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演劇集団 東京直角街

薄い交わり、せめて書き留めるの巻

2020.11.28 13:24

カフェの2階の席で、執筆していた。


お話を書きつつ、周囲の様子も気になったりして、なので周囲のことも見つけ次第、同時並行で書き留めた。




入店して20分。


店内には、ゆったりとリズムに乗れるようなテンポの洋楽が流れている。


階段から、靴音が聞こえてきた。


1階から上がってくるその靴音が、完全に洋楽のテンポの裏打ちのタイミングで刻まれていて、思わず音のする方を見てしまった。


ハイハットのように正確な裏打ちだ。


音楽好きの陽気な人が姿を現すかと思っていたら、ベージュのコートを着た、いかにも庶民的なおばさんだった。


リズムに乗っている様子は微塵もない。


全く意図せず、完璧な裏打ちのリズムで階段を上がってきたのだろうか。


音楽の才能があるのではなかろうか。


おばさんは、奥の席に座って、文庫本を読み始めた。


ものすごい才能の持ち主が、それに気づかず、誰にも気づかれず、カフェの片隅で読書をしていると思ってみると、浮き足立ったような感覚になった。




入店して30分。


隣の席におじさんが座った。


コーヒーとパンが1つ、トレーに乗っている。


おじさんは、かなりの音を立てながら、それを食べ始めた。


パンを一口食べて、コーヒーでそれを流し込む。


噛む時の力が強いのだろう、咀嚼のたびに歯と歯がガチン、と当たる音がする。


コーヒーを飲む時は、ズズズッ、と、日本茶のすすり方で飲んでいる。


そして、飲み込むたびに、

「ああ〜」とため息のような声を上げる。


家のようなリラックスの仕方だった。


ああいうものの食べ方になったら、僕もおじさんになったということだろう。


いつまでも、端正に、美しく、食事をしていたい。




入店して1時間。


メガネをかけた、半袖シャツにジーンズの若い男が座った。


メガネには、黒と黄色の縞模様の、ナイロン質のチェーンがついていた。


男のトレーには、同じ種類の菓子パンが3つ乗っていた。


『裏社会の殺人鬼』というタイトルの、コンビニでしか売っていないような漫画を読みながら、菓子パンをすごい勢いで平らげた。


飲み物は飲んでいなかった。


熱帯にいる昆虫やカエルが出すような警告色を出しているような感じがして、観察は極めて慎重に行った。


菓子パン3つを食べ終えて、僕の前を通り過ぎる時、男は、小さく鼻歌を歌っていた。


生態がすこぶる気になった。




入店して1時間30分。


白髪で短髪の60代くらいのおじさんと、長髪で髭をたくわえた30代くらいの男が入ってきた。


ぽつぽつとした会話を聞いていると、どうやら親子らしい。


「このアイスちっちゃいなあ?」息子らしい男が会話の糸口を作っていた。


「そうだなあ」父親はかすれた声だ。


「でもあれだな。ネズミはなんでも食うなあ?」息子はややパンチの効いた話題を提示した。


「あいつらは噛み切れればなんでもいいんだよ」父親が答えた。


ネズミの話も、2人にとって共通項らしい。


そんな、はたから聞いていると耳をそばだててしまうような話題を、2人は、声を潜めることなく喋っていた。


紙コップ1杯のジュースとお菓子くらいは経費で落ちる、だとか、巨人が弱すぎる、だとか、クリスマスはチキンのひとつも食べたい、だとかの話の中に時折、お母さんの病状がどうだとか、兄ちゃんとは未だに連絡を取っていないだとか、そんな話も聞こえてきた。


ぽつぽつと、ひと通り話を終えた2人は、長い沈黙のあと、店を出て行った。


「明日は?」息子が尋ね、

「明日は、5時起きだ」と父親が答えたその会話だけ、2人の行きがけに聞こえた。




その後もしばらく執筆を続けていたが、ふと思い返して、全くの他人の人生が、一瞬だけ、カフェという場所で薄く交わり、またそれぞれの行き先へと散っていく諸行無常な感じに、急に胸が締めつけられて、バタバタと店を出た。


なぜ店を出たくなったのかはよく分からないが、店の外が思いのほか寒かったことは確かだ。


薄い交わりを、せめて文章にして残しておこうという試みで、とりあえず書き留めた次第である。


この辺で擱筆。

写真は「アンコールワットって他の階は別の会社が入ってたのか。」