谷川岳(「魔の山」と呼ばれる峰へ
https://yamanekoforest.sakura.ne.jp/noyamaaruki/tanigawa080802.html 【谷川岳(「魔の山」と呼ばれる峰へ】(前編)より
「魔の山」 - 標高2000mに満たない谷川岳がそう呼ばれるのは、その群を抜いた遭難者の多さによるとされています。資料によると、統計を取り始めた昭和6年から数えて780人を超える登山者が遭難死しているとのこと。世界中をみてもこれほどの犠牲者を出している山は他にないそうです。(ちなみにエベレストでの遭難死は178人だそうです。)
この山はなぜこれほど多くの命を奪ってやまないのか。それは険しい岩壁と複雑な地形、それに変化の激しい天候が相まって、しばしば人間を寄せ付けない冷酷な姿に豹変するから。そうなるとその前では人間の英知は無力に等しいということなのでしょう。特に一の倉沢の岩壁は絶望的ともいえるほどに峻厳で、風雪の中、頂きを雲に隠したその姿は禍々しくもあります。にもかかわらず多くのクライマーがここに挑んでいきます。まるで何かに魅入られたかのように。それが魔の山と呼ばれる所以なのかもしれません。
そんな厳しい表情を持つ谷川岳ですが、南側の天神平から天神尾根沿いに登るルートは中級者向けで、季節と天候さえ良ければ気持ちの良い山歩きを楽しむことができます。特に夏山シーズンは多くの登山客で賑わっています。
仕事はいよいよ忙しさを増し、文字どおり心を亡くしそうになってきたので、ここはひとつ前から登りたかった谷川岳で心身ともにリフレッシュしてこようと思います。夏の山を彩る植物にもたくさん会えるでしょう。もちろんこのルートでも天候しだいでは危険と隣り合わせであることは心しておかなければなりませんし、事前の準備はしっかりと整えて臨む必要があります。
午前5時半、ドリーム号とともに出発。新目白通りを北上し、練馬から関越道へ。夏休み中ということもあって、車の量は多めのようです。
埼玉県と群馬県を縦断し、水上ICで一般道へ。この辺りは利根川の源流部で、両側に山が迫り、刻まれた谷も深いです。JR上越線の土合駅(鉄道好きでこの駅を知らない人はいないのでは。)の先に、谷川岳ロープウェイの乗り場があります。山の斜面を利用して建てられた6階建てのビル型駐車場で、その最上階から乗り場へと続く通路が延びていました。このロープウエイの先の天神平は有名なスキー場で、ここは関東一円からやってくるスキー客の駐車場としても活躍しているのです。
谷川岳ロープウェイ土合駅
8時50分、ロープウエイ乗り場に到着。すでに多くの登山客が天神平へ向かったようです。yamanekoも次々にやってくるゴンドラの一つに乗り込み、標高750mから一気に1321mの天神平を目指しました。所要時間は約10分。あっという間の空間異動です。
天神平からの谷川岳
9時10分、天神平駅に到着。下界とは明らかに違う気温。清々しい高原の空気を胸一杯に吸い込むと、ここで一日ゆっくり過ごすのもいいかなんて思ったりもします。でも、遠く遥か上空からこちらを見下ろしている双耳峰を眼前に臨むと、これから行くから待っていてくれよと気持ちがはやってくるのも確かなのです。
谷川岳山頂
この双耳峰はもともと「二つ耳」と呼ばれていて、この西にある俎嵒(まないたぐら)を谷川岳と呼んでいたのだそうです。これがいつからかは知りませんが地図表記の誤りによりこの双耳峰を谷川岳と呼ぶようになったのだそうです。
写真左のピークは「トマノ耳」(「手前の耳」が訛ったもの)、右のピークは「オキノ耳」(「奥の耳」が訛ったもの)と呼ばれています。標高はトマノ耳が1963m、オキノ耳が1977mです。
リフトで天神峠へ
山頂へは、ここ天神平から歩き出すルートもありますが、それは帰りに通るとして、往きはここからリフトで1490mの尾根まで上がります。そこから谷川岳までの尾根筋は「天神尾根」と呼ばれ、谷川岳登山の表通りのようなものです。
リフトの両脇には花がいっぱい咲いていて、早くもテンションが上がってきました。ざっと見渡しただけで、ヨツバヒヨドリ、トリアシショウマ、クガイソウ、ヤマアジサイなどなど。シモツケソウのピンクも一段と濃いようです。そして約7分後、標高差170mをあっという間に稼いで天神尾根に到着しました。時計は9時30分を指しています。天神平では散策目的で訪れた人もいてカジュアルな服装の人も見かけましたが、さすがに天神尾根の上には登山装備をした人ばかり。みな準備運動をしたり靴の紐を結びなおしたりしています。
Kashmir 3D 登山ルート
今日のルートは、まず天神尾根の最も低い鞍部(天神平からのルートの合流点)に向けて下っていき、そこから山頂を目指してひたすら登っていきます。鞍部の標高は1400mです。足場は決して良くはなく、鎖場や両手を使って岩場を登るようなところもあります。またヤセ尾根のような場所もあって、それなりに緊張感があるのです。
リフト終点から
さあ、当方も靴の紐を結び直して出発です。正面には目的地の谷川岳。その手前にはこれから歩く尾根が続いています。次々に湧いては消える白い雲が山頂付近にまとわりついていて、そのせいか山頂はここからだと遥か遠くにあるように見えます。本当に行って帰ってこれるのか(やや不安)。
ミヤマシャジン
歩き始めは岩場の尾根道。低木と草本のみで視界を遮るものはありません。
さっそく目についたのは、薄紫色の花冠をモビールのようにぶら下げたミヤマシャジン。涼しそうな花です。
クロヅル
ツル性で辺りを覆っていくクロヅル。この姿からニシキギ科ときいてもピンときませんが、花をよく見て切るとマユミなどに似た雰囲気があります。ただし、こちらは5弁ですが。
シモツケソウ
鮮やかなピンクのシモツケソウ。さっきリフトの脇で存在をアピールしていた花です。
短い夏を謳歌するように、そして短いからこそ美しく咲くのかもしれません。
ヨツバヒヨドリ
ヨツバヒヨドリの葉は輪生します。花は全体としてもっさりしていますが、これは細長い筒状の花がたくさん寄り集まったもの。髭のように飛び出しているのは雌しべの花柱の先端部分で、先は2つに分枝しています。
イワオトギリ
次なるはオトギリソウの高山型であるイワオトギリ。葉を陽にかざすと明点や黒点が透けて見えます。ちょうど盛りの頃ですね。
歩き出しても花が両側にいっぱいあるので、なかなか進みません。早くも10時が近づいてきているというのに。
ヤマブキショウマ
葉がヤマブキのそれに似ることから名が付いたヤマブキショウマです。「ショウマ」と名の付く植物はたくさんあって、有名なところではキンポウゲ科のサラシナショウマやユキノシタ科のトリアシショウマなど。このヤマブキショウマはバラ科です。そもそもショウマは漢字では「升麻」と書き、解熱、解毒、抗炎作用のある漢方薬のこと。基本的にはサラシナショウマの根茎を乾かしたもののことだそうです。
ジョウシュウキオン
ジョウシュウキオン。キオンの上越地方特産種だそうです。キオンの葉には鋸歯があるのに対して、葉の縁が全縁で葉裏が濃い紫色になるのが特徴。
草原(といってもすぐに深い谷に向かって落ち込んでいるのですが)の上にはたくさんのトンボ。ということはそのトンボたちの餌になる小さな虫がたくさん生息していて、トンボにとって暮らしやすい環境であるということですね。
ノギラン
野山でよく見かけるノギラン。アップで見ると、彩りといい形といいなんとも上品な姿をしているじゃないですか。
もう少しで鞍部
どんどん下って鞍部を目指します。周囲にはミズナラなどの灌木が茂ってきました。
10時10分、鞍部に到着。ここから登り返します。上空は薄い雲に覆われて日射しは軟らかいのですが、なにしろ風がないので暑い。汗が噴き出すようです。目の前には圧倒的な迫力で迫ってくる谷川岳。本当にあれを登るのかという感じです。
アリドオシラン
林縁の葉陰に初めてお目にかかるランと出会いました。アリドオシランです。高さは約5㎝、花は1㎝たらずです(手前の丸い葉は別のもの。)。登山道はゴツゴツした岩で、しかも浮き石も多く、どうしても足下ばかりを見て歩きがちですが、ふとしたタイミングでこんな小さな花と目があってしまうのです。このような出会いはもはや一つの運命といえるのでは。(大げさでなく。)
この花の名は、葉や茎がアリドオシと似ているということで付いたもの。でも、それだけでなく、生育環境も似ているのではないでしょうか。なにしろすぐ近くにツルアリドオシもいましたから。
こちらはツルアリドオシ
アリドオシランの近くにはツルアリドオシも。こちらは花冠の直径が2㎝くらいはあって、暗い林縁ではよく目立っていました。
モウセンゴケ
モウセンゴケは花冠の大きさが8㎜くらいなのに花茎が20㎝ほどもあって、とても全体像を捉えるのは困難です。なので花と葉を別々の写真で。柄杓のような葉から伸びている腺毛の粘液に虫が捕らえられると、まわりの腺毛もゆっくりと曲がって包み込むように虫を押さえ込みます。そして蛋白質分解酵素で消化するのだそうです。恐るべし。ひょっとしたら自分の受粉を手伝ってくれた虫も捕らえてしまうこともあるのでは。清楚な花に似合わず怖いお方です。
鎖場を行く
写真の鎖場、右手の崖は木々が茂ってはいるものの、その勾配は60度以上はありました。立って見下ろすとほぼ垂直に感じます。もちろん足を滑らせるとどこまで転がり落ちていくか分かりません。ここの鎖はものすごく頑丈で、いや頑丈すぎてズッシリと重く、持とうとするとかえってバランスを崩してしまいそうでした。
10時45分、熊穴沢の避難小屋に到着。また陽が差してきました。道のりはまだ半分に達していません。でもここから勾配がぐっと増してくるのです。なのでここで小休止です。
トウキ(おそらく)
避難小屋を発つといきなり上りがきつくなります。ときにロープを頼りにしながら、一歩一歩登っていきます。
セリ科の植物はどれも同じに見えてしまいますが、これはおそらくトウキではないかと思います。丈の高さ、頭花の様子、2~3回3出羽状複葉であることと、生育環境から判断しました。ただ、独特の香りがあったかどうか記憶が定かではありません。残念ながら。
西黒尾根
そうこうするうちにずいぶん高いところまで上がってきました。右手には西黒尾根が見えています。あの尾根上にはふもとの土合からの登山道が延びていて、ここから見るとまさに刃の上を渡るような険しい道に見えます。(実際、険しい登山道だそうです。)
振り返ると
振り返るとさっき小休止した熊穴沢避難小屋の茶色の屋根がチロルチョコくらいの大きさに見えています。そのずっと向こうにはスタート地点のリフト終点があるピークが。アップダウンを繰り返しながら鞍部まで下り、またアップダウンを繰り返しながら避難小屋まで上り返してきたわけで、両地点の標高はほとんど変わりません。今朝からこの尾根上を延々と歩いてきたのです。
ツルリンドウ
息が上がってゼェゼェいいながらも、立ち止まるたびに傍らで揺れるこんな花たちに励まされ、力をもらって、そしてまた一歩ずつ歩みを進めていくことができるのです。
俎嵒(まないたぐら)
11時15分、左手、西側の展望の開けた岩場に出ました。オジカ沢の切れ込みをはさんで俎嵒の全容を望むことができる素晴らしいビューポイントです。それにしても、まるでノミで削り出したようなゴツゴツとしたソリッド感。眺めていると背中がゾクゾクとしてくるようです。
空気孔
俎嵒の岩壁に沿って視線を下の方にずっとずっと移していくと、一番下の谷底に小さな(実際には巨大な)煙突のようなものが見えました。これは関越道の関越トンネルの空気孔。実際のトンネルの位置より東側にずれたところから突き出しているようです(新潟県側にも1箇所あり。)。この空気孔では強制排気を行っていて、ここから排出される窒素酸化物が降雪や降雨を介して谷川岳周辺の環境に影響を及ぼしているという調査結果もあるそうです。関越道が開通したことによるさまざまな利便や経済効果を考えると、ここは触媒技術を高めてもらうしかないようですね。
さあこれから山頂に向けてさらに高度を上げていきます。いったいどんな眺望が迎えてくれるでしょうか。《後編へ続く》
https://yamanekoforest.sakura.ne.jp/noyamaaruki/tanigawadake080802.html 【谷川岳(「魔の山」と呼ばれる峰へ】(後編) より
さて、熊穴沢避難小屋を過ぎて、勾配がきつくなって、それと比例するように眺望がどんどん迫力を増していきました。先ほどまでの雲もとれ、空は清々しく晴れ渡っています。でも風がないので暑いですが。これから頂上直下にある肩の小屋を目指し、次いでツインピークスを訪れるつもりです。
Kashmir 3D 登山ルート
谷川岳の地質を調べてみたところ、山頂部には蛇紋岩とその礫を含む堆積岩があるとのこと。この堆積岩は中生代ジュラ紀に形成されたものだそうなので、ここは遥か1億5千万年前には海(又は湖)の底だったということでしょう。もっとも当時は超大陸パンゲアが分裂し、南はゴンドワナ大陸、北はローラシア大陸に分かれた時代と考えられているので、この地層はずっとこの場所にあったのではなく、遠くから地球規模で移動してきたものと考えるのが素直です。そして今から2千万年前、日本列島の背骨に当たる中央部が隆起して海面に顔を出したころ、この場所も陸地として、さらに年月をかけ山岳としてできあがったのだと考えられます。谷川岳の標高の低い部分には新生代第三紀の石英閃緑岩分布しているそうですが、これは蛇紋岩やジュラ紀の堆積岩が熱変成受けてできたもの。時代は日本列島の隆起の時期と一致し、当時の火山活動の目に見える証拠として残されています。
そんないきさつを持った岩場の道を一歩一歩登っていきます。荒い息と汗。頂上はまだまだです。
ノリウツギ
強い日射しをはね返すノリウツギの白。写真で見るとペーパークラフトのようですが、近づいてよく見ると萼片(花弁のように見えますが、さにあらず。)に放射状の筋がみえます。ところで昆虫にも白い色に見えているのでしょうか。
12時15分、「天神ザンゲ岩」と呼ばれる独立したドーム状の岩場までやって来ました。ちょっと休憩です。谷川岳は古くから信仰の山として修験者が入山していました。ザンゲ岩とはおそらく「懺悔岩」ということでしょうから、なにかしら修験にまつわる故事があるのでしょう。なお、この天神ザンゲ岩とは別に、西黒尾根の山頂近くにも「ザンゲ岩」というものがあり、そのスケールからもそちらの方が本家のようです。
クルマユリ
天神ザンゲ岩のそばに咲いていたクルマユリ。輪生する葉を車輪に例えたことによる名前です。亜高山帯の草原に多く、低地では見かけることはありません。
山頂近し
山頂が近づいてきたようです。とはいえ、見えているのは肩の小屋がある段の縁の部分。二つのピークは更にその向こうにあり、ここからは見えていません。本家のザンゲ岩が稜線上にちょこんと姿を現しています。この距離から見ても結構な存在感。近くまで行ってみるとすごくデカいんでしょうね。
ザンゲ岩
ザンゲ岩をアップで。この岩から先、西黒尾根はふもとに向けて一気に急降下していきます。
キンコウカ
こんなところにキンコウカを見かけました。本来好んで生える湿原ではなく山上の尾根道脇での出会いです。湿原ではしばしば大きな群落を作りますが、さすがにここでは慎ましやかに咲いていました。漢字で書くと「金光花」。確かに6つの花被片が星の輝きのようにも見えますね。
アカモノ
甘く赤い果実(偽果)を付けることから、「赤桃」が転訛して名が付いたアカモノ。身の丈約10㎝。これでも立派なツツジ科の樹木です。広島にいた頃、県北西部の吾妻山から大膳原に移る辺りにこの花の群落があったことを思い出します。印象的な情景として心に残っているのです。
緑のうねり
山頂付近を覆う草原。この写真では分かりにくいですが、この緑のうねりのあちこちに色鮮やかな花々が咲いているのです。ちょっとした別天地です。
ゼンテイカ
ゼンテイカ。別名のニッコウキスゲの方がとおりが良いでしょうか。夏の谷川岳を代表する花。「ニッコウ」の名を冠していますが、特に日光に特産するものではなく、中部地方以北に普通に見られるそうです。
漢字で書くと「禅庭花」。禅寺の境内脇にすっと佇む姿を想像しましたが、そういう由来でしょうか。
空中の花畑
こんな風景を見ながら登っていくのですから、しんどさも大いに緩和されるというもの。その丘の下からハイジが手を振ってかけ上がってきそうな気がします。
あと少し
あと少しで肩の小屋。振り返るとこれまで歩いてきた天神尾根が一望にできます。それにしてもハラ減った。
肩の小屋
12時35分、ついに肩の小屋に到着。ここでは多くの登山者が休憩していました。肩の小屋まで来れば山頂はすぐそこです。とりあえず、リュックを下ろしてご飯、ご飯。いやー、いったいどれくらい汗をかいたことか。体中の水分の半分くらいは入れ替わったかもしれません。(いや、それはあり得ないか。水分は体重の60%もあるのだから。)
道標
肩の小屋のすぐ上には道標があります。これはここで四方に分かれる登山道を示す道しるべ。山頂のモニュメントではありません。雪山でこの道標を見たら別の感慨が湧くだろうな。
ミヤマシシウド
弁当を食べながらこんな風景を楽しみました。コンビニ弁当もおいしさ2割アップです。目の前にはミヤマシシウド。山岳風景に似合いますね。
ジョウシュウオニアザミ
デザートのゼリーを食べ終わり、13時、トマノ耳に向けて出発です。帰りのゴンドラの時間(最終17時)を考えると、あまりゆっくりとしてもいられません。
そばにいたジョウシュウオニアザミに挨拶をして腰を上げました。
ヤマハハコ
ヤマハハコの一つ一つの花は小さいですが、寄り集まって咲くことにより虫たちの注目度をアップさせる作戦をとっているのでしょう。おかげで人間の目にもよく目立って映ります。
西黒尾根
肩の小屋を発ってしばらく登り、右手を振り返ると、そこには土合に向かって落ち込んでいく(落ち込むという表現がぴったりなんです。)西黒尾根が見えました。半端ない勾配の登山道です。万里の長城のようにも見えます。
トマノ耳(バックは笠ヶ岳)
肩の小屋からトマノ耳まではわずか10分たらず。丘を登るとその先にピークが現れました。
トマノ耳
ピークへは西側から回り込んで登ります。13時10分、トマノ耳に到着。山頂は岩がゴロゴロした場所で、20人くらいでいっぱいになる広さ。南、東、北の三面は絶壁です。
タカネコンギク
トマノ耳でひとしきり眺望を楽しんだら、オキノ耳を目指します。トマノ耳からオキノ耳までの登山道沿いがこれまでに増してお花畑状態。登山者の中にはオキノ耳まで足を伸ばさずトマノ耳で引き返す人も多いので、その分この場所の自然へのダメージが少ないからなのかもしれません。
その花畑の花の中の一つ、タカネコンギクはミヤマコンギクの高山型。丈の短い可愛い花でした。
ミネウスユキソウ
高山植物の代表選手、ミネウスユキソウ。ヨーロッパのものはエーデルワイスとして、つとに有名ですね。白い花弁のように見えるのは苞葉で、本当の花は中心にあるものです。
オキノ耳
オキノ耳へは、トマノ耳からいったんぐっと下って、刃の上のような尾根道を辿ります。ここは冬場は怖いだろうな。いや冬でなくても風が強かったりすると足がすくんでしまいそうです。
あのピークの向こうが一の倉沢の絶壁です。
トマノ耳を振り返る
一方、さっきまでいたトマノ耳を振り返ってみると、この風景。信仰の対象となるのが理解できるような気がします。
ハクサンフウロ
ハクサンフウロは歩き始めから見られましたが、特に山頂付近に多かったように思います。「ハクサン」と名が付く植物は多く、ハクサンシャクナゲ、ハクサンチドリ、ハクサンハタザオ、ハクサンコザクラ、ハクサンイチゲなどなど。調べられただけでも30種近くあります。それだけ白山は植物にとって特別な山なのでしょう。
ハクサンシャジン
こちらも白山を名に冠した植物、ハクサンシャジンです。花冠の印象がミヤマシャジンよりふっくらとしているように思えます。こんな可愛い花が厳しい自然環境に耐えて生きているんですね。感心しきりです。
花の斜面
トマノ耳とオキノ耳の間の谷、マチガ沢に向かって落ち込む斜面。そこはまさに花畑でした。見ていると吸い込まれそうで、危険です。
オキノ耳
13時45分、ようやくオキノ耳に到着しました。こちらは人の数がトマノ耳よりぐっと少ないです。標高は1977m。トマノ耳より14mほど高いことになります。
いやー、とうとうやって来ました。谷川岳の山頂です。
笠ヶ岳
オキノ耳からの東の眺望です。
正面にどっしりとした笠ヶ岳。その左奥には朝日岳。この山塊の向こう側には関東の水瓶である矢木沢ダムがあります。そしてその更に奥には尾瀬ヶ原。累々とした山の連なりです。
ミヤマウツボグサ(おそらく)
さあ、今度は来た道を引き返します。
ミヤマウツボグサは低地で見かけるウツボグサの高山型。花期が終わった後にランナー(走出枝)を出さないのが特徴とのこと。今はまだ確認できませんが。丈が低いのもミヤマウツボグサの特徴です。
タカネアオヤギソウ
タカネアオヤギソウもアオヤギソウの高山型。登山道では地味な部類に属しますが、よく見るとどうして存在感は他の花に負けていません。
あぁ、もう今日は花三昧。本当に嬉しいです。
肩の小屋へ
トマノ耳を通り過ぎ、肩の小屋まで下りてきました。このまま下山してしまうのはもったいないので、この山小屋で小休止です。
オジカ沢ノ頭(左は俎嵒)
肩の小屋には小さいながらも売店があり、飲み物を補給することができました。下界の3倍程度の値段ですが、それももっともだと思います。いや、もっと高くてもよいかもしれません。ありがたい限りです。
小屋の前のベンチに座り、西の眺望を楽しみました。正面の稜線の先にはオジカ沢の頭(1890m)、そこから更に稜線伝いに俎嵒(1847m)。オジカ沢の頭の奥には万太郎山(1954m)が望めます。上越国境の峰々です。
イワアカバナ
花弁は白いですが、葉が紅葉するからアカバナです。花の直径は1㎝に満たないですが、この花が一面に咲いていると、それは見事です。
さあ、そろそろ下山を開始しましょうか。ゴンドラの最終は17時だったはず。とはいえ、慌てることなく下りは特に気をつけて歩かなければなりません。山での事故は下山時に多く起こるのですから。
ヨツバシオガマ
ヨツバシオガマは中部地方以北の高山帯に生育するシオガマギクの仲間。シダのような形の葉が4つ輪生するのが特徴です。なかなかスタイリッシュな花です。
イワイチョウ
見たことのない花冠と特徴のある腎臓形の葉。調べるのに少し苦労しましたが、ミツガシワ科のイワイチョウであることが分かりました(便利な時代になったものです。)。花弁の縁がフリルのように波打っていて、可憐な姿をしています。ところで、ミツガシワ科とはあまり聞き慣れませんが、もともとリンドウ科に分類されていたもの。ミツガシワ属、イワイチョウ属、アサザ属をまとめて、別の科に分類されたのだそうです。
14時40分に天神ザンゲ岩、15時45分に熊穴沢避難小屋を通過しました。下りの道は膝と腰に負担がかかりますが、ここまでは左膝の古傷も痛まず順調です。
鞍部の分岐
16時5分、鞍部の分岐までやって来ました。往路は写真右手の小道を通ってここに至り、山頂を目指したのです。さあ、あとちょっと。
クガイソウ
今回の野山歩きは最後の最後まで楽しませてくれます。ここに至ってまだ花々が迎えてくれるのです。
クガイソウは特徴的な花がよく目立ちますが、その葉にも特徴があります。輪生する6個の葉が何段にも層をなしているのです。これはこの花の名「九蓋草」の由来となった形状で、「蓋」とは高僧や貴人などに後方から差し掛ける笠のこと。つまり笠が9つ(たくさん)重なったような形状をしているということなのです。
タマガワホトトギス
赤紫色のホトトギスに慣れ親しんでいた者としては、初めてこのタマガワホトトギスを見たときの感動は鮮烈でした。でも、図鑑によると本州、四国、九州に普通に分布しているのですね。広島にいるときは見たことがなかったですが。ちなみにタマガワホトトギスの「玉川」は京都府井出の玉川がその名の由来なのだとか。井出の玉川はヤマブキの名所で、黄色のヤマブキに掛けて名を付けたのでしょう。ちなみに、玉川は全国に6箇所あり、「六玉川(むたまがわ)」と称されているのだとか。井出の玉川のほかは、大阪府高槻市にある三島の玉川、滋賀県草津市にある野路の玉川、和歌山県、高野山奥院付近にある高野の玉川、東京都を流れる調布の玉川(多摩川)、そして宮城県塩竈市にある野田の玉川だそうです。全国を探せば他にもありそうですがね。
天神平駅
16時20分、ゴンドラの天神平駅まで戻ってきました。上空はすっかり雲に覆われました。ここには涼しい風が吹いています。
今日は素晴らしい風景とたくさんの花々に出会えて楽しい一日でした。何よりケガもなく戻って来られたことが一番。この山は今日のところは「魔の山」の表情を出さずにいてくれたのです。ありがとうです。
谷川岳。2千万年もの間、隆起と浸食とを繰り返し、その結果として今の姿があります。また、そこに生きてきたさまざまな生き物も栄枯盛衰を繰り返し、遠い昔から連綿とつなげてきた命を今花咲かせているのです。そう考えたとき、あちこちで地形が変わるほどの大規模開発を行ったり、生き物を絶滅に追いやったり、そんなことを人間の手で易々とやってしまっていることの、なんつーか罪深さというか、恐れ多さのような、「ここまでやっていいのか?」的な感覚が心をよぎるのでした。下りのゴンドラの中で。(そういいつつ、帰りにも巨大インフラの高速道路を使っている欺瞞。)