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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

修羅ら沙羅さら。——小説。64

2020.11.17 23:54


以下、一部に暴力的な描写を含みます。

ご了承の上、お読みすすめください。


修羅ら沙羅さら

一篇以二部前半蘭陵王三章後半夷族一章附外雜部

夷族第四


壬生が窓を開けたことを、壬生はゴックに秘密にした。ゴックがすでに気付いていたことを壬生は最初から気付いていた。押し開けられた窓の木枠がきしんで、…なに?と。

なに?

音を立て、みじかく一度だけ響き、…なに?と。

なにを?

吹き込んだ瞬時の外気が、まるでそこにだけ立った風が逢ったかのように、…風。

と。

いつでも、まるで新鮮な者のようにこころを擬態させて、風。

私が生まれる前から、ずっと前、南米大陸に白人がはじめて足をふれる時にも、釈迦牟尼が華を無數にふらせる時にも、人が二本足で立つ前からすでに

吹き続けていた、あるいは、それ

太古の風?…と、壬生は思い、部屋の中が急に、さっきまでまさに籠り、熱気に噎せ返り、飽和していたかのように擬態させ、その事実を肌にさとらせて壬生は、…なに?と。

なに?

ゴックは目かくしたタオルの生地の下に眼を閉じた儘に、…なにを?

と。

これから、何を?

壬生は誘うようにバルコニーに連れ出して、その狭さ。廣いとはいえない、狭くはない狭さ。すぐ目の間に手摺が見えて、それ、鐵の、花と葉と蔦をかたちどった絡まり合い互いにからめとりあったかのような、それは白い。塗られたペンキの、時にしたたった白い汚点が床に。…なにを?と。

知ってる、もう、なにも、と

なにを?

あなたのすきなように、なにも、と

なにを?

後悔?もはや、後悔など

なにを?…と。心にささやくままに、ゴックはもはや身をこわばらせるともなくに…見えるよ。

ゴックは云った。背後に、抱きしめるように添うた壬生に、背をのけぞらせるようにして身を預けて——見えちゃうよ。

と、ゴックは、…感じる?

と。

あなたの肌は感じただろうか?

いままさに、…光、と。

その光に直に

素手で?…と

ふれられてその

肌に温度は目ざめた…と、…光の

光の温度は——知ってる?と、壬生は——気付いた?と、心に、自分の心にだけささやき、——誰かいる?

ゴックがささやく。

——外に

と、

——いま外に誰かいるの?

と、壬生はゴックが身をこわばらせもせずに、ただ、寧ろ壬生に投げだし預け切って仕舞ったのを…なに?と。

なにを?

ゴックは、何をみてるの?あなたは、いま、

…誰と?

なにを見てるの?あなたは、いま、

…誰と?と、ゴックは、——誰もいないの?

ささやくゴックに壬生は

——いない?

答えもせず、むしろ

——誰も?

言葉さえ忘れた気がし、眼差しの右の下の方に、その、路面に、バイクに乗ったまま、出て來るべき誰かを待っている女がいたことは知っていた。女は、日焼け止めの、覆面とスカートと手袋とサングラスに、その人相の面影もなくて、…あなたも

あなただって。

と。

みあげた上方の他人の家のベランダに、全裸の女とほぼ全裸の男が、はだをさらして抱き合っているのを見、見上げ、…知ってる

あなたも、すでに、と。

壬生は不意に思いついた。…足の下に

ひくくなるバイクのエンジン音は

あなただって聞いていたのだ。まさに

あなただって聞いているのだ

いまも、…と、女は路上にそのふたつの肌を見詰め続けていた。家の中から待ち人が出て来て…娘?

壬生は、…娘?

それは…娘?

と。

どなるように娘にささやきその早口の終わらない間に娘の、後ろに乗りかけたまなざしは壬生たちを見上げた。その目の色は、同じく覆面とサングラスが隠しとおした。つけっぱなしのエンジンがふかされて、…訴える?

と。

ここに、侵入した強姦魔とその犠牲者が、恐れおののき方や勝利の恍惚をさらし、ここに物見していたのかもしれない。

訴える?

警察に?

誰に?…と、さわぐ?

騒ぎ立てる?…と、壬生は、思わず笑いだして仕舞いそうに、そしてバイクは走り出し、あやうく娘は投げ出されかけた身を治め、前の女の手袋の二の腕をつかむ。かくて偈に頌して曰く

   だれも見ないだろう

    と、わたしは

     すくなくともわたしは思った

      だれも

   もはや

    だれもわたしたちを見ないだろう

     物音は在った

      もしくは聲

   遠くに

    遠くとは言えない近く

     近くの

      脚の下の

   壁の向こうの

    聲——見てる?

     ゴックがささやく、——だれか

      みてる?…ゴックが、…だれか…——ね、

   誰もいない?

    ゴックは自分が

     その素肌が

      誰の目にもさらされえる

   剥き出しあることを知っていた

    なぜ?

     誰もいない

      なぜ?

   だれも、いま

    なぜ?

     私たちの裸身に眼を

      とどめるものは、——見えちゃうよ

   と、ゴックは、聲に

    怯えも——見られるよ、と

     慄き、もしくは羞恥——だれかに

      恥じらい?——見えちゃうよ

   ささやき、むしろ無邪気に

    じゃれあうような聲を

     なぜ?

      ゴックは唇のさきに

   なぜ?

    歌うように立てて

     知ってる?と

      わたしは私の心に——ね

   知ってる?ささやく、唇に、——ね

    知ってる?…綺麗だよ

     と、心に

      わたしは自分の…綺麗だよ、と

   心にだけ、——知ってる?

    ささやき、唇に——ね

     綺麗だよ、と

      わたしは、…知ってる?

   と、心に、殊更に

    秘密めかして

     心に、——知ってる?と

      唇に?——見てるの?

   ゴックは云った

    ささやき声で

     綺麗だよ、と、私は

      見てる?と、——見てる?

   誰か見てる?

    ゴックをなど

     眼差しは見向きもしないままに

      綺麗だよ、と、——誰が?

   見てるの?と、ゴックは

    飽く迄も

     嘘のようにも無邪気に

      誰が?…と

   ゴックのささやく聲を聞いた