いちごに恋して
#百合
「来週までに、さっき指定した問題集のページをこなしておくように」
えー、と不満の声が教室中に響いた。
「小テストもするからそのつもりで──じゃあ、日直号令」
追い打ちを掛けるように言ったそれに対するブーイングは受け付けないぞ、と言わんばかりに終業を示す鐘が鳴る。
クラスメイト達は、教室から去っていく先生の際どい頭頂部をジッと睨みつけていた。
私は短い溜息をつきつつ教科書類を鞄にしまい込む。それから、スマホを手に取り彼女からの連絡が入っていないか確認をした。
「今日日直だから、帰るの遅くなっちゃうかも」
可愛いスタンプと共に送られていたそれを見て思わず微笑む。こういう可愛いところが本当に愛おしいんだ。彼女にとっては何気無いことなのかもしれないけれど、私は自分と正反対な彼女のそういうところが大好きだった。(もちろん全部好きだが)
「了解」と返事をして、遊びに行く約束だとか部活が面倒臭いだとか言うクラスメイトを横目に教室を後にする。何かお菓子でも買っていってあげようかと、誕生日に彼女から貰ったお気に入りのイヤフォンを耳にさして購買へと歩いた。
「ん、」
今日は何だかお菓子が全然無いな。購買に着いた私は首を傾げた。
何かイベントとかあったっけ……というか今日って何日と考えながらスカスカになった棚を物色。残っていたお菓子の中には彼女が好きなお菓子が残っていた。喜んでくれるかなと思いながらそれを買い、彼女の教室へと向かった。
すっかり寒くなって制服のセーターを手放せない季節がやって来たなぁ、なんて。日が落ち窓に反射した紅く染まる空を見てふと思う。彼女が好きだからといちご味のお菓子を買ったけれど、やっぱりあったかい飲み物とかの方が良かったかな。色々考えているうちに教室へ辿り着いた。
そっと扉を開き中を覗くと、こちらに気づいた彼女が心底嬉しそうな笑顔で駆け寄って来た。
「にこちゃん! 帰ったんじゃないの!?」
「苺を置いて帰るわけないでしょ」
彼女は、ふわふわのツインテールを揺らしながら私に抱きつく。ふわりと香る甘いオードトワレの香りが心地いい。
「にこちゃぁん……好き」
「はいはい、私も好きよ」
私だけにしか見せない顔と甘い声で甘える彼女の頭を撫でながら、教室に一人しかいないことに違和感を覚えた。
「苺一人?」
「うん、嶋田くんはね職員室に持って行く重い荷物持ってってくれたから。私が日誌書いてるの」
「そっか、」
疲れたよぅと駄々をこねる彼女に、「これ食べるでしょ」と先程買ったばかりのお菓子を見せる。
「食べる!」
元気が出たのか、跳ねるように顔をあげ、私の腕を引き自身の席へと連れて行った。私はそのまま彼女の前の席に向かい合うように座る。
「はい、どうぞ」
「ありがと〜」
そして一本ずつ食べながら、ゆっくりと日誌を書き進める。私はツイッターを見るふりをしながら、チラチラと可愛い顔を眺めていた。
「今日ポッキーの日なの知ってた?」
「え、そうなの? 適当に買ってきたから知らなかった」
「嘘、私にこちゃんと食べたいから誰からもポッキー貰わなかったのに」
「じゃあ丁度良かったね」
「うん、ありがと」
もぐもぐ頬張る彼女は、ふと何かに気づき顔をあげた。
「あのね、にこちゃん。私気づいちゃったんだけど、これ効率悪くないかなぁ」
「何が」
「ポッキーを食べるでしょ、日誌書くでしょ、んでまたポッキー食べるから顔あげるでしょ。首振り運動じゃん」
「苺、もしかしてそれは」
「うん! にこちゃんに食べさせて欲しいな♡」
「もう……しょうがないなぁ、」
私はとことん、彼女に甘いらしい。
「ちょっと待って……はい、」
私はお菓子の端を咥えて彼女に差し出した。
「ぇ、あ、にこちゃん!?」
「ほら、口開けて」
そのまま彼女の口に入れ、二人で少しずつ食べていく。彼女は恥ずかしくなったのか、目を合わせようとしない。
焦れったいなと思って、私はポッキーを折りそのまま彼女に口づけをした。
「ああ、これじゃ結局日誌書けないね」
「……に、にこちゃん、」
「顔真っ赤じゃん」
彼女の顔は、今日の夕日くらい真っ赤だった。
「誰かに見られたら恥ずかしいでしょ……もう」
「可愛かったからしょうがないよ」
「何それ!」
「まぁまぁ」
宥めるように口へお菓子を入れてやると、落ち着いたのか日誌の続きを書きながらこう言った。
「にこちゃん、大好き──さっきのはびっくりしたけど」
「私も」
「え、それだけ。にこちゃんもはっきり言ってよ」
苺はこういうところはハッキリと言いたいし、言われたいタイプだということを忘れていた。好きじゃないわけがない。けれどやっぱり直接言うとなると照れがある。(口で言うのと行動することは、私にとってちょっと違うのだ)
「うう……だ、大好きだよ」
自分で確認はできないししたくもないが、きっと私も顔が赤くなっていることだろう。
「こういうとこは乙女だよね、にこちゃん」
「それは言わないで」
やっぱり彼女には敵わないな。
誤魔化すように口に入れたお菓子は、いつもよりも甘く感じた。