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演劇集団 東京直角街

天井は人の下に造れず

2020.12.02 12:30


「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉があるが、「天井」はどうかと、ふと考えた。


天井は、人の下には存在し得ない。


上から天井を見下ろすことはできない。


上から見たとしたら、それは、床である。


それが誰かにとっての天井だとしても、その上に立っている人にとっては天井たり得ないのだ。


下から見上げているうちは、「天井」という言葉は、具体的に、(多くの場合)床と平行に、その部屋の上面についている部分を表している。


しかし、天井が覆っていない空間に出てみると、「天井」は抽象的な言葉へと昇華して、そこで初めて、天井は、見上げた先にしか存在することができないことに気づく。


そうやって、言葉は、水のように、時間や場所によって自由にその定義を伸び縮みさせて漂っている。


言葉の持つ意味と、その言葉自体の存在が、時として交わらないままに、言葉は漂っている(「明日」という言葉が日記に書かれていたとしたら、その日記が過去のものになるにしたがって、「明日」の元々の意味からは遠く離れていく)。


自由に形を変えて時代をひとっ飛びできる、言葉になってみたいと思った。


気が変になったわけではない。




ちなみに、全く別の話だが、「てんじょう」と「てんどん」が、極めて近似した「天井」と「天丼」という漢字表記であることは、漢字の神様の遊び心だと思っている。


少なくとも、天丼は、「丼」という漢字よりも先に存在していたことはなさそうなので、最初に「天丼」と命名した人の遊び心かもしれないが。


「もしご飯の上に天ぷらを乗せたこの食べ物を「天丼」と名付けたら、「天井」みたいな字面になって面白いな」と考えてのことだとしたら、その人とは話がしてみたい。


が、やはり、「いずれ人間は、ご飯の上に天ぷらを乗せた食べ物を生み出すだろうな。その時に、漢字が「天井」に似た「天丼」という名前にしたくなるように、こういう漢字を作っておこう」と、中国人や日本人に紛れて、実は全て計算づくで漢字を生み出していた漢字の神様の仕業と思わざるを得ないというのが、正直なところだ。




やはり、今日は、少し気が変になったのかもしれない。


この辺で擱筆。

写真は「甘々むすめ。」