支持される人になれないと思ってた。でもそれは自分が本当にやりたいことの為に必要なことだった
いつも失敗を恐れててうまくいくにはどうしたらいいか考えてた
考えてみたら小さい頃から少ない友達を大切にしてた
今でも思い出すのは、小さい頃病気で殆ど幼稚園に行けず、協調性もなく、トロい私は小学校の頃からグループ分けとかよくわかんなくていつもどうしていいかわからずポツンと残り、先生が人数の少ないところに
”この子を入れてあげて”
と入れてもらうも、そこの子に
”先生が言うからしょうがないから入れてあげるけど、本当はあんたと一緒なんてやなのよ”
↑
これを言った子は男の子だったけど、こんな言葉遣いをしていた…(´・ω・)
そしてスネ夫の様にその子にごまをすって
”そーよ!ありがたいと思いなさい”
と言っている女の子が、わたしにはジャイアンとスネ夫に見えた…
だから、私にとって学校は良くわからないところだった
でも上級生には可愛がってもらい、いつも可愛い可愛いとしてもらってた
でもひとたび学校のクラスに行けば、日常的にあるイジメや、母の愛のない言葉
私はその中で唯一心から楽しみながら生きていけるのをケーキに見出した
唯一人が喜んでくれるものがそれだったから
みんなに好かれてないと思ってたけど、ケーキだけは喜んでもらえて、それだけはいつも何かあるたびにお小遣いの中から器具を買い、材料を買い、誕生日のケーキを作ってた
会社員になり、パティシエ業だけでは開業費用が貯められず飛び込んだ営業職
がむしゃらだったし必死だった
女性としては異例の、サブリーダー、リーダー、サブマネージャーと昇格して車両長という役割もした。
上司は契約が取れない社員をいつも私の車両に回してきて、白岩車両は最初、終着点かと思われていたけど、厳しいけど、その社員が力を発揮できるあらゆる方法で一緒に臨み、どんな契約でも、絶対に私が決めるから
あなたじゃなきゃ決められないお客さんがいるから
そのことだけ考えてやれることをやってこい。
そう言ってスパルタながらも契約を取るまでとにかく現場に送り続けた。
時には見本で契約を取ってきたりもした
ロープレも本人がいいイメージがつくまで納得するまでずっとつきあった
結果、私の車両はいつも全員その月一本も契約を取れてない社員にもかかわらず、全員オーダーでいつも帰宅していた。
だから私の車両は怖いけど笑、オーダーは絶対に上がる
みんなそう確信して乗っていた
でも、私の車両で取れるようになると他の車両にお呼びがかかり、またオーダーがとれなくなる
ある日、女上司の車両はトップセールスマンツーマンが勢揃いの車両、私の車両はみんな他でボロボロにされて今にも辞めるかわからない子達の車両編成だった
くだらないと思うかも知れないけど、絶対に見返したかった
それは私がじゃなくて、この車両に乗った子たちに自信をつけさせるために
結果は全員オーダー
トップセールスマン車両は全員オーダー未達成
そんなこんなで営業という仕事を通して、やれば何でもできるということを学んだ
でもその後、様々な事情で事務職についた先の会社は倒産寸前
前任の秘書さんとかは逃げ出した後で引き継ぎすらない中初の事務職を、会社の立て直しから、銀行との折衝、支払先への謝罪等
人がいなかったのでなんでもやった
そして会社がやっとこ社員を持てるほどゆとりが出てきて雇った女性社員からの過剰な嫌がらせがはじまった
このころ私は気力だけで仕事をしていたけども、気力さえも精神的苦痛により持たなくなった
またこのころに出てきたのは、
”私なんて人から認めてもらえないんだ”
死にたかった
だから人に支持される人間なんて考えたこともないし、間違いなく無理だと思ってた
今だって正直そういう気持ちがある
でも
私が誰かの役に立ちたい
そう思うときに、私を信じてくれる人の存在がとっても必要だということ
それに私は見えていなかった
いつもさりげなくコメントをくれたり、いつもいいねをしてくる少しでも自分を応援してくれている人を
私は、いつもみんなに生かされてるんだ
一人で生きているわけじゃない
いつも誰かが私の鏡となってくれている
そして私もその誰かの美しい鏡であなたをより美しく照らせるように
私も大好きな誰かを生かすために自分のできることを
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