神話を信じる事にした。玩具と引換に願いを叶える路地裏のサンタ、歩道橋で遊ぶ夜更し者は天使の生まれ変わりで、それなのに、同じ神様を信じた私達の天国に君は居らず、そこで私は君の首に下がった白いロザリオの事を思い出した。

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1315.一日の永遠を生きる君は毎夜月明かりに溶かされては骨になり、陽が昇ると肋骨の檻から内臓を咲かせ、病だった君にそんな呪いをかけた私は新月の夜、君を保管するこの箱庭でお茶会を開き君が死なない夜を祝う。私達のこの結末は幸福という事にしようか、それが叶わないならば、火に飛び込んでしまおうか。

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1316.その荒野には小さな工場があり、人の気配は無いが明け方の緑色が見え出す頃になるといつの間にか必ず、夜に取り残されたような電気が灯っている。そこはずっと昔ある国の薄荷水工場だったらしく、人間が居なくなった今でも地下に染み込んだ上質な月明かりを汲み上げており、全てはその名残だという。

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1317.お祭りの夜、鮮やかな提灯の中を赤い着物の少女達が遊んでいた。笑い声と足音と、水の音。私を中心に走っているらしく、今一つ大きな笑い声が響いた途端視界が滲み、その遠くでは私に似た赤い着物の子があの少女らに混じって駆けて行くのが見えて、ふと気付くと、私は袋の中の金魚になっていた。

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1318.人魚が投げた短剣の描く弧を計算したって失恋が報われる訳でも無く、白雪姫が食べた毒林檎を調合しても、眠り姫の糸車を用意しても王子様は現れなかった。アブラ・カタブラ・夜の海。シティポップは物語達を遺伝子組換え、街灯を水面に溶かし出す。さよなら三角、もう行くね。私のバイクは馬より速い。

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1319.明け残った白星を辿ると動物園が現れた。霧が漂う園内は空っぽで、奥の檻にただ独りいたライオンが「世界の秘密を教えよう」と喉を鳴らしていつの間にか私はライオンの瞳と同じ淡い菫色をしたケーキを食べており、霧が晴れるとそこは交差点の上、空のお皿を持った私は寂しさを愛する方法を知っていた。

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1320.昨夜録音した自分の寝言を再生すると次第にトライアングルの様な音が優しく響き、自分と誰かもう一人の声が聞こえだした。途切れ途切れに長い間話し続ける私達は「またこの月の海で会おう」とその約束を最後に音は遠退いて、暫くすると私が起きる音がした。窓を見ると白月が鉄塔の奥へ落ちる所だった。