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「宇田川源流」 【大河ドラマ麒麟がくる】延暦寺の焼き討ちをしっかりと書いたドラマは珍しいのではないか?

2020.11.24 22:00

「宇田川源流」 【大河ドラマ麒麟がくる】延暦寺の焼き討ちをしっかりと書いたドラマは珍しいのではないか?


 毎週水曜日な「大河ドラマ麒麟がくる」について話をしている。今回のドラマは非常に良く書かれているのでなかなか興味深い。

「麒麟がくる」について言えば、今回は友めない延暦寺焼き討ちの処を詳しく書いている。実際に、今まででなんとなく延暦寺焼き討ちを扱ったドラマはあるが、その中で朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)との関係や正親町天皇(坂東玉三郎)と比叡山の主・天台座主覚恕(春風亭小朝)との対立などをしっかりと書いたものは少なかったのではないか。大概の場合は「織田信長(染谷将太)が信仰心が薄く、残酷な人間で延暦寺のありがたさや当時の価値観を全く理解しようとしなかった」というようなことで終わっている。それまでの信長の中のこころのかっとうや、朝倉との間の様々な問題、そして、京都に入っての価値観の狂いなど、様々なところに齟齬が生じて、最終的に延暦寺を焼き討ちするしかないという感覚が書かれていなかった。今回はそのことがしっかりと書かれていることに非常に面白みを感じる。

基本的の信長は一人の人間である。その信長の生い立ちや明智光秀(長谷川博己)の経験など様々な人間が生きている間にはさまざまな考えをもって生きているのである。その中でその考え方や感じ方が異なる人々が出てくるのであって、その感じ方によって、そしてそれまでの経験や育ち方によって、その時の反応が異なるのではないか。

戦国時代とはいえ、当時はまだ科学の発展がすくなく、そこのことから様々なことが神や仏の仕業と考えられており、神や仏を粗末にしたものは、それなりの罰が当たるとされていた時代である。そのような時に、当時の延暦寺を「僧侶」や「仏門」というような先入観をなしに人間関係や経済的な内容で判断したということがなかったらどのようになっていたのであろうか。

信長という人物はそのような「先入観で物事を判断する」とか「常識ということをあまり考慮しないで考える」ということができる人物ではなかったか。

【麒麟がくる】長谷川博己の殺気立つ芝居 演出家が明かす「チャレンジしていた」

 NHKで放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』(毎週日曜 後8:00 総合ほか)。22日に放送された第33回の放送後、ツイッターに「正義の般若顔は初めてです。驚いた」「演技を超越して明智光秀公そのものとして考え生きてるんだなぁとしみじみ感じてしまう表情」「今日の光秀様は鬼気と迫力が凄くて表情にたくさん滲みでていました」などといった投稿が見られたように、長谷川博己が演じる主人公・明智光秀の表情が印象的だった。

 四方を敵に囲まれ窮地に立たされた信長(染谷将太)が、ついに比叡山延暦寺に急襲をかける。これに、光秀も加担。「第33回は光秀が鬼になる回ということで、感情的な一つのターニングポイントをどう表現するか、長谷川さんもチャレンジされていました」と演出を担当した一色隆司氏は明かす。長谷川の表情を的確に捉え、光秀の心情を繊細に伝えるために「いろいろと議論しながら撮影しました」と振り返った。

 第33回では、信長と朝倉・浅井との戦が膠着状態に陥り、和睦の道を探るため光秀は朝倉義景(ユースケ・サンタマリア)と対面する。義景に、潮時ではないかと説得する光秀。そこで、黒幕は比叡山の主・天台座主覚恕(春風亭小朝)であることを察した光秀は、覚恕に目通りさせてほしいと義景に願い出る。

 まず、印象的だったのは、覚恕に目通りした時の光秀の表情の変化だ。若い女をはべらせて酒を飲んでいる初対面の相手の本質を見抜こうと冷静に対峙する光秀。覚恕が容姿の美しい兄・正親町天皇(坂東玉三郎)への強い劣等感を語りだした時は、ちょっと面食らっている感じもあった。やがて、自分が手に入れた領地や寺社や商いを奪い取っていった信長が憎い、「我に返せ」と迫る覚恕を目の当たりにして、光秀はがっかり。私利私欲にまみれた俗物、信長がひざまずくに値しない人物であることがわかり、怒りを顕にする。

 次に印象的だったのは、覚恕と手を組んでいた上、二条城で松永久秀(吉田鋼太郎)と筒井順慶(駿河太郎)が顔を合わせるよう仕組んだ摂津晴門(片岡鶴太郎)に対し、「古く悪しきものがそのまま残っている」「信長様の戦は終わらない」と糾弾した場面。古い利権に絡む人々を倒さないと理想の国はつくれない。平和のためには戦うしかない、と腹をくくったような顔を見せ、摂津を震え上がらせた。

 そして、比叡山攻めだ。信長は、比叡山にいる僧兵や雇われ兵だけでなく、武器を持たない人々も「皆、斬り捨てよ」と命じる。光秀は、“皆殺し”に抗議するも止められず、葛藤の末、藤田伝吾(徳重聡)ら自身の家臣たちには女子どもは見逃すよう指示して、敵に斬り込んでいく。

 演出の一色氏は「これまで平和な世をつくれる人物は誰かと考えてきた光秀が、第31回の金ケ崎からの退却戦で、戦のない世の中をつくるために、今は戦をせねばならぬときなのだと悟り、この第33回で摂津や覚恕の『古き良き都』は破壊するしかないと決断し、信長の比叡山攻めも肯定して、自ら鬼となることを決意します。それは、光秀という人間にとって退化なのか、進化なのかわからないけれど、光秀が進んでいく次の段階を示すことになるのは間違いない。長谷川さんも光秀の中で何かがキレたような表現をしたほうがいいだろうと、意識して撮影に臨まれていました。これまでで最も憎悪や嫌悪に満ちた顔を見せていたと思います」。

 歴史的に有名な比叡山焼き討ちを戦闘シーンだけでなく、正親町天皇と覚恕の兄弟の確執という大きな背景から、生活苦で身売りに出された妹を取り返したいという少年・平吉(込江大牙)のような足元にまで目を向けて描いた第33回。そして、光秀は比叡山で残酷になりきれなかった。

 一色氏は「女子どもまで皆殺しという信長の命令に背くところまで描いているというのは、いろんな状況の中で、自己矛盾は出てくるけど、光秀の本質は変わらない、ということだと思うんです。本能の変に向かって、脚本の池端俊策さんはもう見えているんだなって、感じがしています。実際はこうだったのかもしれないと思える本能寺の変になると、僕は期待をしています」と、話していた。

オリコンニュース 20201123

https://www.oricon.co.jp/news/2177467/full/

 史実のところはどうであろうか。延暦寺の焼き討ちに関して言えば、その前に「志賀の陣」など、あまり歴史小説では見ることのない話が様々なところで出てきている。足利義昭の文書により三好三人衆などが再度動き出し、摂津の野田・福島城で戦をしていた、信長の本体がそのようにして動きができなかったときに、浅井・朝倉連合軍が琵琶湖を南下して京都をうかがったというところである。

この「志賀の陣」で織田信長は自分の信頼する弟であった信治・信興や家臣の森可成、坂井政尚といった武将を失う結果に終わった。一方の義景は、信長を追い込みながら、豪雪のために撤退することになり、領土を得る事はできなかった。また、延暦寺はこの戦いにおいて信長の通告を無視して浅井・朝倉方についた。ちなみにこの時明智光秀は自分の部下が戦死したことに対して現在の大津の西教寺に寄進している。兵士一人一人の名前を書いて成仏をお願いするのはかなり異例であったといわれる。またこの時に信長から派遣された佐久間信盛があまり戦わなかったことから、後の佐久間信盛の放逐につながることになるのであるが、なかなかドラマなどで書かれることはない。

信長からすれば、自分が摂津で戦っているときに背中を任せられる弟や武将を失ったことを、どれだけ悔やんだかわからない。実際に、その時の恨みは非常に大きなものではなかったかと思う。今回の大河ドラマで書かれている延暦寺への憎悪以上の「怨念」を持っていたのに違いない。延暦寺の焼き討ち伏線にはそのような「信頼関係を壊した仏門」というものが、そのまま「人の幸せを願うものではない」ということにつながったのではないか。

実際に今回、明智光秀も、ドラマの中で全国を放浪していない。そのために若いころに延暦寺で学んだなどの描写はなく、他の武将と同じ感慨しか延暦寺に対して持っていないような感じになってしまい、延暦寺の焼き討ちそのものが本能寺の変の伏線となるには弱い感じがする。そのために生活苦で身売りに出された妹を取り返したいという少年・平吉(込江大牙)のような人物を出さなければならなかったということになるのではないか。

人間というのは「目の前で親しい人が死んでゆく」という光景を見たときに、何かが人間の中で変わるものである。それは災害であっても、また戦争であっても同じことであろう。「失う」ということの辛さやそのことを乗り越える心の葛藤をどのように考えるのかということが、一つのテーマなのではないか。それが育ちや環境、置かれた立場、それらのところで、そのつらさを乗り越える反応が変わる。復習するものもいれば、同類のものまですべて排除するというようなことまでいる。逆に包容力を持つ者もいるであろう。そのような「人間の違い」を縮尺で見せてくれているのが大河ドラマなのではないか。