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大谷篤蔵氏の遺稿集『芭蕉 晩年の孤愁』

2020.11.13 02:56

http://bokyakusanjin.seesaa.net/article/125447262.html 【大谷篤蔵先生の遺稿集】

故大谷篤蔵氏の遺稿集『芭蕉 晩年の孤愁』(角川学芸出版、2009年8月)が、没後13年にして出版された。

大谷篤蔵氏の学識と人柄は、俳諧を学ぶ者のみではなく、周囲のすべての人が慕っていたという。近世文学会の二次会だったと思うが、私をはじめとする、数人の若い研究者たちの中に、突然、大谷先生がニコニコとやってこられて「若い人たちと話そうかな」と座り、場がパっと明るくなったのを憶えている。

 私が助手であった昭和60年、近世文学会をQ大で開催したときに、閉会のあいさつをされたことも印象に残っている。前日の3次会が福岡屋という「客に仮装して踊らせる店」で行われ、W先生のおてもやんや、H先生のカルメンなど、すごい演目が続いて、大喜びしておられたが、そのことにも、行ったものだけがわかるようにチラとコメントされていた。

 とにかく、先生が挨拶されたり、談話の中心にいると場がなごむし、さわやかな風が吹く。現在関西で活躍している俳諧の研究者の方で、大谷先生の影響を受けていない方がいないだろう。どなたにうかがっても、素晴らしい先生だったというに違いない。

 俳諧研究の泰斗であられた大谷先生は、しかし生前自説を論文で述べることが少なく、大きな論文集を刊行されることがなかった。『俳林間歩』(岩波書店)、『芭蕉連句私解』(角川書店)だけである。それがまた先生らしかったのである。

 今回、ご子息の大谷俊太氏が「あとがき」を書かれているが、胸を打つ文章である。淡々と書かれているのだが、父上への限りない尊敬と愛情が感じられる。篤蔵先生が論文集の出版を考えていなかったことについて、「書き残す執着が乏しかったのだと思う」と書いている。「俳諧」の精神にふさわしく、「「言い捨て」にとどまるをよしとも」した。「父がこよなく愛した「俳諧」が、父の寡作を許容したと言えるかもしれない」と。「しかし、より根本的には、父の人生は「余生」であったからではないか」と、さらに俊太さんは筆を進める。具体的な事情については、ぜひ本書について読んでいただきたい。そうだったのか、なるほどなあ、と思わせられた。「余生」と「俳諧」との幸福な出会いの上に、篤蔵先生の人生と学問が成り立っていたのではないかと俊太氏は述べている。

 それにしても、その俊太さんが、父上の学識と人柄をそのまま受け継いでいるように見えるのは、私ばかりではないだろう。俊太さんだからこそ書けたすばらしいあとがきである。

 さて、早速講演録「俳諧の学」とタイトルにも採用された「芭蕉晩年の孤愁」の二つを先ず読んだが、篤蔵先生の語り口が聞こえてきて、なんとも心地よい。そしてやはりハッとするようなことをおっしゃっているし、実に巧みに語り進めている。勉強になった。他の文章もこれから読むのが楽しみである。

https://kanzanshi.seesaa.net/article/a29450158.html 【大谷篤蔵氏の本】

大谷篤蔵『芭蕉 晩年の孤愁』(角川学芸出版、2009.8)を漫読す。

月報などに書かれた小品を多く集めたものだが、中身は濃い。

中でも「広瀬旭荘の『追思録』」に、胸を打たれぬ人はおるまい。

旭荘という幕末豊後日田の詩人は、相当な癇癪持ちであった。

ために最初の奥さんにはすぐに逃げられたほど。そんな旭荘が迎えた

二番目の奥さんは、14年間の結婚生活ののち、29歳の若さで亡くなる。

時に旭荘35歳。彼がその妻との思い出、その死にいたるまでの闘病・

看病の様子を克明に綴ったのが、この『追思録』である。

旭荘が妻に対してやっていたこと、それは現代でいうDV

(ドメスティック・バイオレンス)そのものである。癇癪を起こして

妻にすぐ手を挙げてしまうが、そのあとは深い自己嫌悪に陥り、

モーレツに反省する。

とにかく感情の振幅が激しい人であったらしい。

15歳という若さで、この激情家の夫に嫁いだ夫人の苦労は察するに

あまりあるが、その言動はあくまで健気で、愛おしい。

闘病生活末期。湯浴みをさせるとて衣服を脱がせた夫人の、まさしく骨と皮だけの体を見て、旭荘は「胸を撲ちて」慟哭する。

その旭荘を門人たちが助け起こし、ときには気付薬まで飲ませる。

それから妻が没するまでの四十日間、一日として泣かぬ日はなかった。

それを見て妻はいつも笑って、「女房の病気に泣く男子がある者か」と

慰めたという。

むろん、夫人も泣いた。しかしあきらかに、旭荘のほうが多く泣いていた。

 ※  ※  ※

ちなみに中野三敏先生は、本書の「洒落本礼讃」を推しておられました。

洒落本が本当に分かっておられるのが分かると。

こちらもぜひご一読。


http://lib.kyoto-wu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA91213959 【芭蕉 晩年の孤愁】より

内容目次情報

内容情報

ふかい学識と俳諧のこころがおりなす近世の文人、詩人、俳人、儒者たちの人間ドラマ。多年にわたる論考より二十四編を精選収録する碩学の遺稿集。

目次情報

  ・ 俳諧の発句

  ・ 芭蕉と学問

  ・ 琵琶湖の時雨

  ・ 郢月泉巴人

  ・ 秋成初期俳諧資料二三

  ・ 蕪村二題

  ・ 閑院様の桜

  ・ 蕪村と歌舞伎評判記

  ・ 蕪村と北風来屯

  ・ 風月荘左衛門『日暦』中の綾足

  ・ 河野恕斎が事

  ・ 三浦乾斎と兼葭堂

  ・ 図ひつ『掫觚』

  ・ 広瀬旭荘の『追思録』

  ・ 一鼠宛蕪村書簡その他

  ・ 十万堂来山資料

  ・ 『虎渓の橋』註続貂

  ・ 洒落本礼賛

  ・ 大阪の川

  ・ 古寺

  ・ 薄紅梅

  ・ すっぽん・鍋島

  ・ 俳諧の学

  ・ 芭蕉晩年の孤愁