ぬえ教授の不思議なおはなし Chapter.4
5年ほど前の話です。
仕事の関係である田舎に行きました。隣の家が500m以上あるくらいの田舎で、転々と家が建っているような山間の地域でした。
車を走らせていると、あるT字路の角に建つ家の前に、一人のおばあさんが立っていました。ボロボロの髪で、汚れてくすんだ黄色いチェックのセットアップスーツを着ていました。目を大きく見開いて、フラフラと動き回っています。
そのおばあさんは車が通り過ぎるたびに、通り過ぎた車を後ろから覗き込むような仕草をしていました。
そのときは田舎特有の変な人だろうくらいに思っていました。
お客さんのところでの用事が1時間ほどで終わり、また田舎道を戻って行くと、まだそのおばあさんがいました。明らかにおかしい。1時間も同じ場所で通るを覗いているなんて正気ではありません。
お客さんのところから帰ろうとするとそのT字路で一時停止をしなければなりません。怖くなった私は、少し急ぎめにそのT字路を抜け、足早に離れました。
3週間ほどして、またそのお客さんのところへ行く用事ができたので、その田舎へ向かいました。そんなことがあったのをすっかり忘れ、またあのT字路に差し掛かりました。
立っているのです。
あのおばあさんが。
ボサボサの髪で、同じ服で、同じように車を覗き込んでいました。記憶が蘇りますが、その道しかお客さんのところへ行くことはできません。恐怖を抑えてなんとかその道を通りました。
その日は3時間ほどかかってしまい。外も少し暗くなってしまいました。疲れのせいかT字路が近づくまでおばあさんのことは忘れてしまっていました。しかしあたりも暗くなったような山に近い田舎です。まだ立っているとは思いませんでした。
立っていました。
ずっと覗き込んでいたのです。私が来る前も、私が来た後も、私が仕事をしている間も、そして今も。ずっと通る車を覗き込んでは、また次の車を覗き込む。
怖くて仕方ありませんでしたが、その日も何とかそのT字路を通りました。どう考えても異常です。
このお客さんを引き継いだ先輩に尋ねることにしました。
先輩曰く、そのおばあさんは先輩がそのまた先輩から引き継いだ5〜6年前からずっと同じようにそこにいたそうです。また、先輩が引き継いだ時に、そのまた先輩もおばあさんが車を覗き込んで来ると言っていたそうです。怖かったそうですが、何度か行っているうちに特に害もないので、気にしなくなったとのことでした。
しかしどうにも気味が悪いので、次に行く時にお客さんに聞いてみることにしました。
前回行った時から1ヶ月ほど経って、またお客さんから連絡があり、また向かうことに。
あのT字路には当然のように、おばあさんが立っていました。
大きく目を見開いて、ボサボサの髪で、セットアップのボロボロのスーツを着て、フラフラと歩いては、通る車を後ろから覗き込む。いつも通りの全く同じ行動。怖い気持ちを堪えて、お客さんのところにたどり着き、仕事の話をしました。
仕事の話がひと段落したので、おばあさんについて尋ねました。最初は渋っていたのですが、あまりに私がしつこかったのか、色々と教えてくれました。
この周辺で、あのおばあさんは有名人だそうです。
もうかれこれ40年間、ああやって通る車を覗き込んでいるのだとか。
なんでも40数年前、この地域で女の子が誘拐され、殺される事件が起きたそうです。誘拐された時、トランクに押し込まれ、遠く離れた山で殺害・遺棄されました。犯人は大学生の男でした。
そして、その女の子というのが、T字路に立つおばあさんの娘さんだというのです。
事件直後からおばあさんは精神を病んでしまい、自分が犯人を見つけなければならないと使命感に駆られ、トランクを覗きこんでいるのだとか。そして、犯人が捕まってからもずっとその呪縛から解かれずに、ああやって犯人探しをしているそうです。
悲しい事件の被害者であった同時に、今もまだその呪いに振り回されているおばあさんをかわいそうに思いました。それでも怖いことに変わりありません。お客さんのところを出た私は、またあのT字路で止まることになりました。
いつものようにおばあさんが通りゆく車を覗いています。そこで初めて気がついたのですが、おばあさんの口が動いているように見えました。何かを言っているように、パクパクと動いています。
なんと言っているのか気になった私は、そのおばあさんが覗き込んだ時にバックミラーを観ました。
見開いた目はバックミラーを見ており、口元はこう繰り返していたように見えました。
「おまえだ」
あれ以来、そのお客さんは後輩へ引き継ぎました。
今もまだあのT字路に立っているそうです。