0. Prologue(モテる人にはわかんないんですよ)
まあ、突然始め出すのもなんなのだが。
楢崎樹は高校二年生だ。
事情あって、妹と二人暮らし。しかし別に漫画みたいなピンクなお約束もなく、日々ダラダラと暮らしている。
顔はかなり整った顔立ちだ。だけどあんまり女の子にモテない。
いや、モテることはモテるのだが、すぐに振られてしまうのだ。
なぜかと言うと、普通は顔がいいだけで「格好いいわー、キャー」となるものなのだが、樹の場合はどうにも「顔はいいんだけどなあ……、なんかねえ……」というガッカリ感を持たせがちなのだ。
別に、樹が特別に怠け者だとか、変態めいた趣味を持っているというわけではない。
ただ彼氏彼女として、二人で一緒に下校する時などの会話一つにしろ、何かガッカリするのだ。
例えば、樹に掃除当番なんかがあっても、うきうきと彼女は帰りを待っていたりする。そして一緒に帰り始めると、ふいに樹が話しかけたりする。
「あのさ、昨日……」
「ん? なあに。樹くん?」
うきうきと彼女は恋人の顔を覗き込む。くっきりとした目のあたりも、綺麗なカーブを描く頬のラインも、綺麗な肌も綺麗な髪も彼女のお気に入りだ。
「みんなで納豆の話になってさあ」
へ?
「……うん」
トコトコ。
微妙にいくぶんゆっくりめになった足取りで、二人は駅に向かう。
「給食にでるわけじゃないから、納豆って、みんな家ではどうやって食べるのか普段わかんないだろ? 納豆に何を入れてるかってことになって、みんなネギとかカツオブシとかキムチだって言ってたんだけど、うちは砂糖なんだよ」
「……うん、え、砂糖?」
納豆に砂糖?
うん。
彼女の疑念をよそに、彼は続ける。
「納豆一パックにでかいスプーン山盛り一杯くらい、砂糖を入れるんだよ。そこに醤油を落としてざりざり混ぜてゴハンにかけて食べるんだけど、砂糖はその場で俺一人でさあ。みんなにそれ気持ち悪いとかザラザラするとかお前人間じゃねえとか言われたんだ」
はあ、と樹はため息をつく。なんかその肩は思いのほか落ちてるんですが。
そのあまりの落胆振りに、彼女はなんか微妙な気持ちで声をかける。
「……確かに珍しいけど、そんなに落ち込むほどのことじゃないんじゃない?」
たかが納豆の食べ方が、人とくい違うだけじゃないの。
彼女はそう、まっとうな感想を口にする。
「でもさ、砂糖で食べるのが当たり前だったから、しかも納豆と砂糖の組み合わせはうまいから、そんなに否定されるのがショックでさ。なんで食べたことのない奴らに、そんなに否定されなきゃならないのかと思ってさ……」
……。
また変な間が生まれる。
そんなこと私に言われても困るんだけどと思いつつ、彼女はとりあえず、この納豆が原因の重苦しい空気を払拭しなければならないと思い立った。ぶっちゃけ納豆なぞどうでもいいし。
てなわけで彼女は話を変えた。
「まあ、元気出して? それより昨日、ドラマの『愛と情熱と落胆』観てくれた?」
「え? ……あ」
「また? 先週あれだけ観てっていったのに!」
「ごめん」
申し訳なさそうに、あっさり謝る彼女の彼氏。
樹は記憶力があまり良くない。
ぶっちゃけ、興味が無いことに関しては特に。
「昨日もすっごくいい話で、すっごい泣けたんだよ。それに昨日はすっごく重要だったのに!」
「そうなんだ……」
強めにまくしたてる彼女に、なんだか困り果てた顔をする樹。彼女ははっとして気付く。今度は樹が「そんなこと言われてもなあ」という状況になっていたことに。
なんというか説明が難しいのだが、まあどこかこんな感じで、樹は大体の女の子と会話が微妙にかみ合わないのだ。
特にラブラブでいたい付き合い始めのしばらくの期間、そんな微妙な会話のやりとりや、微妙なメールのやりとりを繰り返して、彼女は思う。
「この人、悪い人じゃないんだけど、なんか私とは合わない気がするわ」
「なんだろう、この人と会っていると、どうしてこんなにつまらない感じが充満するのかしら」
「そもそもこの人は、私に全く関心が無いんじゃないだろうか……。ヤバいわ、考えれば考えるほどそんな気がしてきたわ」
で。
そんなわけで、しばらく経つと樹は知らない間に振られて、そしてまたしばらくすると誰かが近寄ってきたりするのだった。
だからモテはするものの、樹は根本的にはモテてないような気がするのだ。
「つまりお前は、見てくれはいいが中身がダメだってことだ」
樹の男友達の原田は、そう言って箸をこちらへ向ける。とりあえずマナー違反である。しょんぼり気分で樹は言い返す。
「……それって最悪なのでは。まだ逆のほうがいいんじゃ……」
「いやかえって、それは美味しいとこどりなのかもしれないぞ。いろんな女の子とちょっとずつ付き合えるんだからな! くそ!」
樹の力なき返答も聞かず、原田は腹立たしげにミートボールをかっこむ。それを見ながら、樹は自分で握ったおにぎりを飲み込んだ。
なんだか自分で握ると、おにぎりってやけに冷たい味がすると思うんだがとか思いつつ、喉の奥で微妙にひっかかっていたそれをペットボトルの玄米茶で流し、樹は一応反論してみた。
「いやあのさ、でもさ、なんか向こうからデートに誘ってきて、向こうが店とかルートとか決めて、こっちがお金払うことになるし。あっという間にお金が無くなるから、あんまり得している感じはしないんだけど……」
ダンッ!
もう一人の友人の佐藤は、力強く机に拳を叩きつける。このクセは、食事時は弁当箱が跳ねるので迷惑だ。
「いいじゃないか、お前なあ、モテる男も確かに大変だけど、モテない男のほうがずっと大変なんだぞ!」
「……そうか」
とりあえず頷くしかない昼休みの教室の片隅。
今は樹の『彼女がいない期』なので、男三人でもそもそメシを食べているのだった。友人二人は樹がいなければ二人でもそもそメシを食い、樹が振られると「やっぱりまた帰ってきたか」と無言で迎えてくれる。いい奴らである。
しかし人のモテ話になると、やや気が荒くなるのが人間というもの。佐藤はやきそばパンを握り締めながら叫ぶ。袋の中でつぶれたヤキソバがパンからはみだしていた。
「第一なあ、お前は贅沢なんだよ。女の子が隣にいてドキドキとかトキメキとかは無いのか! あー嬉しいなあとか思わないのか!」
え。
「……」
「何だその間は! 贅沢者め! 妹と二人暮らしってのだけでもムカつくのに! このシスタープリンセスめ!」
いやよくわかりませんが。
しかし、そうやって話が一段落すると、昨日のサッカーの話とか数学の宿題やったかとかアイドルの写真集の話とか、またいつものくだらない会話が流れていく。
なんだかほっとする、と樹は思う。昼食の消化もいい気がする。
とにかく、樹にはまだ男同士のほうが会話が成立するだけマシのような気がするのだった。女の子には告白されたら単純に嬉しいし、かわいいとも綺麗とも思うし興味もあるけれど、なにしろ基本的な会話があまり成立しないので意思の疎通が難しく、まるで異星人に一人で遭遇しているような、妙な心もとなさを感じてしまうのだ。
その証拠にここに来ると樹は、なんかまた地球に戻ってきたなあ、という感じがするのだった。
けれど思う。
またきっと、旅立たなければならない時が来るのだろう。どうせ自分に女の子からの告白を断ったりすることなんてできないのだから。
なんだか純粋な罪悪感があるし、うっかり真面目に断ったりすると女子集団での総スカンをくうことは、小学校時代から学習しているのだ。
ともあれ、そんな彼が一人の女の子とつきあい出すところから本格的な物語は始まる。
彼女と彼がいかにして何時出会ったのか。そしてどうなったのか。
長くて面倒なのでその辺は全部はしょる。どうせ聞いてて楽しいもんでもないし。