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のらくらり。

これ以上は、内緒

2020.11.12 06:54

221年B組設定の学パロウィルイス。

ウィリアム先生が惚気てて、アルバート兄様は弟としてルイスを可愛がってて、シャーロックが出張る。


「さぁみんな、揃っていますか?出席を取りますよ」


名簿を手に優雅に微笑む221年B組の担任であるウィリアム・ジェームズ・モリアーティは、今日も隙なく美しい笑みを浮かべている。

けれどその笑みが見た目通りに優雅なだけではないと、一癖も二癖もあるこの教室の生徒達は当に気付いていた。

優しいけれど容赦はない、こと数学に関しては熱意以上に入れ込んでいるのだ。

ゆえにこの221年B組では数学の成績が近隣学園含めてずば抜けて良い。

ウィリアムの教えが良いことは勿論、数学を蔑ろにする生徒には根本から数字を叩き込んではその精神に数学という学問を植え込むというのだから恐ろしい。

その被害者である生徒数名は遠い目をして数学と向き合いながら好成績を収めていた。


「では最後、ワトソンくん」

「はい」

「うん、今日もみんな遅刻せず揃っていますね」


ウィリアムはしっかりと一人ずつの名前を丁寧に呼び、愛すべき生徒達の存在を確認する。

視線をやるだけでも誰がいないのかすぐに把握することは出来るけれど、ウィリアムは可能な限り点呼を取るようにしていた。

それは教師として生徒一人一人の今日の状態を観察する上で外せない行動なのだ。

例えば今日のモランは前日に夜更かしでもしたのか頭が目覚めていないし、フレッドは一限に予定されている数学の小テストに向けて意識を集中させている。

対してハドソンはギリギリまで数式を頭に叩き込もうと返事が疎かになっていた。

だがどの生徒も体調が悪いということはないようで、ウィリアムは名簿上最後になるジョンの名前を呼んでから穏やかに顔を上げた。


「先生、アルバートくんとルイスくんがいませんが」

「あぁ、二人は今日遅れて来る予定です。連絡は受けていますよ」


最後に点呼を取られたジョンは呼ばれることのなかったクラスメイト二人について問いかけると、ウィリアムからは承知したように返された。

二人が不在であることは教室を見ればすぐに分かることで、サボり癖のあるシャーロックでさえ後が面倒だと数学の授業に向けて着席しているのだ。

真面目なアルバートとルイスがいないことを不思議に思うのはジョン以外にもいたようで、教室からは納得した空気とそれでも漂う疑問があった。

あの二人、特にウィリアムを敬愛しているルイスが数学の授業を休むなど有り得るのだろうか。

それこそ風邪を引いていたとしても、彼の反対を押し切って無理矢理に登校してきそうなものなのだが。


「今日はルイスくんの定期検診の日なんです。私が付き添えないので、アルバートくんに付き添いをお願いしてあるんですよ」

「…付き添い、ですか」

「えぇ」


ルイスがかつて心臓を患っていたことはこの教室の生徒であれば何となく察しが付いている。

今はもう健康体そのものだとルイスは公言しているが、彼の実兄でもあり担任でもあるウィリアムが過保護なまでに手厚くサポートしているのだから気付かない方がおかしいだろう。

いつの間にかルイスの義兄という立場になっていたアルバートも、ウィリアムに続いてルイスには過保護だ。

体育の待ち時間にパラソルを用意してルイスを匿っている様子を目にして驚かなかった生徒は、当人であるルイスを除いて誰もいない。


「本当なら私が付き添うべきなのですが、今日はみんなが楽しみにしている小テストの日ですから中止するわけにはいかないでしょう?なのでアルバートくんにお願いしたんですよ。二人には後日、同じテストを受けてもらう予定です」

「中止で良かったのに」

「誰か何か言いましたか?」


男とも女とも判断が付かない音量の声に、ウィリアムはにっこりと笑みを浮かべて生徒達を見渡した。

誰も視線を合わせようとしないけれど、気を悪くした様子もなくウィリアムは切れ長の瞳を開けている。


「何でわざわざアルバートに付き添い頼んでんだ?ルイス一人だって問題ないだろ、子どもじゃあるまいし」

「ルイスくん一人だと検診結果を正確に伝えてくれないことがあるんですよ。アルバートくんにお願いしたら快く了承してくれたので、お言葉に甘えさせてもらいました」

「ふーん…」


ブラコン、というモランの呟きには聞こえないふりをしたようで、ウィリアムは名簿を置いて用紙の束を手に取った。


「(凄いな、ウィリアム先生。ルイスくんの検診のためにアルバートくんの遅刻を容認してるぞ)」

「(容認どころじゃねぇ。わざわざアルバートを指定してまで委員長の付き添いを頼んでるんだから、授業よりも委員長を取ったってことだろ、二人とも)」

「(あぁそうか。数学の授業には厳しいあのウィリアム先生が…)」

「(ブラコンどころじゃねぇぜ、ったく)」


黒板に小テストの要項を板書しているウィリアムの背中に目をやりつつ、シャーロックとジョンはこそこそと言葉を交わす。

ルイスがウィリアムに向ける愛情表現は分かりやすい。

兄に恥をかかせないよう成績は常にトップだし、学級委員としてクラスをまとめることにも長けている。

ウィリアムに無礼な態度を取るシャーロックにはその都度ぶつかってくるけれど、それでも兄が望むのだから最低限のコミュニケーションは取ろうと努力もしているのだ。

そんなルイスの行動ばかりが先行しているように見えてその実、ウィリアムからの愛情表現は分かりづらいけれどとても重い。

どこの世界に、弟が一人で定期検診を受けるのが心配だから、と信頼出来る他人に付き添いを依頼する兄がいるのだろうか。

それを了承するアルバートも大概だが、ルイス一人では検診すらも受けさせたくないというウィリアムの心情こそがとんでもないと、シャーロックは思うのだ。

ルイスが検診の結果を正確に教えないというのは事実だろうが、おそらくはルイス一人で行動させたくないのと、何かイレギュラーなことがあってもすぐに対処出来るようアルバートを派遣しているのだろう。

相変わらず愛が重い。

雁字搦めになるようなその愛に応えているルイスもルイスだが、分かりにくいくせに愛が重いウィリアムは見ていて息が詰まりそうだ。

シャーロックは板書を終えたウィリアムを見て面倒くさそうに息を吐いていた。


「さて、少し早いけど数学の授業を始めましょうか」

「せ、先生!まだHRの時間だと思います!授業を始めるにはまだ早いのではないでしょうか!!」

「ハドソンさん…」


目立った連絡事項もなく早々にHRを切り上げて授業を始めようとしたウィリアムだが、懸命なハドソンの様子に考えを改めた。

大方、昨夜うっかり眠ってしまってテストの準備に不安があるのだろう。

点呼の際にも教科書を熱心に読んでいたし、諦めない姿勢には好感が持てる。

仕方ありませんね、とウィリアムは配布しようとしたテスト用紙を教卓に置き、残り十五分程度しかないHRの時間を再開した。


「私の方から連絡することはありませんし、テストまで自習にしましょうか」

「あ、あのウィリアム先生」

「何ですか、グランシャーさん」

「お時間があるのなら、少し相談したいことがあるのですが」

「構いませんよ。何でしょう?」


豊かなブロンドの髪を靡かせる彼女、グランシャーは女学生らしく美容に気を遣っている生徒の一人だ。

数学の成績はまずまず、どちらかと言えば勉学よりも恋や部活に懸命な彼女を、ウィリアムは一人の生徒として大事に思っている。

元よりウィリアムはたくさんの生徒からたくさんの相談を受けることが多い。

その大半は休み時間や放課後を使うことが多いけれど、今の空いた時間ならば時間潰しにもなるだろう。

この場で良いのか思案するけれど、グランシャーは席を立つこともなく意を決したように口を開いていた。


「やっぱり男性は可愛らしい人がすきなんでしょうか?」

「…なるほど」


ウィリアムは今この場にいないアルバートの席を見やり、すぐに視線を彼女に戻した。

勉強、進路、友人関係や家族関係、そして恋愛相談。

持ち込まれる相談の中で最も程度の低いそれは、ウィリアムの得意とする範疇ではない。

人身掌握には長けているし人の心もある程度察することは出来るけれど、根本的に恋愛感情というものが理解出来ないのだ。

ウィリアムにとってルイスとは恋慕う相手ではなく、最初から愛情だけを向けている特別な存在だった。

改めて恋について考えることもなくただひとつ真っ直ぐな愛だけを抱いているのだから、ウィリアムは今までに恋をしたことがない。

ルイス以上の存在がいるはずもないし、望んでもいないからだ。

恋愛相談と銘打ってはアピールしてくる生徒も何人かいたが、全てのらりくらりと交わしてきている。

だが彼女、グランシャーの目当てはウィリアムではないだろう。

彼女は翡翠色の瞳を持つ次期伯爵たるアルバートを分かりやすく好いている。


「グランシャーさんは見た目を重視するんですか?」

「そういう訳ではありませんけど…でも、やっぱり好みのお顔立ちはありますから」

「では、相手の男性も同じかもしれませんね」


二名ほどいないとはいえ、生徒が揃う教室内で堂々と私的な相談を進めるグランシャーもウィリアムも中々の胆力を持っている。

直前の詰め込みをしなければならないハドソンを含め、一同は静かに二人の会話に聞き耳を立てていた。


「恋愛を抜きに考えても、自分を磨いておいて損はないと思いますよ」

「でもそれがあのお方の好みではなかった場合、私はどうしたら良いのでしょう?」

「人の好みはそう簡単に変えられませんから、相手の好みに合わせてみるのも一つの手かもしれませんね」

「好みに合わせる…」

「えぇ。勿論、自分の魅力をアピールして気に入ってもらえるならそれが一番です。まずは自分を磨き、相手に意識してもらうことから始めてみてはどうですか?」

「…そうですね」


ウィリアムとて当たり障りのない返答ができる程度には恋愛に関する知識がある。

ただそれに実感がこもっていないだけで、十代そこらの学生ならば問題なくあしらえるのだ。

手入れのされた唇から、アルバート様、という声が聞こえてくることに些か複雑な気持ちを抱きながら、ウィリアムはますます自分磨きに懸命になろうとするグランシャーを見た。

奥深いアルバートの考えはウィリアムでさえ全てを把握しきれていないけれど、それでも彼女に興味を持つことはないことくらい分かる。

未来はどうあれ、少なくともこの学園にいて彼の近くにルイスがいる以上、彼女がルイスを超えた存在になり得る可能性は皆無だ。

アルバートはルイスのことを弟としてではあるが、特別大事にしているのだから。

彼女のアピールを悪気なく交わしてしまうアルバートの姿を思い浮かべながら、ウィリアムは応援の言葉を口にした。


「全然実感こもってねぇよな、今の回答」

「…どういう意味ですか?ホームズ君」

「リアム先生、恋人の顔すきだろ」


シャーロックがしれっとそう言い放った瞬間、一部の生徒から驚愕の声が響き渡った。


「せ、先生彼女いるんですか!?」

「この前いないって言ってたのに!」

「いつからですか!?先生格好いいからいないのはおかしいと思ってたけど、信じてたのに!」


驚いていないのはモランとフレッドくらいのものだろう。

ジョンでさえ目を見開いているし、ハドソンは教科書を放り出して興味津々といった具合にウィリアムを見ている。

騒然とした教室に苦笑しながら、ウィリアムは戦犯であるシャーロックを見ては緩く微笑む。


「勝手に個人情報をバラすのは感心しませんね、ホームズ君」

「隠すつもりもないくせによく言うぜ」

「全く…それで、私がその人の顔がすきとはどういう根拠からくるんです?」

「いつもデレデレしてあいつを見てるから」

「…ってことはシャーロック、ウィリアム先生の相手が誰か知っているのか!?」


思わず、といったように口を挟んでしまったジョンの言葉に、大半の生徒は同意するようにシャーロックを見た。

アルバートに恋焦がれるグランシャーでさえ、見目麗しいウィリアムの相手がどんな人物なのか気になるのだろう。

大半に当てはまらないモランとフレッドだけが面倒な顔を隠さず瞳を閉じている。


「見てりゃ分かるだろ。おまえは観察力が足りねーんだよ、ジョン」

「それはおまえの観察力がずば抜けているだけであって、僕が腑抜けというわけではないと思うんだが」

「腑抜けだ腑抜け。リアム先生、普段の様子とは比べ物にならねぇくらい分かりやすいってのによ」

「そ、そうなのか!?」


息のあった会話を続ける221年B組の名コンビを他所に、ウィリアムは懐中時計を確認してもう少しで授業を始められるなと一人頷く。

病院で予約したルイスの検診時間もそろそろだし、問題なければ午前中のうちにはアルバートとともに姿を現すだろう。

何の異常もなければ良いのだけれど、とウィリアムが視線を時計から生徒達に向けると、ほぼ全員からの興味に満ちた視線を受け止めることになった。

一部の生徒からは落胆した雰囲気を感じるけれど、きっと気のせいだろう。


「先生、恋人の顔がすきなんですか?」

「私に自分を磨くようアドバイスしてくれたのも、先生が見た目を重視するからなのですか?」

「ふふ。ホームズ君の言葉をあっさり鵜呑みにするのは良くないと思いますよ」

「でも先生、シャーロックの観察力は凄まじいものがありますし、そうであるならやっぱり先生が恋人の顔をすきな可能性は高いかと思うんです」

「…そうですね」


戦犯のシャーロックはしたり顔でウィリアムを見ており、他の生徒の大半も同様にウィリアムを見ている。

授業に逃げ込めれば良いのだろうが、まだあと五分は残っているのだから難しいだろう。

仕方ないかと、ウィリアムは恋人ではないけれど愛しい想い人である弟について考える。

顔がすきか嫌いか、二択で答えるのならば迷いなく前者だろう。

他にもたくさんの要素はあるけれど、ルイスの顔立ちは間違いなくウィリアムの心を擽ってくる。

血を分けた実の弟だからか、よく似ている兄弟だと評価されたことは数え切れないほどあった。

だが、整っているがゆえに冷淡に見えるウィリアムとは違い、ルイスはウィリアムよりも瞳が大きいせいでどこか幼さと甘さが感じられるのだ。

幼く見えて可愛らしいと言えば、きっと本人は不服そうに頬を膨らますのだろう。

それを宥めていると怒りを持続出来ずに浮かんでしまう笑顔が、ウィリアムは一等すきだった。

見ているだけで心擽られるその顔が、ウィリアムの一挙手一投足で軽やかに色を変えてしまう様子は何より好ましいと思う。

それが周囲には決して見せないウィリアムだけの特権なのだと思えば尚更だ。


「…顔立ちは勿論すきですよ。誰かをすきになる上で、顔は重要なフォクターですから」

「み、見た目が第一ってことですか!?」


先生がそんな人だとは思わなかった、というような悲鳴が聞こえてきそうだ。

けれどルイスの顔がすきなことは否定出来ないし、シャーロックの観察力はウィリアムでさえ信用しているのだから、彼がそう評価しているのであれば客観的に見てもウィリアムはルイスの顔を特別好いているのだろう。

当然、他の部分にも愛しい要素はたくさんある。

自分だけを頼りにしている様子には男としての矜持が刺激されるし、良いところを見せてもっと頼ってほしいと思う。

自分にしか見せない仕草にはルイスの内面に触れているような優越感を覚え、ますます彼を囲ってしまいたいと思う。

いつも一人で気を張り詰めていた自分に対し、忖度抜きで純粋に慕ってくれる様に何度救われたか分からない。

ルイスがいてくれたおかげでウィリアムは孤独から救われ、生きる目的が出来たのだ。

それは今も昔も変わらない事実だった。

以前は離してしまった彼の手を、今度は絶対に離さないと決めている。

ウィリアムにとってルイスとは恋人などというチープな単語で表現出来るほど簡単な存在ではないし、互いの関係をひけらかしたいような軽い人間でもない。

けれど、こういった内容で盛り上がれるほど平和な現代社会では、ある程度の話題を振り撒くのも必要なのだろう。

ウィリアムは秘めておきたい大事な想いを、ほんの少しだけ生徒達に分け与えることにした。


「見た目が第一とは言いませんが、相手の顔がすきというのは大切なことです」

「先生は顔より中身が大事とかそういうことお利口なこと言うんだと思ってたのに…!」

「中身も勿論大切だと思いますよ。でも、顔がすきならこちらも努力出来るでしょう?」

「努力?」

「たとえば、先生は相手の笑顔がすきです。拗ねて怒る顔もすきですが、いつでも笑っていてほしいと思う程度にはあの子の笑顔がすきですね。だから先生はあの子がいつでも笑っていられるよう努力が出来る」


あの子の悲しむ顔を見なくて済むよう大事にしたいと思うのだから、誰かをすきになる上で顔は重要なファクターですよ。


そう言って微笑むウィリアムの顔はとても慈愛に満ちていて、今ここにいない「あの子」を想っているだろうことがよく分かる。

シャーロックが言っていた、デレデレした顔というのもやはり間違っていないのだろう。

今のウィリアムは締まりのない顔、とまではいかないけれど、とても緩んで穏やかな表情を浮かべていた。


「…大事な人なんですね、その人は」

「えぇ。他の何を差し置いてでも、私を証明する上で大切な人ですね」


照れるでもなく、恥ずかしがるでもなく、ウィリアムは至極当然のことだと言わんばかりに堂々と肯定する。

興味本位の冷やかしが出来る雰囲気でもなく、生徒達はただただ圧倒されるばかりだ。

あのウィリアムに、悲しむ顔を見なくて済むよう最大限の努力をして大事にしてみせると、そう宣言させるほどの人間。

そんな感情を抱かせる相手がいることにも、そんな感情を抱くほどの愛を持つウィリアムにも、大半の生徒達は驚いていた。

けれどその言い分はどうしてだか理解出来てしまうものだ。

そう思えるほどの唯一無二の相手と出会えることが出来たのならば、きっと幸せなことなのだろう。

多くの生徒は心に染み渡る言葉を胸にしまい、シャーロック含む三人はそっと視線を逸らして胸焼けじみた感情を飲み下していた。


「…ちなみに、そのお相手は具体的にどんな人なんでしょうか…」


大半の生徒が知りたくても聞ける雰囲気ではないと、そう考えてヤキモキしていたことをやってのけたのは数学の小テストがピンチであるはずのハドソンだった。

おずおずと、けれども思春期の女学生らしく恋愛めいた話には首を突っ込まずにはいられないと言わんばかりに瞳をキラキラさせている。

よく聞いたハドソン、という生徒達の心の声が聞こえたウィリアムはもう一度手元の懐中時計に目をやった。

そうしてゆったりと微笑み、ハドソンの方を見ては己の唇を人差し指で軽く押さえる。


「…内緒です」


とても一数学教師には見えない妖艶な雰囲気を纏わせながら、ウィリアムはくすりと笑みを浮かべている。

平和の象徴たるこのクラスで存分に惚気てしまうのも悪くないが、愛しい想い人のことは秘密にしておきたい気持ちの方がよほど大きい。

万一にでもルイスだと知れて興味を持たれてしまうような下手を打つつもりはないけれど、それでも可愛い弟の愛しい姿は自分だけのものなのだ。

これ以上を他の誰かに自慢出来るほどルイスは安くない。

ゆえにウィリアムはもう一度、これ以上は内緒です、と穏やかに微笑む。

そうした次の瞬間、一限開始のチャイムが教室内に響き渡った。




(えールイスさん、久しぶりですね。調子はいかがでしたか?)

(特に問題ありません)

(それは良かった。…ところで、後ろの人はどちら様で?)

(兄様です)

(兄です。いつもルイスがお世話になっております、先生)

(そ、それはどうも…こんにちは、お兄さん)


(…ルイスさんのお兄さん、あんな人だったかなぁ…?)


(アルバート兄様、今日は付き添ってくださりありがとうございました)

(いや大したことではないよ。検診結果も問題なさそうで良かったね、ルイス)

(はい。これでウィリアム兄さんの過度な心配もなくなると良いのですが)

(それは難しいだろうね。ところでルイス、今から学校に向かっても授業を邪魔してしまうだろう。次の時限まで少し時間を潰していかないかい?)

(はい。兄様とゆっくり過ごすのは久しぶりですね)

(そうだね。さぁ時間がなくなってしまうし、早くお茶にしようか)