修羅ら沙羅さら。——小説。63
以下、一部に暴力的な描写を含みます。
ご了承の上、お読みすすめください。
修羅ら沙羅さら
一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部
夷族第四
かくてかさねて偈に頌して曰く
いきをひそめて
もうすでに
わたしはみつめた
ぼくらはほろびたにちがいない
そのすゐてき
もうすでに
すゐのとうめい
うみはかれたにちがいない
すゐ、きれいなみづ
もうすでに
すゐのつぶが
あれののぶどうは
つぶらにも
さいがけちらし
あなたのかたのさきにふるえて、それが
ねこたちがむさぼり
すべるおちる一瞬の
ちょうがどこかへ
その一瞬のまえに
まいそうした
いきをひそめて
もうすでに
わたしはみつめた
いきものなどもう、すべてもう、ずっとまえからほろびさっていたにちがいなかった
かクに聞きゝ8月12日雨の音激シき午前にみていたのだった壬生寝臺によこたわレるゴックがみていたのだった腹部に唇をふレかくてみていたのだったゴックが手ノ壬生が頭をなぜたルを感じき壬生みていたのだったすデにして目をみていたのだった閉じたりきかクてみていたのだった、それら
めをとじてなおも
極彩色の翳りの
死者たち…
雨鳴り半ば開けたる窓の向かふに潤ミ潤ひたる氣色おびたダしくもみていたのだった雨鳴り響きて壬生みていたのだった耳と肌にのみ雨の降りシきるを知りきかクてみていたのだった雨の音激シき午前にみていたのだった壬生寢台にみていたのだったよこたわれるゴックが腹部にみていたのだった、それら
肉に、骨に、變形の肉ら、奇形の骨らの
自在な生成に
咬みつく死者たち…
舌をはわせかクてゴックが唇にかスかなる笑ひ聲たちたルを感ジき壬生におうすでにシて目をにおう閉ジたりきかくてにおう雨鳴り半バ開けたる窓の向かふににおう潤ミ潤ひたル氣色おびタだシくも雨におう鳴り響き響き渡りて壬生におうのだった、あきらかに
それら死者らの血と肉の
くさった匂いら
耳と肌にのミ雨の降りシきるを知りき迦久天雨ノ音激シき午前に壬生寝台によこたわレるゴックが腹部にスこし齒をふレかくてゴックが腹部をすこシ齒に咬ミかくてゴックが腹部にスこし齒をあて匂ひきそれみヅからの唾液の又ゴックが肌の匂いのまざりタるにも感ジき壬生すでにシて目を閉じたりきかクて雨鳴り半ば開ケたル窓の向かふに潤み潤ひたる氣色於毗多陀斯ク裳雨鳴り響き響き渡りトどろキて壬生耳と肌にノみ雨ノ降りシきるを知りきかクて頌シて
あなたに話そう
最初は明らかに
まさに
あきらかにたわむれ
あなたの爲にだけ話そう
稚彦の肌を知ったのは
あなたにはゆたかなにおいがする
夢のようにも
わたしは思った
うつくしい少年
あなたのはだには
知性の無い、むしろ
わたしはささやく
狂暴に笑う、濁音の
くさいよ
うつくしい少年
笑ったあなたの聲を聞いた
ふたりであそんだ
うそだよ
稚彦の家の
笑った、そして
稚彦の爲だけの部屋に
みだれた息に
壁の子供用五十音表
あなたが笑うのを
ふいにじゃれはじめた稚彦が
わたしは聞いた
わたしのそれに手を突っ込む
目を閉じたままで
確認したいの?
あなたが笑っているのを
わたしは笑う
知った。眼を、それでも閉じた
だれも他に居なかった
そのままで
わたしは笑う
あなたが笑った一瞬をわたしは
性の目覚め?
耳に聞いた。わたしは想いだしていた
わたしは稚彦の爲にだけ
最初に学校で顔を合わせたとき
五十音表の下で笑んだ
あなたはすでに逸らした目の
貪るように
端の隙間いっぱいにわたしを
弄り翫ぶ稚彦の手が
見つめつづけた。かたくなに
握りつぶして仕舞うに違いない
自分からはわたしに言葉を
恐怖を感じた
告げられないまま、時に
わたしは彼を
極端に従順な
恐怖を感じた
家畜じみた?
つきとばし、そして
あるいは
彼のまなざしに
やさしい慈愛の母親めいた?
わたしをさらした
聲でわたしを見詰めながら答えた
聲を立てた
あなたは病んだ、と
うつくしい少年の
わたしは思った
狂暴なだけの口
もうすでに
濁音をわたしは
あなたは壊れた、と
耳に聞いた
わたしは思った
近づく稚彦の
他の多くの
頬を叩く
女のように
聲を立てた
休みの日の
うつくしい少年の
敎員だけのイベントで
狂暴な濁音
近くのグラウンドで遊んだ時に
彼の目の前に
その夕方のお茶会で
わたしをさらけだしながら
翳り。…青い
彼の爲に
大樹の横の靑に翳り
稚彦の爲だけに
私の前に座ったあなたは
性の目覚め?…狂暴な
怯えたように目を逸らす
うつくしい少年の知性の無い
わたしなど、そこに
性の目覚め?…その爲に
もとから存在しなかったように
立たせた稚彦を
虐待され、公然と
さらさせた。うつくしい
辱められているような目で
肌の色に、とめどもなく
怯えたように目を逸らす
すべてさらさせてしまいながら
わたしなど、そこに
わたしは見ていた。目を剝いた
もとから存在しなかったように
稚彦のただ
頭の上に、無數に垂れた樹木の蔦を
狂暴な、その
わたしは見ていた
眼差しを
なに?
濁音
わたしはささやく。あえて
唇に濁音、そしてそれ
あなたにだけ、わたしは
ながい長音
ささやく——なに?
息がつづくまで
なに?
後ろ手に
これ、なに?
わたしは稚彦に
なにって?
後ろ手に胸をはる事を強制して
この木、名前、なに?
ふれた
あなたは名前を知らない事を
稚彦に
そのときはじめて知ったのだった
性の目覚め?
胸と喉を
稚彦の
私にいっぱいにのけぞらして
思った。わたしは
見上げた頭の上の蔦に
稚彦の
あなたは聞いた
性の目覚め?
笑い声と共に、又は
彼の爲に
性急すぎる
彼にふれた
聲に焦燥させみだれさせながら
家に帰って
息遣い
恵美子は見た
あなたはみんなに聞いて回った
その日も、また、次の日
だれも名前を知らなかった
それから
知らない、とは
歸って來る度に
それでもかたくなにあなたは
手を洗い、執拗に
わたしに、知らない、とは
うがいをし、執拗に
あなたはかたくななまでに
手を、ないし
わたしにだけは謂わなかった
冬でもシャワーで体を流す
あなたは聞いた
少年の潔癖を
だれにも、かれにも
恵美子は見た
あなたの頭の遥かな上の
久生は吼える
葉の翳で鳥が
恵美子は案じた
聲を立てた
母親似の潔癖?
みじかく
久生は咬む