「日曜小説」 マンホールの中で 3 第四章 6
「日曜小説」 マンホールの中で 3
第四章 6
「爺さん、見つけたよ」
珍しく善之助の家に入ってきた次郎吉は、少し興奮気味であった。
「次郎吉、何かずいぶんの久しぶりな気がしたが」
「ああ、だいぶ来れなかったな」
「その間に街の中は大混乱だよ」
善之助は、テレビで見た、というよりは、テレビで見た他の老人たちからの話などを聞いて、まるで見てきたような臨場感で話をした。次郎吉は静かに苦笑した、何しろ目が見えない善之助が見てきたような話をするのはなかなか興味深い。それだけ老人会の中に人々の中には、目で見たものを事細かく詳細に、そしてかなり詳しく言葉で説明できる人がいるということになる。
それにしてもなかなかうまい説明だ。善之助は元は警察官でありその後議員をやっている。そのために様々な経験がありまた人前で話すのも上手い。そのために、その話の臨場感は素晴らしい。テレビで見た画面というよりは、実際に川上の家で銃撃戦になり、その後、車が逃げたことなどは、手に取るようにわかる話し方をしていた。基本的には次郎吉が山の上から見たものとほとんど同じである。
「それで郷田は捕まったのか。爺さん」
「いや、それが郷田は全く姿がなかったんだ。それどころか川上も全く」
「川上は車で逃げたのでは」
「いや、実はその車も捕まったんだよ。町はずれの国道で。しかし、川上の弟という男が郷田の部下と一緒に乗っていたのだが、川上本人は全くいなかった。それどころか、あの川上の家からもどこからも、まるで煙のように完全に姿を消してしまったんだ」
「煙のようにね」
次郎吉は、その臨場感たっぷりの善之助の言葉をそのまま繰り返した。何か面白かった。特に時田からは多分マンホールの中に入って逃げていると聞いていただけに、煙のように空に昇るものに例えて話をしている善之助はなかなか興味深いということになる。
「で、次郎吉さん。何を見つけたんだ」
「何って、鍵だろ」
「鍵」
善之助は、すっかりと自分が何をしていたのかを忘れてしまっていた。そもそも、今回の話は善之助が老人会でもらった猫の置物をなくしたというか、いつの間にか、会館の物置からなくなってしまっていたことから始まっている。その猫の置物が三つあり、そしてそれに対応する宝石があり、そして、それを手がかりとして、戦中戦後に、陸軍の東山という将軍が「一億層特攻」の名のもとに、この町が上陸してきたアメリカ軍との戦場になることを見越して隠した財宝に関して調べることになったのである。
しかし、善之助は、そのことをすっかり忘れてしまっていた。いや、忘れているというよりはそれらのいきさつを忘れさせてしまうくらいインパクトのある川上の家の銃撃戦であったのだ。
だいたい、その銃撃戦の前には、町の中の裁判所が爆破されている。裁判所は今もなお警察による現場検証が行われており、ガラス窓もすべて吹き飛んだ黒い煤と埃にまみれ、まだ血の跡も生々しい無残な姿をそのまま残している。まさか、その爆破には時田や鼠の国がかかわっているなどとは言いようがない。世の中ではすべてが郷田や川上が仕掛け、そして町を破壊していることになっているのである。いずれにせよ、町が破壊されている。そのことは、まぎれもない事実なのである。
「ああ、東山財宝のことだな。次郎吉さん、今ではその東山財宝を使って街を立て直さなければならないかも知れないではないか」
善之助はやっと思い出したように東山の話をした。そしてその内容が、アメリカ軍ではなく郷田・川上と街の善良な人々との間の戦争というような発想になっており、そしてその立て直し、まさに街の復興に、東山財宝が重なったのである。
「まあ、そうだね」
次郎吉は、なんだか久しぶりに思える善之助の家の缶コーヒーを手に取りながら、そういった。そして懐からカギを五つ取り出した。もちろん、剣岳の山頂展望台から持ってきた鍵である。そしてそれをわざとテーブルの上でコツコツと音を立てて一つずつ音を鳴らしながら置いた。特に心地よい音ではないが、しかし、真鍮の重たいもの硬質の木材に当たる固い音が、部屋の中に小さく響いた。
「鍵が五つか。音が微妙に違うのだな」
次郎吉には五つのカギが全て同じに聞こえた。目が見えないというだけでほかの感覚、特に耳の感覚がよくなるという話は聞いたことがある。しかし、全く同じ材質で同じ形状のカギの音が、微妙に違うというのは、さすがに次郎吉にはわからない感覚であった。
「音が違うのかい、爺さん」
「ああ、一つ目は軽い音がする。二つ目は響く音が低い。三つめは木の方の響き方が違う。こつんという音よりも金属音の方が響く。四つ目は重たい。真鍮ではなく鉛が入っているような響きだ、五つ目は高い音の響きが心地よい」
次郎吉は聞いて、その順番通りにもう一度やってみた。確かに言われてみればそのような感じがするものである。普段何気なく感じていることがいかにいい加減なのか。なかなか興味深い。
次郎吉は、小さな紙を作ると、そこにその特徴と番号を振って各々のカギにつけた。このようにしないと、現場で困ると思ったからだ。
「で、この鍵が東山財宝のカギか」
「ああ、たぶん」
「どこにある」
「たぶん朝日岳の上の御殿といわれる……」
「神様が下りてくる場所か。まあ、被害者も将軍ならば考えそうなところだ。それにあそこならばアメリカ軍が川下から攻めてきても、それまでに砦を築いて防ぐことができる。何しろ、古代、まだこの日本が神様がたくさんいたころ、あの朝日岳に神が下りてきたといわれている。天照大御神とか高貴な神は高千穂に来たらしいが、普通の神々や天照大御神とあまり関係のない里の神なんかは、あの朝日岳御殿に降りてきて、あの開けた場所に御殿を設けたという。そして、その朝日岳御殿で地上を見回しどの里に下りるか、見ながら、自分の治める場所を御殿の中で神々が話し合ったとされるんだ」
「なるほど、そんな伝説があるんだ」
「ああ、そうだ。この町はそのように神と関係のある街だから、だから東山将軍はこの町を選んだのであろう。いや、神の里を守るというのではなく、神々が下りてくるほど峻険な山が多く、また、町を守りやすい地形にあったということだと思う。もちろん、東山将軍のような有名な将軍の思考をたどるのは難しいが、しかしそのようなことは予想できるのではないか。」
「爺さんやるじゃないか」
善之助はなんとなく嬉しそうであった。次郎吉は素直にこの善之助という爺さんの考え方はなかなか面白いと思った。確かに次郎吉などの発想で言えば、当然に「盗む」つまりこちらから能動的に動くという考え方になる。それに対して、善之助などの警察官は、捜査という意味では能動的に動くものの、それ以外の事、警備や泥棒から品物を守るということに関しては、全て受動的だ、つまり、泥棒や犯罪者の行動を予想して、それに対して対処をするしかないのである。
今回のことも、川上の家のところではその予想をしていた。しかし、その予想以上の反撃が来たから、警察側の被害が大きくなったということになる。裁判所の爆破に関してはその予想もしていなかった。それどころか、外から助けに来る、または、せいぜい郷田が自分から逃げるということは考えていたので、裁判所の中で防御を固めていた。そのことから、裁判所内に多くの警備の人や警察官がいて、その警察官が被害に遭ったということになるのだ。実際に聞いてはいないが、善之助の知り合いの警察官や警備員なども被害に遭ったのかもしれない。しかし、次郎吉はそこまで深く入り込む気はなかった。
「まさか、まあ、でも警察の時分にな、そのようなことを考えて警備計画を立てたことがある。それに、まああまり選挙とか行かない次郎吉さんはわからないかもしれないが、私の短い議員生活の中でも、そのような主張をしていたもんだよ」
「へえ、そりゃ御見それしました。」
少し沈黙が流れた、善之助はきっと自分の昔のことを思い出しているのに違いない。今回、善之助が警察官だったらどのような行動をとっていたであろうか。そのように考えれば、様々な感慨が生まれてくるものである。
「さて、で、これからどうしたらよい」
「爺さん、まずは俺が本当に五点にあるかどうか見てくるから、そのあと一緒に宝を見に行こうと思う」
「なるほど。目が見えない私があの山の上に行くのか」
「ああ、それだけじゃなく小林の婆さんも連れて行ったらよいと思う」
「まあ、宝石はもともと小林の婆さんのものだからな」
その通りである。
「爺さん。カギを探すのに宝石を使ったことは内緒にしておいてくれ。気が付かないうちに、裁判所に返しておくから」
「ああ、そうだな。それで、その後小林さんを探して見に行くのだな」
「それまでに、郷田と川上の情報を集めておいてくれるか」
「ああそうだな」
次郎吉はそういうとまた鍵を懐にしまって闇の中に消えていった。