(2)「組織の論理に直面したとき、個人としてどう働くのか?」 水地 一彰さん
現在、世界有数の大手監査法人で意欲的に仕事をしている水地 一彰さんのキャリア前哨戦におけるさまざまな葛藤をご紹介した第1回につづき、第2回では模索の末に水地さんが獲得した新たな地平を探る。 第1回はこちら
―― 出向を終え、メジャーなお仕事も数多く担当されるようになって心身共に充実していたときに大きな会計不祥事が起きたのですね。
そうなんです。自社に戻ると待遇も良くなって、大きな仕事も任されるようになり安定していた頃でした。僕自身が直接この不正会計の案件に関与していたわけではなかったのですが、この一件が報道され始めた当初、所属組織に批判の矛先が向かい出すと、「そこまで悪質性は高くないのではないか」、「社会的に与えるインパクトはそこまで大きいものではないのではないか」、「そもそも監査業務の中で不正を発見することは難しいのではないか」、「他の監査人でも不正の発見はできないのではないか」、「この不正の発見は監査人の責任の範囲外ではないか」と当時は思っていましたし、近しい人とはそのような会話をしていた記憶があります。しかしながら世論はそう甘くはなく。気が付くと、所属組織が社会から集中砲火を受け、監督官庁である金融庁から処分を受けても、「うちは悪くない」という自己保身的な思考に完全に陥っていました。
しかも、この事件を契機に監査業務量が膨大に増えたことで平日は連夜のタクシー帰り、休日も当然ありません。ちょうど2人目の子どもが生まれたばかりの頃で、家庭環境も大きく変わったときでした。「仕事もつらいし家庭もこわれそう」。長期で見ても先が見えなく、かなり追い詰められていきました。 もうこの仕事を辞めようか?と、真剣に悩む日々でした。
―― 社会的にも非常なインパクトのある事件だったとはいえ、個人的に受けた打撃もとても大きかったわけですね。時期として2017年、製造業での相次ぐ不正発覚、電通が違法残業で有罪判決が下るなど、働き方というものを真に見直す機運が高まった年です。
まさしく自分もそれを渦中で体験した年で、けれど悩みながらも模索は止めませんでした。そんな折、監査業務を離れてコンサルテーションの部署へ異動希望を出しまして。するとそのタイミングで上司から「経産省へ行ってみないか?」と声がかかったんです。またしても出向ですね。振り返ってみると、今の環境で模索することをあきらめないでいると新たな機会がやってくることがあります。このときもそうで、経産省と聞いてまず「おもしろそう!」とピンときたのをよく覚えています。
出向したのは経済産業省の産業再生課で、有用な経営資源を持ちつつも債務超過などで立ち行かなくなっている事業者の再生の支援パッケージを制度として企画立案することが主な仕事でしたが、2年目になると「産業創造課」と名称が変わることに。これまでの「再編・再生」に「創造する」というミッションが新たに加わったことで、非常なインパクトをもたらしました。
特にベンチャー支援、イノベーションといった文脈で政策を考えていきますが、当時の担当大臣はベンチャー企業が大好きな方で、国の経済政策のど真ん中でベンチャー支援をやることがトップダウンで決まっていきました。幸運にも僕もベンチャー政策にどんどんと巻き込まれていったわけです。
「オープンイノベーション」の旗印のもと、大企業と若手スタートアップの連携を鍵として、そうした人たちと関わる機会が増えていきました。イノベーションに取り組む方々のエネルギッシュな熱に大いに刺激を受けたのですが、ベンチャー企業の若者たちの「今この瞬間、この世にないものを、社会をよくするためにゼロからつくろう」とするマインドは衝撃的のひと言。これまでの「大きな組織で決まったオペレーションをミスなく回していく」、という自分の仕事観がとても狭い考えだったのではないか?と感じるようになった分岐点でしたね、今思えば。
―― なるほど。またしても環境の変化が有意に働いたわけですね。生活全体の質という点でもそれは影響したのでしょうか。
うーん、どうでしょう(笑)。仕事自体はかなり多忙ではあったので、妻にかけている負担は減っていなかったのですが、ケアするという環境という意味では整えられていた気がします。それによって家族からの印象は変化したかもしれません。今となれば笑い話ですが、「遅くなるコール」で言い争いになって、自分が怒ってスマホをぶん投げて粉々にしたということもありました(笑)。
これまでの自分のキャリアでは、民間のいわゆるブラック企業から優良企業を体験し、監査法人、政府行政機関とさまざまな環境で働きましたが、そのなかで共通して「組織の論理」というものがあることを学んだ。それに盲目的に従いながら優秀な歯車として機能することが今の日本社会では往々にして求められていますよね。ところが経産省での仕事で出逢ったベンチャーに関わる人たちの目力、言葉の強さに触発されました。こういう人たちと仕事していきたいと、強く思うきっかけとなりました。
PROFILE
水地 一彰さん(40歳)大手監査法人勤務、シニアマネージャー。公認会計士、米国公認会計士。1980年生まれ。新卒で大手不動産会社に就職し、仕事上で接する税理士の姿に触発され2年に渡る勉強の末、晴れて公認会計士となり現在の職場へ就職。出向プログラムにより大手化学メーカーの経理部で3年2ヶ月勤務をし、働く人や組織についての貴重な気づきを得る。一度自社に戻った後、経産省の産業創造課へ出向したことでエネルギッシュな人々との関わりに刺激を受け、自身と組織との新たな関わり方を見出す。2020年現在、自社にてこれまでの経験を活かした広義でのベンチャー支援に勤しんでいる。
(第3回につづく)
「キャリア形成に葛藤。未来の見えない環境を変えたかった」水地 一彰さんの場合 (1)