室内の掲示物・ABC理論
当たり前の事を、バカになって取り組む。
当庵、常設展示室に掲示しています。
「何でも本気(バカ)になって取り組むと、元気とやる気が起こり、真剣さや誠実さが他人へ伝わる様になる。」
これは、私が以前、仕事で教訓にしていた言葉です。やるべき事は、余分な感情を抱いて消極的にならず、何でも本気(バカ)になって取り組めば、自然とモチベーションが上がり、元気とやる気が出るものです。
ネガティブな思考をする前に、感情を締め出して本気(バカ)になり「行動」すれば、相手に真剣さや誠実さが伝わります。
余談ですが、誠実の反対は「不実」です。不誠実には悪意がありますが、不実は「悪意は無いが誠意に欠ける行い」を言います。
不実とは「行動しない事によって相手に誠意が伝わらないこと」を意味します。
ゲーテの格言集に「不実」という言葉が多く使われ、ゲーテ詩集にも「不実な若者」という詩があります。自分は悪いつもりが無くても、相手に誠意が伝わっていない場合がよく有るものです。人それぞれに尺度が違います。自分の尺度が正しいとは限らず、相手の尺度で考え、相手の気持ちに寄り添う「前向きな行動」が大切です。
つまり、行動すれば相手に誠意が伝わる事が良くあります。
また、「不作為の作為」という不適切な事犯も耳にします。それは「意図的にやるべき行為を怠った作為」が引き起こす不祥事のことです。
単純に「バカになってちゃんとやる」行為には、実は「高尚な理論」が隠されています。
それが、1955年にアメリカの心理学者「アルバート・エリス」が、提唱した論理療法「ABC理論」です。
A:(「出来事」に対し)
当たり前のことを
B:(「考え方」を前向きに)
バカになって
C:(「結果」として)
ちゃんとやる
大切なのは、「B」の(考え方)です。ネガティブになるかポジティブになるかは、考え方次第です。全て行動の分かれ道は「考え方次第」にあります。
〇「意識」より「認識」で行動する。
〇「負の学習」より「正の学習」。
例えば、赤信号待ちをしている母子の前を信号無視をして行く車が有った場合、思わず「ぶつかる危ない!」と思ったにもかかわらず、結果は、事故にも遭わず車が行き過ぎて行ったのを見て、子供の心に「な~あんだ信号無視しても、事故に遭わないじゃ無いか!」と言う誤った感情が生まれた場合、それが「負の学習」です。
正しい考えは、「事故に遭えば、1トンの鉄の塊(かたまり)が無残に人の体を破壊する」という当たり前の事です。
「端折(はしょ)っても構わない」・「面倒くさい」等の「負の学習」は、何れは重大な事故につながるものです。
小さなミスを疎かにすると、大きな事故に繋がるのは「ハインリッヒの法則」や「割れ窓の理論」でも言われています。
つまり、誤った「考え方」をすれば「間違った結果」が生じます。
「ABC理論」は、精神レベルを上げる方法です。
人は、イライラせず心穏やかに、思い遣りと優しさを忘れないことで豊かになります。
大切なのは、
〇笑顔で相手の気持ちに寄り添う「優しさと親切心」
〇前向きな「やる気と自信」
〇愚痴や悪口を言わない「感謝の心」
です。
それによって「考え方」から悪しき感情を締め出し、精神レベルが上がります。
人が感情だけで行動するなら、きっと、負の感情・好き嫌い・都合の良し悪し だけで行動するでしょう。行いは、Bの「考え方」次第です。
D・カーネギーも、ローマ皇帝マルクスアウレリウスの言葉「我々の人生は、我々の思考が作りあげるもの」を引用して、
愉快な考えをすれば愉快になる。
惨めな考えをすれば惨めになる。
と諭しています。
人が「やる気」を出すには、負の感情を締め出し、理性的に行動することです。
つまり、ネガティブ思考では、ネガティブが生み出す結果しか生じないのは当然です。
私にとってABC理論ほど単純な教えはないと思っています。
物質的に豊かになった此の時代、悲観主義が生み出す悲惨な事件が日々報道されています。
※古民家ギャラリー懐古庵では、少しでもお役に立つ先人の「良い教え」を、若い世代に伝承したいと考えています。